エピソード04
2つ目の異変は、クロエとロベルトが
出会うきっかけにもなった【止まらない涙】
ソフィアの死因は、流行病による衰弱死。
本来は命を取るほどの病ではないのだが
生来の身体の弱さゆえ
ソフィアには耐えきれなかったのだ。
誰もソフィアが死ぬとは思っておらず
ソフィア自身も露ほどにも思っていなかった。
常に母と過ごしていたクロエは
病が移ってはいけないと、
母の部屋への入室を父から固く禁じられていた。
すぐ良くなるからと言われ、渋々受け入れたが
それでも母を感じていたいと、ドア越しに語りかけ
治ったらアレをしよう、コレもしようと約束していた。
日に日に小さくなる母の声に
クロエは耳をドアにピタリとつけ
一言も漏らさないよう耳を澄ます。
中々改善しない症状に
誤診を疑った父が、再度医者を呼んだ時には
もうどうすることもできないほど衰弱が進んでおり
間もなく母は息を引き取った。
ひと目クロエの顔を見ることもなく···
治ると言われていた、約束もしていた、なのに···
ドア越しに確かに感じていた母の存在が
自分の知らぬうちに消えてしまったことに
幼いクロエが耐えられるはずがなかった。
母の死を知ったその日から
父の姿が見えなくなると
若草色の瞳が溶けてしまうのでは?と
心配になるほど止めどない涙が溢れるようになった。
もちろんクロエも、大好きな父や
優しい使用人たちを心配させたくなくて
なんとか堪えようとはした。
しかし、どうしても止まらないのだ。
医者には【食事】の件も含み
心意性ものと診断された。
いつか心が落ち着けば治るはずと。
喪に服している間、母がそうしていたように
父はずっとクロエのそばにいた。
しかし、いつまでも登城しないままではいられない。
愛する我が子にこれ以上の負担をかけたくないと
《ナットーゴハン》を食べられるようになったタイミングで
クロエを連れ登城することを決めた。
初めて訪れた王城。
煌びやかな装飾もクロエの目には止まらない。
父から目を離すまいと、大きな目をさらに大きく開いている。
「クロエ大丈夫だよ、父様はずっとそばにいる。
そしてとっても強いから消えやしない。」
安心させようと、もう何百回同じ言葉をかけただろうか···
「ジェラート公爵?」
まだ幼い声が父を呼ぶ。
「ロベルト殿下!
ルイス・ジェラートがアース国の光、
ロベルト王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
すっと父が頭を下げる。
その間も父から視線を外さないクロエの顔が
ハッとひらめいた表情に変わった。
父から目を離し、ロベルトに向き直る。
「クロエ・ジェラートが···アース国の光、
ロベルト王太子殿下にご挨拶申し上げます!」
『決まった!!
お母様といっぱい練習したカーテシー!!』
まだまだ拙いが、6歳でこれだけできれば上等だ。
ジェラート公爵は、娘が誇らしく感無量の様子。
「ふふっ、クロエ嬢可愛らしい挨拶をありがとう。
私はこの国の第1王子、ロベルト・アースだよ。
ジェラート公爵、いつものように楽にして?」
「ありがたく存じます!
ロベルト殿下、娘のクロエです。可愛いでしょう?」
許可された端から思いっきり態度を崩す父に
クロエは目を白黒させる。
『この国の第1王子?』
実は、母と練習したカーテシーに
父の言葉を拝借しただけの挨拶だったため
全く意味を理解していなかったクロエだったが
簡単に言い直してくれたロベルトの自己紹介に
驚愕の事実を知る。
「お父様、もしかして
《ナットーゴハン》の王妃様のお城?」
「さすがだクロエ!!よく気がついた!!
ロベルト殿下にも繋がる、王家に流れる
血脈の始まりが、初代王妃であられたミキ殿下だ!」
「うぁ〜〜!どうしよう!お父様、今すぐ降ろして!!」
父に高く抱き上げられたクロエは
興奮で顔を真っ赤にして足をばたつかせた。
そして、降ろしてともらうと
一目散にロベルトへと歩み寄る。
「あのね、ロベルト殿下
私は《ナットーゴハン》に命を救ってもらいました。
なので···《ナットーゴハン》を教えてくれた
初代王妃様を、すっごくすっご〜く尊敬しています!
ずっとお礼を言いたかったから···
今日、ロベルト殿下にお会いできて嬉しいです!」
『今思えば、王太子殿下に対して
無邪気な幼子だからと許されない失礼なもの言いだ。
恥ずかしくて布団に潜り込みたくなる···』
しかし、このことがきっかけとなり
ロベルト様に気に入られて
8歳の時、婚約することになったのだ。
『婚約してすぐ、アイルが義弟になって
そこから(義姉さん)って呼ばれ出したのよね···』
ーーカーン
遠くで18:00を告げる鐘が鳴っている。
クロエは、走馬灯のように
一瞬で駆け巡った昔の記憶に
一旦蓋をして、自身の置かれた状況を整理し始める。
クロエの回想ついでに
考えていた設定消化を目論んだ結果
とんでも長いミラクル回想になってしまったので
ロベルトとの出会い〜婚約までは
ロベルト視点でいつか書けたらいいな〜
と思っています。