9 面会人
第1部「マントラ・ウォーズ ~超常のレジスタンス~ 能力覚醒編」
第2部「マントラ・ウォーズ 伝説の剣を手に入れろ編」
も是非お読みください。
王都アデリーのラムダン城の南側にある近衛兵団の中央基地
一人の男が中央基地に向かってゆっくりと歩いていた。
その男は、アゴの右側のところに大きなホクロがある童顔の青年だった。
中央基地の正面まで来ると足を止めた。
「これが中央基地か……」
高くそびえている城壁を見上げながら、その青年はつぶやいた。
ラフな服装をしている青年は、その姿に似つかわしくない、鉾先が袋に収まった大きな鉾を右手に抱えていた。
正面入口にいる2人の守衛は、鉾を担いだ青年の姿を見た瞬間、剣を抜いて身構えた。
それまで、まったりとしていた守衛の兵士の間に緊張感が走った。
「な、何者だっ!」
「そこを動くなっ!」
守衛の2人は正面入口を塞ぐように立ちはだかった。
「いえ、あの、そういうのじゃないんです。
ちょっと、面会させてもらいたくて。」
「め、面会だと?」
「そう、面会です。」
「誰に面会したいんだ?予約は取っているのか?」
「面会に来たのに、なんで武器を持っている?」
守衛は畳みかける。
「あ、これですか?ちょっと必要なんです。
なんていうか、切り札ですから。」
青年は鉾を掲げて守衛に見せた。
「うわっ!武器を捨てろっ!」
「そこを動くなっ!鉾先を袋から出すなっ!」
守衛の2人は、鉾を持っている青年の動作に敏感になっていた。
「大丈夫ですよ。出しませんよ。戦う訳じゃありませんから。」
青年は、大きな鉾を地面に「ドンッ」と突き立てて、笑いながら守衛の反応を楽しんでいるようだった。
「面会、お願いします。」
「誰に面会したいんだ?」
「バジット卿に。」
「バ、バジッ……卿と知り合いなのか?」
「知り合い?……僕のこと、知らないかな。僕は知っているけど。」
「お前が卿を知っているのは当たり前だろう。
面会の予約は取っているのか?」
「いいえ。でも、会ってくれると思います。ちょっと、話を通してもらえますか?」
「お前、名前は?」
「僕、アンシュといいます。これでも元近衛兵なんです。」
「元近衛兵?」
「そうなんです。今は辞めちゃいましたけど。あなた方の元同僚です。」
「どこに所属していた?」
「第2師団です。」
「……第2師団。まさか、あの戦いの時にいたのか?」
「あの戦い?」
「師団長が戦死された……」
「ああ、そうです。いました、いました。」
「なんだか、軽いな……
鉾を持っているということは、騎馬隊か?」
「いえいえ、新兵でしたから歩兵ですよ。」
「若そうだもんな。とりあえず話を通してくる。ここで待っていてくれ。」
「よろしく。」
アンシュはニコッと笑った。
守衛の1人が建物の奥に消えると、もう1人の残った守衛は、アンシュが持っている、不釣り合いな位に大きい鉾をしげしげと眺めた。
「それ、鉾だよな?」
「ええ、そうです。」
「それにしても大きいな。」
守衛は袋に収まった鉾先を見上げた。
「ええ、特別なしつらえですから。」
アンシュも袋に収まった鉾先を見上げた。
「こう言っちゃあ悪いけど、君、使いこなせるの?」
守衛は大きな鉾と細身のアンシュを見比べながら言った。
「ある人から譲り受けたものですから。
でも、十分使えますよ、僕も。」
「そうか……」
そうこうしているうちに、中央基地の建物から守衛が戻ってきた。
「残念だが、バジット卿はお会いにならないそうだ。基本的に事前に面会予約していない者とは会わない。
諦めてくれ。」
「あの、僕の名前を伝えてくれました?」
アンシュは動じていなかった。
「ああ。アンシュという者が面会を求めていると伝えたぞ。」
「そうですか。やっぱりダメでしたか……」
「悪いが出直してくれ。」
守衛はアンシュに引導を渡そうとした。
「すいません。もう一度、お願いします。」
「もう一度って、いっしょだよ。バジット卿はお会いにならないって。
今日は帰った方がいい。」
アンシュは無言で鉾先の袋を取り外した。
そして、おもむろに鉾を守衛に向けて突き出した。
「おいっ!ばかっ!やめろって!」
「うわっ!やめろっ!早まるなっ!」
守衛の2人は、収めていた剣を再び抜こうとした。
「違いますよ。この鉾をよく見てほしくて。」
アンシュは笑顔だった。
「その鉾がどうしたんだ?」
「この鉾のこと、本当に知りませんか?」
アンシュは思わせぶりに言った。
「ん?」
守衛が鉾を凝視するとその鉾は柄の部分と同じように穂の部分も漆黒に輝いていた。
「こ、この鉾……まさか、戦場で行方不明になった『羅刹黒鯨』……」
「バラジ師団長の鉾か……」
「正解っ!さすが守衛のお二人ですね。よくご存じで。」
アンシュは嬉しそうだ。
「何で君が持っているんだ?」
「色々ありまして、私が引き継いだんです。」
「色々って何だ?」
「ちょっとこの場では……言えません。
まずは卿に伝えないと。
なので、もう一度、面会の許可、お願いします。
『羅刹黒鯨』のこと、しっかり伝えてくださいね。」
「わ、分かった。もう一回だけだぞ。」
一度話を通しに行った守衛が再び建物に戻ろうとした時、もう一人の守衛がそれを止めた。
「何度も確認に行くのは、行きづらいだろう。今度は俺が行ってくるよ。」
そう言って、もう一人の守衛が建物の中に消えて行った。
建物に入った守衛は、最奥にあるバジット卿の部屋の手前の詰所に顔を出した。
「バジット卿に面会の件なんだが……」
詰所にいる秘書係の兵士が応じた。
「ん?面会?さっきの話なら、バジット卿はお会いしないって伝えたはずだぞ。」
「ああ、それは分かっているんだが、ちょっと事情が変わったんだ。」
「事情って?」
「面会を希望している青年なんだが、鉾を持って来ていて……」
「鉾?おいおい、穏やかじゃないな。」
「いや。それを使って、どうこうじゃないんだ。
その鉾が問題で。その鉾、どうも『羅刹黒鯨』らしいんだ。」
「『羅刹黒鯨』って……あの『羅刹黒鯨』?」
「うん。見た目は間違いないと思う。」
「バラジ師団長の持っていた『羅刹黒鯨』なのか?」
「そうなんだ。紛失したはずなのに、俺も見て驚いたよ。」
「そうか。ちょっと待っててくれ。卿に確認してくる。」
秘書係の兵士は、慌ててバジット卿の部屋に入った。
「なんだ、騒々しい。」
机に向かって書物に目を落としていたバジット卿は、顔を上げて口を開いた。
「何度もお邪魔をしてすいません、バジット卿。お耳に入れたいことがありまして。」
秘書係は恐縮しながらバシット卿の前に進み出た。
「何だ?」
「はい。先程の面会の件ですが……」
「元近衛兵の男のことか?会わんと言ったろ。」
「あ、はい。そうなんですが、その男、鉾を持って来ているらしくて。」
「鉾?それがどうしたんだ?」
「その鉾、『羅刹黒鯨』らしいんです。」
「……間違いないのか?」
バジット卿はイスからゆっくりと立ち上がった。
「はい。守衛の話では。」
「……うーーん。
確かガザンがいたな。ガザンをここへ呼んでくれ。」
「はっ!かしこまりました。」
秘書係はバジット卿の部屋を出て行った。
数分後、ガザンがバジット卿の前に姿を現わした。
「何か急用だと聞きましたが?」
「ガザン、呼び出してすまんな。そこに掛けてくれ。」
「何かご用ですか?」
ガザンはイスに腰掛けるとバジット卿に訊いた。
「秘書係の話だと、今、正門のところに元近衛兵だと名乗る男が来ているらしい。
私に面会を求めている。」
「会うんですか?」
「会う気は無かったんだが、その男、鉾を持って来ているらしいのだ。」
「ほう、鉾を?……単身で反乱ですか?」
ガザンは冗談めかして訊いた。
「いや、そうではないらしい。」
バジット卿は乗ってこなかった。
「男が持っている鉾が問題なんだ。」
「問題?」
「ああ。その鉾、『羅刹黒鯨』らしい。」
「えっ?本物ですか?」
「守衛が確認したところではな。
ガザン、すまないが真偽を確認してくれるか?そ奴の目的も。」
「分かりました。」
ガザンはバジット卿の部屋を出ると正門に向かった。
ガザンが正面入り口にたどり着くと、1人の青年が守衛と立ち話をしていた。
そして、その手には漆黒の鉾が握られていた。
「君か?バジット卿に会いたいというのは?」
ガザンがアンシュに声をかけた。
「そうです。アンシュといいます。」
アンシュはガザンに右手を差し伸べた。
ガザンはアンシュの右手を握ろうとはしなかった。
「それで、バジット卿に会えますか?」
アンシュは右手を戻しながら訊いた。
「その前に、その鉾は『羅刹黒鯨』なのか?」
「そうです。」
「ちょっと見せてくれ。」
「……どうぞ。」
アンシュはガザンに『羅刹黒鯨』を手渡した。
ガザンは『羅刹黒鯨』を手にすると、穂や柄を子細に観察した。
どうやら本物らしいな……
「何故、君がこの鉾を持っているんだ?」
「僕、第2師団にいたので。」
「第2師団の兵士は他にもたくさんいる。
何故、君なんだ?しかも、君は近衛兵団を退団しているんだろう?
もう一度訊く。何故、君がこの鉾を持っているんだ?」
アンシュはガザンの圧に気おされそうになった。
「あの、その、バラジさんから引き継ぎまして……」
「バラジから引き継いだ?いつ、どこでだ?」
「ムンベイの戦いでバラジさんが亡くなる前に……」
「……引き継いだんじゃないだろう?」
「えっ?」
「バラジは戦死した。戦闘中にマントラの武器を誰かに渡すはずがない。
最も自然な解釈は、バラジが亡くなった後に、誰かが『羅刹黒鯨』を盗んだということだ。
違うか?」
「……」
「その沈黙は認めるということだな?」
「……はい。」
「コソ泥め……鉾を置いて、とっとと消えろっ!」
ガザンは、『羅刹黒鯨』を持って、建物に戻ろうとした。
「待ってっ!あなたはマントラを使えるんですかっ!?」
アンシュはガザンの背中に向かって叫んだ。
ガザンは振り向いた。
「だったら、何だというんだ。」
「僕はその鉾に選ばれたんです。」
「鉾に選ばれたって?」
「はい。僕は、その鉾の能力を使うことが出来ます。」
「なんだって?」
ガザンはアンシュを睨みつけた。
「こう見えても僕は、『羅刹黒鯨』の斬撃波を打てます。」
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