10 条件
第1部「マントラ・ウォーズ ~超常のレジスタンス~ 能力覚醒編」
第2部「マントラ・ウォーズ 伝説の剣を手に入れろ編」
も是非お読みください。
アンシュは平然さを取り戻して落ち着き払っていた。
そのアンシュの態度が真実を物語っているようにガザンには思えた。
「アンシュといったな?俺について来い。」
ガザンは、短くそう言うと、先に歩き出した。
「あっ、中に入っていいんですか?」
アンシュは嬉しそうにガザンの後に続いて建物の中に入って行った。
「僕、近衛兵団にいた時も、この基地の中に入ったことがないんですよ。」
「新兵の時に退団したらしいな。辞めた理由は何だ?」
「まあ、他にやりたいことがあって。」
「やりたいこと?」
「……はい。」
「別に君の人生に立ち入る気はない。」
2人は建物の中を通り抜けて中庭に出た。
陽の光が降り注いでいる中庭は手入れの行き届いた芝生が一面に生えていて、そよ風が吹くと、光を反射してキラキラと輝いた。
「それじゃあ、アンシュ。君は向こう側に行ってくれ。」
「えっ?向こう側ですか?」
「そうだ。ほら、早く。」
「……はい。」
ガザンとアンシュは中庭の端と端に向かい合って立った。
ガザンは、何の前触れもなく、アンシュに向けて『羅刹黒鯨』を一振りした。
「うわっ!」
アンシュはびっくりして頭を防ぐように身を屈めた。
ガザンは、一呼吸待ってみたが、斬撃波は発生せず、何事も起きなかった。
さすがに、俺が使っても斬撃波は起きないな……
「アンシュ、『羅刹黒鯨』を渡すから、向こうの端から俺に向けて斬撃波を打ってみろ。」
「分かりました。」
アンシュは、ガザンから『羅刹黒鯨』を受け取ると、再び中庭の向こう端に立った。そして、『羅刹黒鯨』を構えた。
小さく深呼吸すると、不釣り合いなくらいに大きい『羅刹黒鯨』をゆっくりと振り上げた。
漆黒の『羅刹黒鯨』の切っ先は、陽光を受けてもその光を吸収して、なお黒さを増しているように見えた。
「本当にいいんですか?」
「ああ。いつでもいいぞ。」
「むんっ!」
アンシュは、歯を食いしばると、渾身の力を込めて『羅刹黒鯨』を振り下ろした。
一瞬、空気が揺らいだかと思うと、正に切っ先から斬撃波が生じて、その波動がガザンめがけて襲いかかって来た。
クソッ!
ガザンは、なりふり構わず地面に突っ伏した。
斬撃波の波動は、ギリギリの所でガザンの背中をかすめて、背後の塀に大穴を空けた。
崩れ落ちた塀の破片が、砂塵を巻き上げながら、ガザンの上に降り注いだ。
「大丈夫ですか?」
アンシュは心配そうにガザンに声をかけた。
「大丈夫だ。」
ガザンは、立ち上がると服についた砂ぼこりを払い落とした。
「アンシュ、どうやらマントラを使えることは本当のようだな。
一体何者なんだ、君は?目的は何だ?何を考えている?」
「僕?僕は僕です。バジット卿に面会に来ました。」
「何のための面会だ?」
「近衛兵団に再入団させてもらえたらなぁと思いまして。」
「普通に入団願を提出すればいいだろう?」
「それじゃあ、ダメなんです。前と一緒ですから。」
「前と一緒?」
「そうです。僕を師団長として採用してもらいたいんです。
そのために、バジット卿に面会したいんです。」
「直談判か?師団長にさせろと。」
「まあ、そうですね。」
「師団長を目指して、辞めずにそのまま務めていればよかったんじゃないか?何故そうしなかった?」
「あの頃の僕はマントラの能力が無かったんです。」
「マントラの能力は生まれながらに備わっているものだ。
発現するのが遅かっただけだろう。」
「なるほど、そうですね。
僕、自分がマントラを使える一族の人間だとは知らなかったので。」
「両親の名は?」
「……孤児だったので、分かりません。親の記憶はありません。
道端に捨てられていたらしいので。」
「そうか……それで、マントラはいつ発現したんだ?最近のようだが。」
「バラジさんが戦死したムンベイの戦い。あの時だと思います。」
「あの戦いがきっかけになったのか?」
「あの戦いの時、レジスタンスに女性の隊員がいたんですけど、その人の影響かと……」
「マナサか?」
「そうです。知っているんですか?」
「ああ。マナサが引き金か……なるほど。
それで、君のマントラの能力は何だ?」
「僕には結界を作る能力があります。」
「……そうか。結界のマントラか。
それじゃあ、俺の攻撃を防いで見せろ。
いいか?」
「はい。分かりました。」
アンシュは、右手の人差し指と中指を立てて胸の前で印を結ぶと、マントラを唱えた。
「オンキリキリバサラバサリ」
すると、濃い赤胴色の光の結界がアンシュの身体を包み込んだ。
あんな色の結界、見たことないな。
ガザンは、足元に落ちていた塀のがれきに右手の手のひらを向けると、マントラを唱えた。
「バキラヤソバカ」
右手が黄金色に発光し始めたガザンは、その右手をアンシュの方に向けた。
ガザンの右手の動作に操られるように、足元に落ちていた塀のがれきは、空中に浮き上がると、アンシュにめがけて、音も無く、すぅーっと飛んで行った。
アンシュは、結界を張ったまま、自分の方に飛んで来るがれきを見つめていた。
速度を増してアンシュに迫って来たがれきは、赤銅色の結界の境界に触れた瞬間、突然失速して、アンシュの足元近くの地面に落下して転がった。
「本物の結界のようだな……」
ガザンは感情を抑えて言った。
結界のマントラにもマナサの力が関係しているのか……
「結界のマントラ、誰かに教えを受けたのか?」
ガザンは結界を解いたアンシュに訊いた。
「いいえ。全くの独学です。」
「体得するのは大変だっただろう?」
「そうですね。書物を探して読み漁ったりして、結界のマントラの能力があることを突き止めるまでは苦労の連続でした。
でも、その甲斐があって、今では、『羅刹黒鯨』と結界のマントラを使うことが出来ます。」
「すべては、近衛兵団の師団長になるためか?」
「そうです。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、師団長としての素質はバラジさんにも引けを取らないと思います。
みんなに自分を認めさせたい……」
こいつ、大人しい顔して、かなりの野心家だな。
「だからと言って、死んだバラジから『羅刹黒鯨』を奪い取ったことが正当化されるものではない。」
「……それは、はい。」
「君の能力は分かった。入団の可否の判断は、バジット卿に任せよう。」
ガザンは、再び『羅刹黒鯨』をアンシュから受け取ると、アンシュを引き連れてバシット卿のいる部屋に向かった。
ガザンとアンシュの2人は、バジット卿の部屋に着くまで一言も喋らなかった。
バジット卿の部屋の前にたどり着くと、ガザンが口を開いた。
「ここで待っていてくれ。」
アンシュを部屋の前に待たせると、ガザンはバジット卿の部屋に入った。
「ガザンか?」
「はい。失礼します。」
「どうだった?本物の『羅刹黒鯨』だったか?」
「本物でした。これがそうです。」
ガザンは手にしていた『羅刹黒鯨』をバシット卿に突き出した。
「うん?……確かに間違い無いようじゃな。」
バシット卿は漆黒の『羅刹黒鯨』の穂先に手を置いた。
「それどころか、アンシュというその男、一族の末裔のようです。」
「一族の末裔?」
「はい。マントラの能力を持ち合わせています。
『羅刹黒鯨』の穂先から斬撃波を打つことが出来ました。」
「本当か?元兵士だったはずだが、そんな情報は知らんぞ。」
「そのはずです。どうやら、マントラの能力が発現した時期は、バラジが戦死したムンベイの戦いの時らしいですから……」
「生まれや両親、そ奴の出自は分かっておるのか?」
「不明です。」
「胡散臭いな。」
「まあ、そうですね。」
その後、ガザンは中庭でテストした内容などをバジット卿に復命した。
「……なるほど。そして、その男は師団長にさせろと息まいているんだな?」
バジット卿は、しばし黙考した後、ゆっくりと口を開いた。
「ガザン、その男を中に入れてくれるか?」
「分かりました。」
ガザンが部屋から出ると、アンシュは、待ちくたびれたように、壁にもたれ掛かって待っていた。
「アンシュ、待たせたな。中に入ってくれ。」
「ようやくですね。」
アンシュは眠っていた神経を奮い起こすように頭を小刻みに左右に振った。
そして、ガザンに続いてバジット卿の部屋の中に入ると、部屋の奥の重厚な執務机に着いている、黒いスエードのローブを身にまとったバシット卿の姿を始めて目にした。
ガザンとアンシュはバジット卿の前に進み出ると、ガザンがバシット卿にアンシュを紹介した。
「この青年がアンシュです。」
「バシット卿、初めまして。アンシュといいます。」
「元兵士らしいな?」
「はい。」
「また、入団したいらしいな?」
「はい。」
「それならば、なぜ辞めた?」
「僕を取り巻く状況が大きく変わったものですから。」
「マントラの能力が発現したことか?」
「はい。僕は、結界を張ることが出来ます。『羅刹黒鯨』も使いこなせます。」
アンシュはガザンが手にしている『羅刹黒鯨』に一瞬目を移した。
「その鉾は近衛兵団の所有する武器だ。貴様のものではないぞ。」
バジット卿は釘を刺した。
「はい。すみません。
でも、言わせてください。僕は『羅刹黒鯨』に選ばれたんだと思っています。
苦も無く斬撃波を打つことが出来ました。『羅刹黒鯨』を使いこなせます。」
「ガザンでも斬撃波を打てなかったらしいからな。否定はせん。」
「あ、あなたがガザン……」
思わず、アンシュの口から言葉が漏れた。
アンシュはガザンの顔をよく見直した。
「まだ、自己紹介していなかったな……」
ガザンはアンシュを見た。
「アンシュと言ったな。」
バジット卿は、イスから立ち上がると、アンシュに歩み寄った。
「お前の話は分かった。
それでは、こうしようじゃないか。」
「はい?」
「レジスタンス組織のラーマの麒麟にニキルという副官がいる。
瞬間移動のマントラを使う、少々厄介な奴でな。
そいつの首を殺ってこい。そうしたら、師団長として認めてやろう。
どうだ?やれる自信があるか?」
「やれます。大丈夫です。
ただ、ひとつ、お願いがあります。」
「何だ?」
「『羅刹黒鯨』を借りたいんですけど……」
「ああ、いいだろう。相手はラーマの麒麟の副官だ。簡単にはいかないからな。
それから、そこにいるガザンの助けも借りるがいい。
ラーマの麒麟の組織や行動に詳しいからな。」
「ガザン、この若いのに手を貸してやってくれ。頼んだぞ。」
「……分かりました。」
ガザンは不承不承返答した。
曲がりなりにも自分の叔父貴を殺るのか……
計画的に実行する必要があるな。
「では、2人に任せたぞ。吉報を待っている。」
バジット卿は執務机に戻った。
それは、用件は済んだという意思表示だった。
ガザンはアンシュを促して部屋の外に出た。
そして、大きく息を吐くと、『羅刹黒鯨』をアンシュに渡した。
「日を改めて作戦を立てよう。
『羅刹黒鯨』はお前が持っていけ。恐らく、お前以外に使える人間はいないはすだ。」
「分かりました。その日が待ち遠しいですね。」
ガザンとは対照的に、アンシュは笑顔だった。
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