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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第二章 少女期編

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母という存在

 エドアルドはサンディを浴場の入り口まで運ぶと、マリンと付き添いを交代した。


 マリンはサンディと大して変わらぬほど小柄だが、あのウィップの使い方を見る限り、腕力は申し分ない。いや、なんなら自分など遥かに上回っているだろう。

 マリンに支えられながら浴場に入っていくサンディを、エドアルドは安心して見送った。


 黒妖精と白妖精は去り、その他の面々は皆でリビングへ集まっていた。そこにサンディの付き添いを終えたエドアルドが戻ると、突然テレシアが床に這って頭を下げた。


「この度、皆様にご迷惑をおかけした事、本当に申し訳ございません。私だけでなく、レオンに対しても多大な御恩のある皆様に、酷い仇でお返しした事になり、本当に心苦しく思っております。皆様の望む通りの罰を私がお受けいたします。どうか、どうか何なりとお申し付け下さいませ!」


「母さん、悪いのは僕も同じだ! みんな、本当に今回の事は申し訳ありませんでした! 僕がもっとしっかりしてれば、サンディもあんなに傷つくことは無かったんだ。母さんは何も知らなかったんです。罰は僕も受けます! どうか何なりと……」


 レオンもテレシアと並んで床に這い、頭を下げる。


()()()()かい。重い言葉を、簡単に言ってくれるねえ」


 グレンダの抑揚の無い言葉が、場の空気を凍らせた。


「まず、屋敷の守り神、精霊の大樹は枯れ果てた。そして森林自体はなんとか維持できたものの、全体の精霊力は格段に落ちてしまっている。ここからまた以前のように戻すのは、正直至難の技だよ」

「婆さん……」


 ロムスの呼びかけを無視し、グレンダは続ける。


「エドアルド殿。今回の件は、どうしたら防げたと思うね?」


 グレンダの抑揚のない声で突然振られ、エドアルドは緊張した面持ちで答える。


()()という意味であれば、今回は全面的に私の手落ちです」


 テレシアとレオンは、えっ? という顔でエドアルドを見た。


「そもそも、テレシア殿が魔樹の種を植え付けられたのは神殿での事でしょう。それはおそらく、私達がこの屋敷に向けて出発した前日……新月の晩の事だと思われます。いくら私が精霊士として信頼されていても、女性の寝室に詰める事はできません。それを狙い、おそらく高位の咎人……知性と理性、そして()()()()の能力を持った者が侵入し、種を植え付けたと推測します。そして、そうであればテレシア殿には防衛する手段はありませんし、レオン君はその場にすらいないのですから罰など論外です。唯一それを察知し防げる可能性があるとしたら……この私しかおりません」


 エドアルドは拳を握りしめ、口惜しげに言った。


「此度の件で魔女殿からの罰を受けるのは、()()な精霊士、私、エドアルドが最適でしょう」


「おいおいちょっと待てよ。それなら俺だって結界通過で感じた違和感を無視してた、っていう()があるぜ」


 ロムスも参戦し『俺が俺が』となりつつある中、グレンダが軽く手を挙げると皆黙った。


「――私も結局、()()()()という立場でありながら、決定打を打てなかった。本来であれば、魔樹に誰が入っていようが、即座に息の根を止める事が出来なければダメなのさ。でも私には、どうしてもそれが出来なかった」


 テーブルに肘を付き、軽く握った右手に額を当てて、グレンダは俯いたまま続ける。


「皆の力に頼って甘えて、結局一番()()()()()のは私だよ。だから……だから皆、そんなに謝らないでくれないか」


 ──コンコン


 沈黙で満たされた重い空気の中、ノックが響いた。


「マリン、戻りました~」

「お入り。早かったね。サンディは大丈夫なのかい?」

 グレンダはさっと顔を上げて尋ねると、マリンはコクリと頷いた。


「少しまだ足元がふらついていますけど、殆ど自分で出来ていますね~。今は部屋で休ませています~」

「そうかい、良かった。もし食欲があるようなら一緒に準備してやっておくれ」

「はい、勿論です~。あのぉ……」

「どうしたんだい?」


 マリンはちょっと下を向き、モジモジしている。


「あの、今のお話、その、聞こえちゃってまして~。ごめんなさい……」

「マリン、謝る事なんて何もないんだよ。この屋敷の事で、お前に隠す事なんて何一つ無いんだからね。さあ、お掛けなさい」


 グレンダは自分の隣をポンポンと叩いて、マリンを座らせた。


「それで、大体話は聞いたのかい?」


 グレンダの問いに、マリンは黙って頷く。


「じゃあ話は早いね。それでは()()()()()として、マリンの意見を聞かせてくれないか」


 マリンはハッと顔をあげてグレンダを見た。その後すぐ困ったように下唇を噛み、目線が泳ぐ。


「マリン、ちょっといいか?」

 マリンが顔を上げると、ロムスと目が合った。


「マリンは今回の魔樹退治において、最大の功労者と言っても過言じゃねえ。それに森の未来を背負ってるのは正真正銘、マリン、お前だ。今回の俺たちの()()()、どうけじめを付けたら良いか、遠慮なく言ってくれ」


 エドアルドは小さく頷き、レオンとテレシアは、床に座ったままじっとマリンを見つめている。

 うーん、と小さく声を出した後、マリンは皆を見て話しだした。


「では、皆さんにお聞きしたいのですけど~、この中の誰かが夕食のスープのお鍋をうっかり落として全部ダメにしてしまったら、どうなさいますか~?」


 マリンの問いに対し、グレンダはさっと目を伏せて口元を手で隠した。ロムスは目を瞑って腕を組み、上を向く。

 他の皆はマリンの意外な質問に対して、少し驚いた表情をしている。


「えっと、まず協力して片付けるよ。もしその人が火傷なんてしてたら、急いで手当もしなきゃ」

 レオンが第一声を放った。


「あと、すぐに代わりのスープを作らないといけませんわね」

 テレシアが続く。


「多少遅れるかも知れませんが、皆で手分けして協力すれば十分夕食には間に合うんじゃ……」


 エドアルドはそこまで言って、クスリと笑んだ。見ればグレンダもロムスも、口角が上がっているのを隠しきれないでいる。


「いやー、実にマリンらしい例えだな」


 クククと笑いながらロムスが言うと、グレンダは心底愛おしそうにマリンの肩を抱いた。

 しかしレオンとテレシアだけは、まだ少し不安そうな顔をしてマリンを見ている。


「レオン~、そしてテレシアさん。ここには『スープをこぼした人』を責める人なんて居ないんですよ~。勿論、二度とこぼさないように反省したり、対策したりするのは大切です~。でもこぼれちゃったスープはもうもとに戻りませんし、誰かのせいにしても新しいスープは出てこないので~。だから私は、落とした人を責める暇があるなら、その分皆で協力して前よりもっと美味しいスープを作り直したいです~!」


 マリンはニッコリと笑んで言い切ると、テレシアは涙ぐみながら頭を下げた。


「マリンさん、本当に有難うございます」


「さあ、レオンもテレシアさんも、椅子の方に座っておくれ。終わった事より、これからの事を話し合おうじゃないか」


 グレンダが声をかけて二人がソファーに戻ると、そこからは今後の事へと話題は移っていった。



 ***



 最初、テレシアは王都に行って一人で生活をしたいと申し出た。目も見えるようになったことだし、今まで以上に裁縫もできる。レオンは自分の事など心配せず、屋敷で修行に励んで皆さんの御恩に報いなさいと言う。


 テレシアが気を使って言っているのは、皆すぐにわかった。しかしレオンは今回のこともあってか、自分が力不足だったとわかっているからこそ、母を強く引き止める事が出来ず複雑な顔をしている。


「あの~テレシアさん? お裁縫が得意って言ってましたけど、どんな事ができますか~?」

「そうですね、私は刺繍が得意です。織り機があれば織物も作ります。以前、家族の服はすべて私が作っていました」

「テレシアさん、すごいじゃないですか~!」


 マリンが目を輝かせた。


「あの~、私、お裁縫は苦手なんですよ~。刺繍なんて夢のまた夢ですし、必要に迫られて(つくろ)いをしていると、いつのまにか自分のスカートも一緒に縫ってたりしまして~……」


「──ぷっ」

 絵面を想像したのか、レオンが噴き出した。


「こら、レオン! 失礼ですよ!!」

「いってぇぇぇ!」

 レオンはテレシアのゲンコツを食らって、頭を抱えこむ。


「繕い物でしたら得意ですわ。何しろ我が家の()()()()()()が、毎日のように服に穴を開けて帰ってきてましたからねえ」


 レオンが頭を上げると、その場の全員がなんとも言えない複雑な笑顔で自分を見ている。


「テレシアさ~ん、レオンの子供の頃の話、もっと聞きたいです~」

「レオンの事だ、さぞやんちゃだったんでしょうなぁククク……」


「ええ、そりゃあもう。昔、狩りに出た夫の後を勝手に追って行って迷子になりましてね。村の皆さんが総出で探して下さったんです。でも結局、見つかったのは村を出てすぐの場所にある、堆肥を作る穴の中でしたわ。下半身が埋まって動けなくなったらしく、泣き疲れて寝てしまっていて。顔はぐしゃぐしゃだわ匂いは酷いわ、もう大変で――」

「――わああああああ! 母さんやめろっ!!」


 自分の子供の頃の失敗を、母親から友達に暴露されるという猛烈な恥ずかしさ。レオンはこれを、生まれて初めて知ったのだった。



 ***



 結局テレシアは皆に請われ、屋敷で一緒に生活する事になった。縫い物の腕前を買われたのもあるが、レオンの暴露話を期待する面々の後押しが、妙に強かった。


 レオンは複雑な心境ではあったが、母と一緒に暮らせるというのは純粋に嬉しかったし何より安心だ。王都に母が一人でいたら、また何があるかわからない。レオンの知る限り、魔女の屋敷はそういう意味でも一番安全だ。


 その晩の夕食の準備は、休んでいるサンディの代わりにテレシアが入って腕をふるった。

 変化としてはサラダに使う野菜の飾り切りが一層華やかになり、肉料理の火加減がより絶妙になった。

 マリンも料理は平均以上に上手なのだが、テレシアの肉料理は元々肉食である大山猫(リンクス)族だからこそのものだろう。


 そんなテレシアも、サンディの考案した『ますたあど』を大絶賛した。山盛りの焼き野菜と鹿肉のローストに添えると、大量に作った料理はあっという間に皆の胃袋に消えていく。


 ちなみに、サンディも皆と一緒に夕食を摂ることが出来た。まだ少々目眩が残っていたが食欲はあったし、それなりの量を食べることもできた。特に、テレシアの肉料理は本当に美味しい。それをサンディが本人に伝えると。


「褒めて下さってありがとうございます。でもサンディさんの場合は、きっと身体が欲しているんですよ。貧血気味なんですから、お肉はしっかり食べたほうがいいですわ。ただし、ゆっくりよく噛んでくださいね」


 そう言ってにっこり微笑むテレシアさんは、まるで()()()()のようだ。


 ここは()()()()らしい、というべきなのかもしれないけど、サンディは母という存在をよく覚えていない。

 前世の母の顔はもう忘れてしまった。でも病弱な自分のために一生懸命尽くしてくれた、という記憶はある。


 そして、今世の母は全く覚えていない。でも、ブレスレットに込められた過保護なまでの愛は知っている。


 目の前で動き微笑む母という存在を思い出せないが故に、テレシアさんを『お母さんみたい』と感じられない。それに気づいたサンディは、母の前で屈託なく笑うレオンを見て、ちょっとだけ羨ましく感じるのだった。

> 堆肥を作る穴

……要するに『肥溜め』です。

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