第7話:アイリスのパパ(迫真)
「あ、あの……お父さん?」
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
アイリスのパパ……と思われる怪物は、名状しがたき鳴き声でオワコンの声に答えた。
黒いタールを固めたような冒涜的なスライムは、じっと佇んでいる。
『まあ、アイリスのお父さんであることは間違いないし、特に問題はないね』
「特に問題はないね、じゃあないんだよ」
本当に問題無さそうに真顔で言うババアに、オワコンは思わずツッコミを入れた。
オワコンは、この悪魔的スライムお父さんをアイリスと対面させた時の状況を想像してみた。
『アイリス! 会いたがっていたお父さんを連れてきたぞ』
『えっ!? 本当に!? パパーッ!』
『ヴォオオオオオオオオオ!!(会いたかったぞ娘よ!)』
『い、嫌ぁぁぁぁーーーっ! 怪物!? 来ないで!』
『ヴォオオオオオオオオオ!!(なぜだ!? パパだぞ!)』
想像に難くない。
アイリスがこんな状態のお父さんと会ったら、間違いなく泣くか失神するだろう。
SAN値が一気にゼロになる危険性すらある。
「いや、やっぱりこれは駄目だ。アイリスと会わせるわけにはいかない」
「ア゛イ……リ゛ズ……?」
オワコンの発した『アイリス』という名前に、それまで無言で留まっていたお父さんスライムが反応した。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーッ!!」
突如黒いスライムは、まるで広げたベッドシーツみたいにぶわっと巨大化し、オワコンを包み込んだ。
そしてそのまま熱い抱擁をするように、全身をギリギリと絞る。
「いきなり何をしやがる! 俺は男と怪物に抱きつかれるのが一番嫌いなんだ!」
黒いスライムの奇襲を受けたオワコンは、憤りながら怪力で引っぺがした。
ダメージこそないが、大蛇が獲物に巻きつくよりももっとすごい力だった。
もしもオワコンが以前のオワコンのままだったら、全身の骨が砕け、ぺしゃんこになっていただろう。
『あー、こりゃ完全に理性を失ってるね。アイリスを求める心だけが暴走しちまってるのさ』
「こんなのアイリスに会わせたら死ぬだろ! いい加減にしろ!」
どうやらアイリスパパスライムは、娘を求める衝動だけで動く怪物と化してしまったようだ。
オワコンですら圧迫感を感じるのだから、アイリスに同じ事をしたら間違いなく圧死する。
『仕方ないねぇ。一回やりなすか』
「ええ……お父さんせっかく生き返ったのに?」
『大丈夫さ。死霊術で蘇らせたんだから、もう一度呼び戻せばいいだけだから』
「そうか。そんなら問題ないな」
倫理的に大問題な気がするが、そんな事を言っている場合ではない。
恐るべき害獣と化したお父さんを放置しておくわけにはいかない。
オワコンは一足飛びで距離を詰め、神速の蹴りをお父さんスライムに放つ。
「ヴォオオオオオオオオオオオッ!!」
巨木すら砕く強烈な蹴りを浴びては、お父さんスライムもたまらない。
身の毛もよだつような叫び声を上げ、かつてお父さんスライムだった怪物ははじけ飛んだ。
スライムは黒い欠片になった後も、断片がぴくぴく動いていた。
だが、やがて動かなくなり、霧状になった後、跡形もなく消え去った。
「やれやれ。とんだお父さんもあったもんだ」
『ちぇっ、せっかく魔力を使って生き返らせてやったのに……』
「ああいうのは生き返ったって言わないから」
ババアはスマホの画面のなかでぶつぶつ文句を言っていた。
お父さんが生き返ったと言えない事も無いが、おかしい。何か。
「せめてさぁ、もうちょっと人間っぽくて、ちゃんと理性のある状態じゃなきゃ駄目だろ」
『そういう上位アンデッド召喚にはレベルが足りないんだよ。孤児院の維持コストに魔力を割いてるからね』
「やっぱり孤児院自体を拡張させないと駄目か」
オワコンなりにアイリスを喜ばせてやろうと思ったのだが、色々な意味で間違っていた。
だが、間違いは正せばいいのだ。
「予定通り、孤児を保護して屋敷のレベルを上げていくしかないな」
『そういうこったね。とりあえず、この森の付近だけでもあと三人は集まるだろうさ。アイリスがパパと会うのはしばらくお預けだねぇ』
「いや、パパには会わせるさ」
『は? 何言ってんだい? 今失敗したばかりじゃないか』
ババアが怪訝な表情になるが、オワコンは不敵な笑みを浮かべる。
「解決策はある。俺自身がアイリスのパパになる事だ。俺が……俺がアイリスのパパだ!」
オワコンは、高らかに宣言した。




