第6話:アイリスをパパに会わせてあげよう
傭兵グランドから理不尽な方法でアイリスを『保護』したオワコンは、彼女たちの待つ屋敷内へ足を踏み入れた。
「あ、いんちょー。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
中に入ると、中央の間に設置してある長椅子に、シャルロットとアイリスが並んで座っていた。
シャルロットの膝の上には絵本のような物が開かれている。
アイリスはというと、シャルロットの肩に頬を乗せるようにして覗きこんでいた。
「シャルロットちゃん、すごく頭がいいんだね。私、全然文字読めないから……」
「私、昔からおばあちゃんに色々教えてもらってるから」
えっへん、とシャルロットは胸を張り、アイリスが尊敬のまなざしを彼女に送る。
『当り前さ。この大魔術師エスメラルダ様の育てた娘だよ。生半可な冒険者や国お抱えの宮廷魔術師なんかより、あの子のほうがよっぽど知識も才能もあるさ』
「そうか、そりゃすごいな」
ババアが遠まわしに自分の実力を自慢するが、オワコンはスル―して少女二人の愛くるしい様子を眺めている。
ババアは若干不満そうだったが、それ以上は何も口にしなかった。
「あれ? いんちょー……さん? グランドおじさんは?」
「グランドおじさんなら傭兵の仕事があるって街にぶっ飛んで行ったよ」
オワコンは平然とそう言った。
確かに、傭兵の仕事は街にあるし、ぶっ飛んでいったのは間違いないので嘘は言っていない。
それを聞くと、アイリスは困惑した表情になった。
「そうなんだ……私、やっぱり邪魔だったのかな」
「邪魔、というのは?」
オワコンは、アイリスが泣き叫ぶのではと少し身構えていたが、予想に反して何故か落ち込んだ表情を見せるのみだ。
「パパが死んじゃってから、おじさんが私を引きとってくれたの。でも、私、戦いとか出来ないし、おじさんの足手まといだったから……」
アイリスは寂しげにそう呟いた。
どうやら彼女は、自分がグランドの足かせになっていると思っているようだった。
実際にそうなのかはさておき、別にグランドはアイリスを捨てたわけではないのだが。
「大丈夫さ。いい子にしてればきっと神様は微笑んでくれるさ。しばらくは俺の所にいれば安全さ」
「そうだよ。そのおじさんが来るまで、いんちょーが守ってくれるよ!」
この状況を招いた張本人と、さりげなく片棒を担いでしまったシャルロットがアイリスを励ます。ちなみにオワコンは神様が微笑んでくれると言っており、グランドが迎えに来るとは言っていない。
「ありがとうございます……」
すると、被害者であるアイリスは嬉しそうにお礼を言った。
知らぬが花とはまさにこの事だ。
オワコンはアイリスに近付くと、目線を合わせるように屈みこんだ。
「アイリスは、パパに会いたいかい?」
「え、う、うん。でも、パパは私が小さい頃に病気で死んじゃったから……」
「そうか……」
アイリスがうつむきながら小声でそう言ったので、オワコンは彼女の頭をぽんと撫でた。
「シャルロット、俺は少し用事があるから外に出るが、アイリスと一緒に待っていてくれるかな?」
「大丈夫です! アイリスちゃんと一緒に本を読んでますから!」
「よろしい」
オワコンは大仰にうなづくと、シャルロットとアイリスを残して外に出て、館の裏側に回った。
花畑の裏側は、畑が作れるくらいの草地が広がっている。
現在は特に整地していないらしく、草ボーボーになっていた。
オワコンは背広の胸ポケットからスマホを取り出し、画面のババアを覗きこむ。
「なあババア、一つ相談したい事があるんだけど」
『何だい?』
「アイリスのパパを生き返らせたりとか出来ないわけ? なんかこう……魔法とかでさ」
『出来るよ』
「出来るんかい!」
本物のパパに合わせる事は出来たらいいな。ファンタジックなババアが300年も生きる世界だし……なんてダメ元で聞いてみたのだが、割とあっさり肯定されたので拍子抜けだ。
「さすが地球とは違う世界だ……」
『出来ることは出来るけど、並の人間には到底無理さ。この大魔術師エスメラルダ様だからこそ可能なのさ」
いちいち大魔術師と自画自賛するのが多少うっとうしいが、オワコンとしては非常にありがたい。
「じゃあ早速やってくれ。アイリスの喜ぶ姿も見たいしな」
『分かったよ。ただ、この魔術は魔力を大量に消費するからね。今の孤児院レベルだと完全には復活出来ないかもしれないが』
「この際、不完全でもいいよ。アイリスにパパから一声かけて貰うだけでも大分違うはずだ」
『そうかい。じゃあ死霊術を発動するよ』
「死霊術」
なんとなく嫌な予感がしたが時すでに遅し。
スマホの画面から、まるで消化器みたいに黒い霧が溢れだし、一か所に固まっていく。
その霧のかたまりは最初はただの霧だったが、徐々に濃度が増し、最終的に真っ黒いスライムのような物体になった。
「なんだあの化け物」
『アチャー、やっぱり全然レベルが足りないからねえ。一応、アイリスのパパの魂は固定出来たがね』
もしかして:アイリスのパパ。
全長一メートルくらいの黒いアメーバみたいな怪物が現れた。
ババアいわく、これがアイリスのパパらしかった。
「あ、あの……お父さん?」
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
アイリスのパパ……と思われる怪物は、名状しがたき鳴き声でオワコンの声に答えた。




