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第21話:災厄の大魔女エスメラルダ

「さて、ようやく孤児院レベルが2になったか」


 この世界に転移して色々な事があったが、オワコンは珍しく感動したような声を出した。

 孤児を保護するのはそれなりに大変だったが、やはり成長を実感できるのは嬉しいものだ。

 先に中に入っていったシャルロット達も、広くなった孤児院内部をワクワクしながら探検しているだろう。


「これで移動も出来るからな。これでより効率的に孤児を救う事が出来る」


 今までは食虫植物のように、近寄ってきた獲物を捕らえる事しかできなかった。

 だが、これからは能動的にこちらから世界に出向く事が出来るのだ。

 森に籠りきりの孤児たちにも、新しい世界を見せてやれるだろう。


 ――殺気!


 オワコンは背筋に冷たい物を感じ、反射的に身をよじる。

 その直後、オワコンの頬を何か鋭いものが横切った。

 今まで無傷だったオワコンの頬に、一筋の赤い線が出来た。


 オワコンが攻撃された方を向くと、スマホに入っていたはずのババアが実体化していた。

 しかも、ババアは少しだけ若返り、ごく普通の邪悪な魔女くらいにはなっていた。


 少なくとも、博物館のミイラと並べ、どっちが生きているババアだと聞かれて悩むような状態ではない。


「おやまあ、あたしの魔法を感知して回避するなんてねぇ。あんた、少しずつだけど魔法に対する感度が上がってるね」

「フー、そりゃ、アイリスのパパを蘇らせるために、死霊術の練習をしたりしたからな」


 明らかに殺されるレベルの攻撃を受けたというのに、オワコンは溜め息を一つ吐いただけだった。

 そして、一息入れてから本題に入る。


「さて、どうしたんだババア。院長に魔法で攻撃するなんて、ボケが始まったか?」

「ババアババアってうるさいね。よくも散々コケにしてくれたね。あんたはもう用済みだよ」

「用済み? 孤児院はこれから発展していくんじゃないか。ババアだってそれを望んでいたんだろう?」

「ウシャシャシャ! あんた、倫理観はおかしいのに妙な所で真面目だねぇ!」


 オワコンが疑問を口にすると、ババアはおかしくてたまらないという感じで爆笑した。


「あたしが孤児院を運営? 困っている人間を救いたい? そんな事をするわけがないじゃないか」

「……ババア、どういう事だ?」


 オワコンが初めて殺意を籠めた口調でババアを問い詰める。

 ババアはニヤニヤ笑いを浮かべながら、実に愉快そうにオワコンに答えた。


「決まってるじゃないか。この災厄の大魔女エスメラルダ様が世界を征服するためさ。あんたはただの駒なんだよ」

「なん……だと……?」


 オワコンは初めて驚きの表情を見せた。

 ババアが魔女だとは聞いていたが、一応、オワコンはババアの言い分を信じていたのだから。


「ま、ここまで協力してくれた礼だ。教えてやるさ。あたしはね、こんな辺境に天才魔術師を追放したこの世界が許せないのさ。だから魔術を極めた。でも肉体の老いはどうにもならないんだよ。だからシャルロットを育てて肉体を乗っ取るつもりだったのさ」


 ババアは、出来の悪い生徒にマウントを取る嫌な教師みたいにねちねちと喋り続ける。


「でもその前に肉体の限界が来ちまったのさ。それで異界から都合のいい存在……あんたを召喚した。あんたを働かせ、肉体と魔力の消費を抑え、その間に器を探すつもりだったのさ」

「確かこの孤児院は魔力で作られてるんだったな? つまり、孤児を集めると称して、生贄を集めてたって事か」

「察しがいいね。その通りさ。あんたが持ってたスマホとかいう魔道具。あれは実にいい代物だったよ。あの殻を被っていたおかげで、この建物は充分に魔力を蓄える事が出来た」

「フー、なるほどな。つまり俺は、ババアを利用していると思いつつ、実は利用されていた訳か」

「そういう事さ。あんたは実にいい働きをしてくれたよ。この森の奥であたし一人で四人の魂を集めるのは大変だからね。あんたが邪悪なお陰で、実に短期間で集まった」

「なに!? 俺が邪悪だと!?」


 オワコンは淡々と聞き流していたが、邪悪呼ばわりされた事に明らかな嫌悪感を現した。


 一応フォローしておくと、オワコンは悪意でここまで悪逆非道を働いていた訳ではない。孤児たちを救うため、彼なりに考えた結果、悪逆非道になってしまっただけである。


 砂漠で渇きにあえいでいる遭難者に対し、トウガラシ入りの熱湯を喉に流し込むような事ばかりしていた。だが、それはやり方が間違っているだけで、純然たる善意なのだ。


 要するに、もっとも性質が悪いタイプの人間だった。


「それにしても、あたしの真空刃を回避するとは驚いたね。レニとかいう小娘もあの歳にしちゃいい感じだったが、あんたがぶっ壊してただのメス犬になっちまったがね」


 ババアはそう言うと、オワコンを受け入れるように両腕を大きく開く。


「さて、さっきは用済みだと言ったけど、どうだい? あたしと一緒に世界を征服しないかい? 断言するよ。あんたは間違いなくこの世界最強の存在さ。異世界から来た人間は、文字通り次元が違うのさ」

「つまり、今まで通り俺とババアで孤児院を共同経営したいと?」

「馬鹿だねぇ。ここはもう孤児院じゃないんだよ。孤児院って言ったのは、あんたに直接あたしの目的を伝えたら、絶対に協力しないと思ったからだよ」

「当たり前だ。俺はそんな悪事に加担するほど落ちぶれちゃいない」

「……その割には、あたしより邪悪な事をしてた気がするがね」


 ババアは呆れた。だが、だからこそオワコンを手放すが惜しくなったのだ。

 倫理観の欠如した最強の戦士を手駒に入れられるのは、ババアの世界征服に大きく役立つだろう。


「どうだい? 悪い取引じゃないだろう? あんたは好きなだけ女共を蹂躙し、あたしは若返って男どもを侍らせる。世界中の全ての生命が、あたしら二人の前にひれ伏すのさ」


 ババアは実に楽しそうに、未来への希望を(うた)った。

 だが、オワコンの表情は冷めたものだった。


「フー、おい、ババア」

「だからババアって言うんじゃないよ。災厄の大魔女エスメラルダ様と呼びな!」


 ババア――魔女エスメラルダはいらつきながらそう言うが、オワコンはやれやれと肩をすくめ、親指で孤児院の屋根を指差した。


「屋上へ行こうぜ。久々に……キレちまったよ」

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