第20話:孤児院レベル2
レニがこの孤児院に囚われ……もとい『保護』されてから一週間が経過した。
オワコンの手厚い説得により、レニは高慢な天才魔法少女という肩書から解放された。
「ボゥッ! ボゥッ!」
「まってー! はやーい!」
温かな日差しの下、骨だけになったガルムと、レニが笑いながら草むらで追いかけっこをしていた。
だが、ガルムはもちろんだが、レニまで四足で走っていた。
おしおき部屋での苛烈な浄化の結果、レニは人間としての理性がほぼ崩壊していた。
会話はかろうじて出来るが、魔法の術式はもちろん、人間としての振る舞いもほぼ全て忘れ去っていた。
人間をやめさせられた事で、レニは純粋な『人間』に戻る事が出来たのだ。
レニが孤児院で一番仲がいいのは、かつて裏庭に埋葬され、オワコンの死霊術の練習台で呼び出されたガルムだ。
「アイリスのパパの魂を呼び戻す練習で生き返らせたが、レニの友達になったようで何よりだ」
楽しそうに走り回るガルムとレニは、まるで兄妹のようだ。
もっとも、片方は魔獣ガルムの死骸であり、もう片方はれっきとした人間なのだが。
レニは四足歩行に慣れてきたらしく、スケルトンガルムが走り方を教えているようだった。
魔法は使えないものの体力は増し、若々しい健康な肌と髪は、より美しくなっている。
ただ、服を着る事を嫌がりだしたので、今は下着に首輪という姿なのだが。
「遊びはそのくらいにしておきなさい。そろそろ食事にしようじゃないか」
「はーい!」
オワコンが手を叩くと、レニは忠実な犬のようにオワコンの元に駆け寄った。
スケルトンガルムは食事の必要が無いので、この孤児院の番犬として飼われている。
巨大な骨をがしゃがしゃ言わせながら、外敵が来ないよう孤児たちを守ってくれている頼れる相棒だ。
オワコンが屋敷の中にレニを連れていくと、既にシャルロット達は昼食のために席に着いていた。
「よし、みんな揃っているな。じゃあ食事にするか。今日のお昼はカレーだぞ」
「カレー!? カレー大好き!」
アイリスがバンザイをした。
それと同時にシャルロットとアビーもバンザイをした。
カレーなる代物を最初見た時、三人は恐る恐るといった感じで口にした。
だが、今ではすっかり虜と化している。
オワコンは一瞬でカレーを精製すると、三人の前に並べる。
しかし、レニだけは床に這ったままだ。
「さて、みんなで食べる前にレニにも用意してやらないとな」
そう言って、オワコンは中央広間の片隅に生えている、観葉植物のような物の根を折った。
レニの前に小皿を取り出し、皿に向けて根をぎゅっと絞る。
すると根の先から、どろりとした白濁液が出て、小皿の上にぼたぼたと垂れる。
「わー! ごはんだー!」
「お食べなさい。レニはこれしか食べないからなぁ。好き嫌いはしちゃいけないんだけどな」
「だって、おいしい」
「こらこら、みんな待ってるのに先に食べちゃ駄目じゃないか。レニはこらえ性がないなぁ」
オワコンは苦笑しながら、どろりとした青臭い液体に嬉々として舌を伸ばすレニの頭を撫でた。
あの部屋に長時間閉じ込められて以来、レニは通常の食事を摂れなくなっていた。
食べさせようとしても吐き戻してしまうのだ。
なので、おしおき部屋に居た時と同じ精製法で栄養剤を作り、レニに与えている。
レニは食器の使い方も忘れてしまっているので、一緒のテーブルで食事する事は出来ない。
三人の孤児とオワコンがカレーを食べている間、レニは美味しそうにぴちゃぴちゃと栄養剤を舐め取っていた。
まるで猫がミルクを舐めるような動作だった。
これしか食べられないとはいえ、栄養配分は完璧だ。
レニはここに来る前より、肌や髪のつやがずっと美しくなった。
ただし、知性や人間性は失われてしまったが。
「よしよし、ちゃんと全部食べたな。えらいぞ」
「れに、えらい!」
小皿の液体を綺麗に舐め取ったレニの髪をオワコンが優しく撫でる。
その撫で方は、飼い犬にやる動作に似ていた。
「フー、レニもだいぶ環境に慣れたようだし、そろそろ次の段階に移るとするか」
「次の段階? なんですか? それ?」
食べ終わった食器を台所で洗いながら、オワコンが口にした言葉にシャルロットが疑問を投げかける。
「レニが四人目の孤児として入ってくれたお陰で、孤児院レベルがようやく上がってね」
「こじいんれべる?」
『ああ、そういえばシャルロットには話してなかったねぇ。四人の孤児が揃うと、この建物が大きくなるのさ』
「えっ!? そうなの?」
ババアの言葉にシャルロットは驚いたようだ。
孤児が増えたら建物が大きくなるなんて荒唐無稽な話だから無理もない。
「じゃあ試してみるか。孤児院レベルは……うん、上げられるな」
オワコンはスマホの画面を見て、孤児院の見取り図を確認する。
四つの部屋にはそれぞれ、シャルロット、アイリス、アビー、レニの四名が配置されている。
そして、右上の方に『孤児院を成長させますか?』という文字が出ている。
ちなみにレニのおしおき部屋は、通常の部屋に作りかえられている。
ただ、レニはもう文字を読む事が出来ないので、寝るためのベッドとひよこのおもちゃが置かれているだけだ。
「建物が大きくなるのをみんなで見てみるか。シャルロット、部屋にいるみんなに、外に出るように伝えてもらえるかい?」
「かしこまりました!」
シャルロットはしゃちほこばった様子で、びしっと額に手を当てる。
そうしてシャルロットに促され、オワコンと四人の孤児達は建物の外に出た。
「さて、これから孤児院レベルを2に引き上げる。少し揺れるかもしれないから転ばないようにな」
オワコンは皆に振り返り、注意を促した。
どういう風に大きくなるのか分からないが、建物が崩れる可能性もあるので念のためだ。
そして、オワコンはスマホ画面の『孤児院を成長させる』ボタンをタップした。
「ブルオォォォォォオオォォ!!」
――瞬間、獣の咆哮のような、大地が鳴動するような、何とも言えない音が周囲にこだまする。
「い、いんちょー! 建物が!?」
アビーが孤児院を指差す。
すると、孤児院がまるでそこだけ地震でも起こっているかのように震えだす。
同時に、ガルムの攻撃でもびくともしないはずの壁に亀裂が走る。
「たいへん! こじいんが!?」
アイリスが慌てて駆け寄ろうとするが、それをオワコンが抑える。
「大丈夫だ。多分、『脱皮』してるんだ」
「だっぴ?」
アイリスがオウム返しに聞き返すが、オワコンは顎をしゃくって建物の方を差した。
オワコンの言うとおりだった。
今までレンガ造りだった壁が崩れ、その下に、真新しいコンクリートで出来たような白い壁が出来ていた。
ヘビが古い皮を脱ぎ捨てる成長するように、レンガがぼろぼろ崩れ、建物の容積が膨れ上がっていく。
鳴動が完全に収まった頃には、孤児院は新しく生まれ変わっていた。
以前はこじゃれた赤レンガの洋館というたたずまいだったが、今回は純白に包まれた新築の教会のようだ。
その美しさに、孤児達は息を飲む。
「すごい……これが私たちの新しいおうちなんですね!」
「いや、すごいのはこれからだ」
「えっ!?」
シャルロットが興奮してはしゃいだが、オワコンは冷静にそう言った。
現時点で充分素晴らしい建物だが、再びまた地震が起こる。
さっきよりも大きい。
「ブルゥゥゥゥオォォォォォォォオオオ!!」
先ほど聞こえた得体の知れない音がまた響く。
その直後、なんと孤児院が宙に浮きだした!
「えっ!? 孤児院が……飛んでる!?」
「いや、少し違うな」
シャルロットは目を丸くするが、孤児院が浮いている理由はみんなすぐに気付いた。
「孤児院に……足がはえてる!?」
アイリスが大声で叫ぶが、厳密には足ではなかった。
辺りに生えていた木の根を吸収し、それを建物の下部に取りこんでいた。
それが巨大な足のように見えたのだ。
巨木を絡めて作った根は計八本。
上空から見ると、巨大な蜘蛛のような姿に見えるだろう。
そこで孤児院はぴたりと止まった。
どうやらこれがレベル2の状態のようだ。
孤児院は孤児たちを歓迎するように、入口の部分からさらに根を伸ばして絡め、天然の階段を作った。
「すごい! まるで要塞みたい!」
「はっはっは。シャルロットは面白い事を言うな。要塞なんて物騒なものじゃない。これはあくまで孤児院さ。ただ、この根を動かせば移動が出来るみたいだな。今までは森に籠りきりだったけど、これから色々な場所に行けるぞ」
「ほんと? やったー!」
レニが嬉しそうに四肢を使ってぴょんぴょん跳ね回る。
「ねえねえ、いんちょー。中を探検してきていいですか?」
「ああ、もちろんだ。どうも見取り図を見る限り、前の倍くらい大きくなってるみたいだな」
「すごーい! みんな、早く行こう!」
シャルロットが先導し、四人の孤児達は大はしゃぎでレベル2の孤児院の中に入っていった。
その様子を、オワコンは満足げに眺めていた。
「フー、まずは一段落だな。次のレベル3は……10人か」
新しくスマホに表示されている次の孤児院レベルアップに必要な孤児は10名。
「となると、あと6人追加か。やってやろうじゃないか」
今までと違い移動能力を得た孤児院なら、街や村に行けばそれくらいは集まるだろう。
これからが本当の勝負だ。オワコンは決意を新たにした。




