第19話:4人目の孤児を保護(確定)
「フー、レニの事を放置しすぎたかな」
オワコンが他の孤児達の食事の準備をし、後片付けをしたり、食後の休憩を取っているうちに二時間が経過していた。
その間、レニはおしおき部屋で『浄化』され続けている。
たかが二時間だと思うかもしれないが、レニの部屋は時間間隔を狂わせ、3000倍長く感じるようになっている。
「ええと、1分が3000分、つまり50時間だから……リアルタイムで2時間だと……」
『6000時間だよ。あんたの世界とこっちの時間の経ち方はほとんど変わらないから、大体250日くらいかねぇ』
「そうか。少しきつすぎたかな?」
大して気にするふうでもなく、オワコンは平然としたまま廊下の奥にあるレニの部屋を目指す。
外装こそ普通の扉だが、中では狂気じみた拷問が行われている。
オワコンがドアを開くと、中には相変わらずXの形で四肢を拘束されたレニの姿があった。
体は弛緩状態で、気絶しているのかぐったりと頭を下げているので表情は見えない。
「レニ、起きなさい。レニ」
「……ぇぁ?」
オワコンの声に反応し、レニは顔を上げた。
だが、二時間前とはまるで別人のような惨状になっている。
栄養補給のために何度か口に根を突っ込まれたようで、抵抗したのか全身がどろどろになっていた。
「れに? れにって、なに? あんた、だーれ?」
「フー、少々おしおきがきつすぎたか」
レニはえへえへとだらしない笑みを浮かべ、オワコンに向かってたどたどしく反応した。
単語をつなげるような幼児のような喋り方だ。
目の焦点も定まっておらず、正気を保っていないのは明らかだった。
「ウウッ……うごごごぉぉ! おいじい! おぃじいぃぃぃ!」
オワコンがやれやれと肩をすくめると、ちょうど食事のタイミングだったのか、根っこがレニの口に突っ込まれた。
レニは抵抗することなく、それを受け入れごくごくと飲んでいる。
『あらら……この娘さん完全にイッちまってるねぇ。ま、こんな真っ暗な触手部屋に、誰とも会わずに体感250日も放りこまれたら、地獄の大王だって発狂するだろうさ』
ババアですらどこか憐れみを籠めた口調でそう呟く。
天才魔法少女と呼ばれた高飛車な少女の姿は、もはやどこにもなかった。
「フー、まあ結果的にはよしとするか。レニ、反省したようだね」
「れに? れに? なにそれ?」
レニはアヘアヘと締まらない表情で笑う。
自分がレニであった事すら忘れてしまったようだ。
オワコンは特に慌てた様子も無く、指を鳴らしてレニの拘束を解く。
四肢の拘束を外されたレニはそのまま地面に倒れそうになるが、オワコンが素早く抱きとめる。
「よく頑張ったな。でも、元々はレニが人さらいなんてするからいけないんだぞ」
「れに? なに、それ」
「君の名前だよ。君はレニという少女なんだ。でも、悪い人達のせいで悪い事をさせられてたんだ。それを俺が救い出してあげたんだよ」
「そう、なの?」
「そうだよ」
違うよ。
だが、諸悪の根源であるオワコンは、まったく悪びれず優しい口調で崩壊したレニに笑いかける。
「レニ、もう大丈夫だ。悪い人や世界から、俺が君を守ってあげよう。ここにはお友達もいるんだ。どうだい? 一緒に暮らしたくなっただろう?」
「わるい、ひと、いない? もう、こわくない?」
「ああ、この部屋で怖い思いをしただろう? でも、もうそんな苦しみから解放されるんだ。外に出たいだろう?」
「でたい! でたいよぉぉ!!」
外に出たいかと聞いた途端、レニは火が付いたように泣きだした。
自分が何者で、目の前の人間が地獄へ叩きこんだという事を忘れても、体がこの部屋の恐怖を忘れられない。
恐怖に震えるレニの細い肩を、オワコンがそっと抱き締める。
「泣くんじゃない。もう大丈夫。院長が守ってあげるからな。さ、お外に出ていっぱい遊ぼうな」
「うん!」
しばらくして泣きやんだレニは、とびっきりの笑顔を浮かべた。
待ちに待った救いの神がやって来たのだから無理もない。
『まるで刷りこみだね。悪魔の所業だよ』
「不純物がインストールされたOSを治すのには、クリーンインストールが一番いいんだよ」
『意味がわからんねぇ』
ババアがスマホの画面の中で首を傾げるが、オワコンは気にも留めずレニをお姫様抱っこで外へ連れ出した。
孤児院の裏手には井戸が湧いているので、それを使って白濁まみれになったレニの身体を清める。
「きもちいー!」
「そうだろう。こういう天気のいい日に水浴びするのは最高だよな」
オワコンはレニを素っ裸にして洗っていたが、レニはニコニコ笑顔でされるがままになっていた。
苛烈な浄化の末、レニは羞恥とか常識とか全てを吹き飛ばされてしまったらしい。
そうして身を清め、服を着させられたレニは、シャルロットをはじめとする三人の孤児たちと初顔合わせをした。
「さあ、新しい四人目の仲間だよ。みんなも仲良くしてやってくれ」
「よろしくー」
レニは満面の笑みを浮かべ、孤児達三人を見上げる。
だが、三人はレニに返事をする前に、不思議そうな表情で彼女を見つめていた。
「ねえ、いんちょー、なんでこのお姉ちゃん、四つん這いになってるんですか?」
シャルロットが代表して疑問を口にする。
レニは服こそ着ているが、何故か床に四つん這いになっていた。
まるで赤ん坊がハイハイするような体勢だ。
「四つん這いでいる事に何か問題でもあるのか?」
「ううん、無いけど……」
「なら問題無いだろう。そんな事で差別をしちゃいけないぞ」
「はーい」
それで疑問は解消したのか、誰もレニが四つん這いで歩いている事にツッコミを入れなかった。
レニは全ての記憶を崩壊させてしまった結果、魔法の使い方はおろか、人間の歩き方すら忘れていたのだ。
「さあ、新しい仲間と一緒に外で遊んできなさい。レニは部屋にいる時間が長かったからな。みんなと遊んでくるといい」
「うん! いってきます! いんちょー!」
「ああ、ちょっと待ちなさい」
三人と連れだって四つん這いのまま出ていこうとするレニを、オワコンは引きとめた。
そして、彼女の首に犬用の首輪を精製し、装着した。
「今のレニは危なっかしいからな。その首輪を付けていれば、魔力で探知して位置が分かるようになっている。迷子になっても俺が迎えにってやるからな」
「わーい! ありがとー!」
レニは首輪を嫌悪するどころか、感謝の言葉を述べた。
数時間前まで天才の名を欲しいままにしていた少女の姿は、どこにも存在しない。
そうしてレニは、外の美しい花畑で、他の三人と一緒に駆けまわった。
もちろん四肢を使ってだが、自由に動ける事が嬉しくてたまらないといった感じだ。
その姿を、ドアの所に寄りかかりながら、オワコンは満足げに眺めていた。
「どうだ? 実に美しい光景だろう。俺はな、世界中をこんな笑顔に満ちた空間にしたいと思ってるんだ」
『あたしには、ただ精神崩壊しただけに見えるけどねぇ』
「フー、ババアは分かってないな。世の中にはな、人間であるから、知性があるから苦しむ事があるんだ。見ろ、あのレニの姿を、あんなに殺伐としていたのに、今はあんなに楽しそうにしているだろう」
『ま、本人が幸せだと思ってりゃ、地獄でも幸せなんだろうけどさ』
かつて災厄の魔女と呼ばれたババア――魔女エスメラルダもこれにはドン引きした。
それはそれとして、こうしてレニは心から孤児院に従属し、真の四人目の孤児として迎え入れられたのだった。




