漆黒の瞳:sideセルツ
朝食を終えたセルツは、みはるより先に食堂を出た。
(さて、アシードからの説教を受けに行くか。)
特に、説教されに来いなどと言われてはいない。
しかし、自分の行動を振り返っても、一回きちんと説教されておかないと気が済まないというか許せない。
心情的には一発殴ってくれても構わない程だ。
朝食前まではそんな事を考えてはいなかったが、みはると話している内に、
(一旦、頭を冷やそう、冷静になろう。)
という気分になった為だ。
そんな気分になった理由は。
「私こそ、上手くお相手出来るのかな、とか。」
みはるのこの言葉を勘違いしたからだ。
(一瞬、夜の相手という意味にとってしまった…。)
セルツは色恋に興味はなく、女性経験もない。
そもそも、この世界は娼館も存在しないし、女性と一度でも肉体関係を持ったら一生の伴侶にならなければいけない。
セルツは自他共に認める戦闘狂。
女性にかまけてる暇があったら戦闘していたい、という本音があった。
(第一、女って面倒くさい。)
そんな考えも根底にあった。
(パーティーとか出たら、色んな女に声をかけられて、聞いてもいないのに、ペラペラと自分の趣味やら、着てる服を誰に贈ってもらっただのと…。
おまけに、目がギラギラしてるし。)
他の男性からすると、沢山の女性達に声をかけられるセルツが羨ましく映っている。
(俺よりも他所の男にいけよ、っていつも言いたくなるんだよな…。
言っても、結局女が寄ってくるのが謎だが。)
しかし、健康的な男として女性に対しての興味もある。
そのため、みはるの言葉を不純な方向に勘違いしてしまったのだ、多分。
(真面目に俺達と向き合ってくれようとしている彼女に対して、あんな勘違いを…。)
殴ってほしい、本当に。
「あぁ、待っていましたよ、セルツ。」
恐ろしいオーラを醸し出しているアシードが昨夜と同じ談話室で待っていた。
それを肌で感じたセルツの体は戦闘態勢に入った。
(この状態のアシードと戦ってみたい…。)
アシードとは今まで手合わせ程度でしか戦わせてもらえていないセルツは、先程の冷静になろうという殊勝な心掛けが無くなり、懐の短剣を掴む。
そのまま、躊躇いも無くアシードへ飛びかかった。
「!?」
ガキン!
間一髪、腰の剣を抜いたアシードに短剣を止められたセルツは口の端に笑みを浮かべた。
「セルツ!」
「…時間はあるんだ、相手してもらうぞ、アシード!」
キィン、と金属音が部屋に響いた。
「これだから戦闘狂は…!」
アシードは苛立ち紛れに叫んだ。
(楽しい、楽しい!)
体中を包むこの高揚感。
戦っていると、不思議なくらい楽しい。
もう一生戦っていたい、戦いだけしていたいと、そう思ってしまう。
魔物が集団で現れた時など、セルツは嬉しくて嬉しくて笑ってしまう。
自分はおかしいのかも、と思う時もあった。
だが、楽しければそれで良い。
それに、魔物や盗賊相手に欲求を満たしていれば、一般市民には迷惑をかけないと考えた。
しかし、どうしてこんなにも戦うことが楽しいのかはセルツにもわからなかった。
「満足ですか、セルツ。」
ややうんざりしているアシードは肩で息をしていた。
一方のセルツも、肩で息をしているが好戦的な目は耀いていた。
「まぁまぁだな。」
「はい、満足したんですね。
それでは本題に入りましょうか。」
アシードはセルツを無視して話をすることにした。
その方が建設的だからだ。
「そう言えば…、入ってきた時、どこか様子がおかしかったですが。
…また何かしたんですか?」
「いや、してはない。
その、ミハルに…、」
「ミハルに?」
さぁ、言え。
と、圧力をかけてくるアシードにセルツの背中に冷や汗が流れた。
一度戦闘したから、頭の中には普段の自分が戻ってきている事もあり…。
(これは正直に話すべきだな。)
その結果、物凄く怒られても仕方ない。
「…以上です。
セルツ、今後は気を付けて下さいね。」
「…うん。」
しゅんと俯く姿からは大陸最強の冒険者と謳われていると考えられない。
しっかりと説教されたセルツは反省モード。
アシードの説教は、怒鳴り散らしたりはしないが、
「何故こうなったのか、きちんとわかっているのか。」
ということをまず聞かれ、何に注意するべきなのかをわかってるのか、と確認される。
そういった事を自分で口にすると自然と反省する流れだ。
(そして、自分の愚かさを実感する。)
みはるに対して不純な事を考えた事については、アシードから殴られる事もなかった。
むしろ、
「セルツが女性の事を気にするとは…。」
と、何やら感動された。
「俺だって、将来自分の子供を産んでくれる相手に対してなら興味を持つ。
寒々しい関係など、俺は望まない。」
こう反論したら。
「馬鹿にしてないですよ。
ただ、今まで他の女性には興味なんて欠片も持っていなかったでしょう?」
「当たり前だ。
面倒な事になるとわかっているのに興味を持つ理由なんてない。」
「だからこそ、不思議なのですが。
それと、ミハルに対してそんな……不埒な事を考えていた等と悟られてはいませんよね?」
「あぁ、大丈夫だと思う。」
タイミング良く朝食が給仕されたおかげでみはるの意識はそちらに向いたが、あれは偶然ではないだろう。
もしも、みはるに悟られようものなら、あの場の空気は昨夜の比ではない。
それを察した使用人が動いてくれたのだ。
(優秀な使用人がいてくれて、本当に助かった。)
うんうんと頷くセルツは、アシードが辺りの惨状にため息を吐く姿に素直に謝った。
「すまない、こちらで弁償する。」
「当たり前です、と言いたいところですが…。
正直、私も壊した物が多いので…。」
「……いや元々は俺の責任だ。」
「いえ、セルツの性分を分かっていたのに、あんな空気を出していた私にも責任があります。」
以下、自分が悪いと言い合っていた2人は結局、互いに譲らなかった為、半分ずつ出す事に決定。
(俺がミハルにあんな事を言ったのが一番の原因だしな…。)
この部屋の家具等は高かったが、セルツの稼ぎで充分払える範囲内。
それでも相応の金額だったこともあり、今回の騒動?に対する報いだな、と金額を知ったセルツが乾いた笑みを浮かべることになる。
「しかし、ここの防音の魔法は良いな。」
「えぇ、便利でしょう?」
「あぁ、盗賊や悪徳商人を拷問する時に重宝する。
周りからうるさいと言われずに済みそうだ。」
「…思わず、良いですね、それ。
と言いそうになった私はどうなのでしょうか。」
「気に病む必要はないだろう。
王子として普通じゃないのか?」
「…そう、ですね。
盗賊達を集団で拷問しても音が漏れないのは便利が良い。
それに、片方には拷問。
片方には尋問で情報を引き出す。
どちらが効率が良いのか実験してみるのも有りですね。
多少激しくしても、盗賊相手なら問題ない…。
真剣に導入を検討しましょう。」
考え込むアシードをそのままに、セルツは部屋を出る。
扉で待機していた騎士達にはアシードが呼ぶまで入らないように一応伝えておく。
(俺の思いつきであそこまで考え込むとは。)
暇になったセルツは屋敷の中を彷徨く。
この屋敷は周囲を森で囲まれており、もしも何者かが襲撃してきても、この屋敷に辿り着くまでに様々な罠をくぐり抜ける必要がある。
仮に、屋敷に侵入が成功しても、腕の立つ騎士が多数控え、更に強力な魔法の仕掛けが至るところに仕組んでいる。
(俺達7人の内、必ず1人はこの屋敷にいるからな。
そう易々と侵入者相手に後れはとらない。)
屋敷の警備がそれだけ厳重なのは勿論、みはるの為だ。
セルツ自身、何者かがみはるに危害を加えようものなら相手を殺すつもりでいる。
みはるの事は出会ったばかりで何も知らなくても、護りたい気持ちはある。
小動物への庇護欲、或いはこの世界に勝手に呼び出したみはるへの贖罪の気持ちがあった。
みはるの話によると、彼女の故郷では一妻一夫が普通というか常識らしい。
つまり、結婚しないにせよ、将来的に7人の男との間に子供を設ける、というこの状況下はみはるに今までの常識を捨て去れ、と言っているようなものだ。
(…精神的に相当な負担だよな。
それを強いている俺達の事がミハルは怖くないのか?)
自分が別の世界に召喚された場合、まず召喚した相手を殺すと思う。
(いや、理由は聞くかな。)
その理由が納得できるものなら殺しはしないが、
(徹底的に痛めつけるな。
相手が王だろうと、誰だろうと。)
場合によっては少し直情的な面があるセルツからすると、みはるはよく我慢しているな、と感心してしまう。
(…我慢とは違うのか。
諦め?)
故郷に帰れないから、諦めて自分達と共にいることを選んだのだろうか?
が、本当の事はみはるしか知らないし、聞ける事でもないので、セルツは考えを中断する。
(我慢でも、諦めでも、俺達と一緒にいてくれる。)
その事実は忘れないように、と心に留めておく。
(……そう言えば、俺はミハルの勉強が終わった後にもう一度会うんだったな。
その時間まで、何をしておこうか…。)
みはるは今日からこの世界の勉強がスタートする。
セルツはみはるへ庇護欲と贖罪の気持ちのみを持っている。
しかし、みはると今日はもう一度会えるとわかった時、どんな話をしよう、と考えていた。
(今まで、女との会話も面倒で相槌くらいしか返してなかったけど…。
不思議だな、何故か楽しみだ。)
セルツの脳裏に、みはるが朝食を美味しいと喜ぶ姿が思い浮かんだ。