朝からの衝撃。
準備を整え、アルティーヌの後に部屋を出たみはるは扉の両脇にいた2人の騎士に驚いた。
「「おはようございます、ミハル様。」」
「おはようございます。」
この2人は、夜間のみはるの警護担当らしく、他にも数名の騎士達がみはるの警護をしてくれるそうだ。
(…この屋敷?にいる限りは安全って思ってたけど、違うの?)
屋敷内を1人で歩くのも駄目なのか、何か危険でもあるのかと気になったが、実際は少し違う。
彼らの仕事はみはるをアシード達から守ることだ。
正確に言うと、みはるに対してアシード達が無理矢理行為に及ぶ場合は、みはるの身の安全と、命を最優先にして行動する事を許されている。
みはるの召喚にはかなりの労力が費やされている。
言い方はかなり悪いが、元を取る必要がある。
そんな相手に無理矢理迫り、そのショックでみはるに何かあったりしたら…。
各国首脳陣には最悪の事態を防ぎたい、という考えがあった。
しかし、そんな事を知らないみはるは頭の中で素早く、色々と考え…。
(ま、いっか。)
30秒程で考えることをやめた。
(その内わかることなら、それで良い。
教えてもらえないのなら、私が知らない方が良いってことだもの。)
内心頷き、目の前の騎士達へ伝えてない言葉に気付いた。
「夜通しの警護ありがとうございます。」
「い、いえ…。」
「仕事ですので…。」
みはるが頭を下げてお礼を言うと、2人の騎士は何やら戸惑った様子で言葉を返した。
(…?)
その姿に驚くみはる。
みはるは別に変な事をしたつもりはない。
何かしてもらったらお礼を言うのは普通だと思うから。
(でも、ここで何か聞くのも変よね。)
場の空気が悪くなる。
それに、彼らも夜間の仕事が終わったらそろそろ交代の時間だろう。
仕事の邪魔は良くない、とみはるは口を開く。
「それでは、失礼します。」
もう一度頭を下げたみはるは、アルティーヌの後に続いて食堂に向かった。
残された騎士達は、顔を見合わせるのだった。
(…驚かれた理由は何だろう。)
昨夜、アルティーヌやカイサにお礼を言った時も2人は驚いていた。
というより、みはるがお礼を言うとは思わなかった、そんな反応をされた。
(……もしかして、お礼を言うのはマナー違反とか?
いや、そんなマナーあるわけない。
多分。)
みはるはマナーの問題だとばかり考えていたが、違った。
実は、侍女達や騎士達も、みはるの人生を大幅に狂わせた側なので、身の回りの世話や警護をしていても礼を言われるなどと思いもしなかった。
元の世界へ戻れないことへの鬱憤が溜まっていたら八つ当たりされてもやむなし、とすら考えていた。
昨夜、アルティーヌとカイサは自分達の主であるアシード達にみはるに礼を言われた事も報告したが、 彼らも程度の差はあれ、全員驚いていた。
とは言え…。
みはるにこういった理由で驚いていた、と言うのはいくらなんでも失礼なので、この先、誰かが口にすることはないだろう。
「ミハル様、食堂に着きました。」
「あ、はい。」
みはるがカイサに開けてもらったドアをくぐると。
「!?」
食堂の空気が心なしかどんよりしていた。
(お、重い…。)
陽射しは窓から入ってきているので、暗いわけではない。
ただ、空気が重い。
その空気の発生源は、テーブルに1人俯いて座るセルツからだった。
その姿があまりにも、この先の人生に思い悩んでいると言わんばかりで。
みはるは昨日あった事もすっかりと忘れ、恐る恐る近付きセルツに声をかける。
「セルツ様…?」
「!!」
瞬間、ばっと立ち上がり、みはるを視界に入れると。
「すまなかった!」
と、深々と頭を下げて謝罪した。
彼のオレンジの髪が朝陽でキラキラと耀いていた。
「え…。」
いきなり謝罪されたみはるは何の事だろう、と混乱する。
「昨日、俺が言った事で不快にさせてしまい、本当にすまなかった。
謝罪を受け入れてほしい。」
「あ…。」
昨日、この場所でみはるに対しての暴言、とまではいかずとも失礼な事を言ったセルツ。
(うぅ……。)
その時の事を思い出したみはるは反射的に顔を真っ赤にして俯く。
(あ、セルツ様も耳が赤い…。)
俯いた拍子に見えたセルツの耳はみはるの顔と同じで赤かった。
セルツはきっと、朝起きた途端に、昨夜の失言を思い出し、謝らないと!と思い、ずっと食堂で待っていたのだろう。
俯いて、どんよりとした空気を出していたのは、どう謝れば自分の誠意が伝わるのかを悩み、自分の失態を思い出しては凄く反省していたのだ。
耳が赤いのはあんな事をした自分が恥ずかしくて仕方ないと感じている証拠だ。
「セルツ様。」
「あ、あぁ。」
何を言われるのかと恐れているセルツがゆっくりと顔を上げた。
黒曜石の様な瞳がみはるを見つめ、目が合う。
それを待ったみはるは、
「はい、謝罪を受け入れます。」
と、まだ赤い顔のまま頷いた。
セルツはホッとし、もう一度頭を下げた。
「今後、このような事がないように善処する。」
「はい、そうしていただけると…。」
みはるから叩かれる覚悟をしていたセルツは安堵と、申し訳ない気持ちが胸の中をぐるぐると回っていた。
人間、時には怒られるほうが心情的に楽になる場合もある。
朝食後、アシードからのお説教が待っているので、そこでもう一度反省だ、と誓うセルツ。
そんなセルツの心情を知らないみはるは、朝の挨拶を口にする。
「セルツ様、おはようございます。」
「あぁ、おはよう。
…出来れば様付けはやめてくれ。」
「…何てお呼びすれば良いでしょうか?」
「セルツで。」
「……セルツさん。」
「呼び捨てで構わない。」
「年上の人を呼び捨てはちょっと…。」
長く友人関係の間柄なら呼び捨てでも問題ないが、出会って2日目の年上を呼び捨ては、みはるには抵抗があった。
「そうか。
後、話し方も敬語はやめてくれないか?
あまり好きじゃないんだ。」
「えっ、ですが…。」
「こほん。」
2人の会話に割って入ってきたのは、使用人の男性だった。
「お話し中、申し訳ありません。
お二人とも、席につかれてはいかがですか?
すぐにお食事をお持ちいたしますので。」
「お願いします。」
「そうだな、座ろうか。」
セルツが先程座っていた椅子に座り、みはるはその正面に落ち着く。
「…気が利かなくて、すまない。」
「?」
みはるが何の事かわからずに首を小さく傾げるとセルツは苦笑した。
美形はこんな表情も目を引くのだから得だ。
「本来なら、俺が席に促すべきだったと思ってな。」
「そう、なんですか…。」
「あぁ、少なくともアシード達ならそうしただろう。
俺は今まで女と付き合った事がなくてな。
ずっと冒険者として依頼や戦闘をこなしていた。」
(戦闘狂…だっけ。)
アシードの言葉を思い出すみはる。
確かに、セルツが戦闘を好きなら色恋にかまけている暇などないだろう。
正直、戦闘狂と言われても全くそんな姿を想像できないみはるは、想像力に乏しいのではない。
セルツの様な凛々しい美形には戦闘狂よりも騎士という言葉が似合うと考える人が多く、みはるもその1人だった。
「私も誰かと付き合うのも、恋もしたことがないです…。」
おまけに異世界の美形揃いの7人の男性が相手だ。
何だか、色々と不安になる。
「?」
「私こそ、上手くお相手出来るのかな、とか、」
「!」
「生まれ育った文化の違いとか、私自身が不愉快にさせてないのかなって、不安に思ってます。
でも、その時は言って下されば良いですし、そうやって、一個ずつでもお互いの事を知っていけたら良いなって…。」
上手く言えないみはるはもどかしくて、言葉が続かなかった。
「あ、そういう、意味か。
そうだよな。」
一方のセルツは、顔を赤くしてもごもごと呟いていた。
「……?」
「俺も、言ってくれたら治すから。
それからだよな、好きとかは。」
「はい。」
セルツに照れながら頷き、ふと、疑問が頭を掠めた。
(あれ?
どうしてさっき、セルツさんは顔を赤くしたのかな?)
変な事を言ったのか、と先程の会話を思い返そうとしたが、
「お待たせしました。」
朝食を目の前に並べられると、みはるはそちらに気を惹かれてしまい、その後も会話について考える事はなかった。




