セカンドサマー・オブ・ラブ
また少し説明的な話が続きますが、もう少しおつきあいください。次回から話をぐっと進める予定です。そうしないと、この章で出番が少ないあの人もイギリスで文句言ってそうだし……
文中でてくるD Noteの”Criminal Justice”はこちらを。https://www.youtube.com/watch?v=IRue278fl60
かつて、サマー・オブ・ラブと呼ばれた時代、ムーブメントがあった。それは一般には1960年代後半、ロックと、ヒッピーなどのカウンターカルチャーが融合してウッドストックなどの大規模野外ロックフェスティバルが開かれるようになった頃のこと——そのような大規模フェスティバルに象徴されるラブ・アンド・ピースの時代の雰囲気のことを言う。それは、当時のベトナム戦争への反戦運動、前衛芸術運動、ドラッグカルチャーなどとも混じり合い、それまで縛られていた因習から解放された若者の革命として世間を席巻した。
しかし、そんな時代は、と言うか「幻想」は長くは続かない。早くも、サマー・オブ・ラブの頂点、ウッドストックコンサートが行われた1969年8月の同じ年の12月には、オルタモントのロックフェスティバルで観客が警備員に殺される他4名の死亡となる、通称「オルタモントの悲劇」が起きている。それがきっかけというわけでも無いだろうが、1970年代に入るとこのようなサマー・オブ・ラブ的な風潮は廃れていき、音楽は、個人の内にこもったり過激化したり……
とはいえ、音楽は、ロックは複雑化のあとのパンクムーブメント、ダンスミュージックとしてはディスコミュージックの全盛などがあり、その後に現れた電子楽器の発展にこの両方が混じり合い、ハウス、テクノは生まれていくのだが……
サマー・オブ・ラブのような時代は、それに憧れる人々が多くいたにも関わらず来ることがなかった。
もちろん、大規模な音楽フェスティバルが無かったわけではない。産業化されたロックは十万人規模の大規模なフェスティバルを行なっていたり、大規模なディスコは若者を夢中にさせてたりもするのだけど、人々が何かを信じて叫んだ愛の夏はそのまま再び巡り来ることはなかったのだった。
しかし、アメリカのアンダーグラウンドで進行していたクラブカルチャーがイギリスにもたらされた1980年代の最後、それはRAVEと呼ばれた大規模野外ダンスパーティーへと発展した。それこそが愛の夏の復活につながったのだった。そこで人々は、普段の差別も軋轢も忘れ踊り狂ったと言う。その様は、かつてのサマー・オブ・ラブのようだと言うことで、セカンド・サマー・オブ・ラブと呼ばれた。
それは、かつてのサマー・オブ・ラブとは違い、若者の革命ではなかった。かつてサマー・オブ・ラブの頃のロックでは、「三十歳以上は信じるな」などと言われたそうだが、この2回目の愛の夏では30代どころか、すでに老齢に達していたものも参加した。サマー・オブ・ラブは結局、そんなことのできる余裕がある先進国の若者のムーブメントであったのだが、この2回目はグローバル化された世界状況を背景とし、移民として来ていた第三世界の人々も巻き込んでのムーブメントとなった。
様々な人々があつまり、踊る中で違いを認め合い、微笑む。
そんな夏が、進化してまた現れたのだった。
しかし……
「結局、最初のサマー・オブ・ラブの時と同じように、ふわふわした夢みたいな熱狂が冷めてくれば、ただ騒ぎたいだけのバカも目立って来るし、正直イギリスではドラッグ問題も随分あったみたいだし、そんな連中が問題起こせば政府も大規模な規制を始める……クリミナル・ジャスティス法ってしっているか?」
究道さんの言葉に僕は首肯した。
「うん、知ってるな。——そんなRAVEを規制しようとしてイギリスで制定された法律で、野外で反復する旋律をかけて人が集まるといけないって言う、明らかにダンスミュージックで踊る人を規制した法律だ。やっぱりそう言うのは響から聞いてるな。じゃあ……ちょうどいい。今日の特訓はこれから行こう……」
究道さんはセレクタでD Noteの”Criminal Justice”を示す。
僕はまた首肯して、究道さんの座る机の横に作られたDJブースに立つ。
「そして業羅が現れ始めたのはこの時期、RAVEが規制されたこの時期と重なる。もちろん、RAVEができなくなって業羅が発生したなんて非論理的なことを言う気は無いが……その時代に失った何かが業羅を発生させているのは間違いないと俺は思う……」
僕は言われた通りD Noteの曲をDJコントローラーで選ぶ。
「そしてその業羅をなくすには、その前の時代、セカンド・サマー・オブ・ラブが重要であると俺は思う。そこにあった精神を、夢を、『それ』は求めていると思うのだ、もちろん、業羅があの時代に現れ始めたのはたまたまなのかもしれなくて、俺の今言った説も論理的とはいえないが……」
究道さんに僕は準備ができたことを目線で知らせる。
「なにしろ、幾多の業羅を見る中で俺は、奴らが踊り出す瞬間のグルーヴを感じて、確信してるんだ。奴らは『それ』を求めている、って。業羅を人間に戻す、救うのには、あの時代の精神のなかから『それ』を探さないといけないんだ——さあ、じゃあ始めようか……」
僕は深く首肯して、曲をスタートさせる、印象的なベースの音がラボに響き渡る。その様子を慎重に聞き取りながら、究道さんは少しづつヴォリュームをあげて、イコライザの調整を始める。
すると、
「うん。じゃあここは騒がしくなるから、女の子は上に行きましょうか」
と美希さんが言うのであった。