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中編:早えよ王太子

 同じ私に冤罪を着せるための舞台だというのに、今は驚くほど清々しい気持ちで私は『彼ら』と対峙していた。

 今の彼らは、仲良くなろうと必死に頑張ったのにゲームの強制力に負けて私を処刑しようとしていた『ヒロインと攻略対象達』ではない。転生者であると同時に、この世界をなんとかしたい同志だ。

 ――だから。

「只今を以って貴族籍から放逐された元リストラリア公爵令嬢、エレーンを……」

 この言葉も絶望と『このあとどうしよう』という必死の模索とではなく、私のことを考えてくれた末のことだとわかる。

「お、王都中央広場での……斬首刑とし……」

 おい声震えてるぞテオ!!

 泣くんじゃない! 本当に処刑するわけじゃないんでしょしっかりなさい!!

「期日は追って、こ、国民に……」

「もう、よろしいですわ」

 これはボロが出るなと思ったので、予定にはないがとりあえず場を切り上げることにした。

「とうに私は裁かれました。綸言汗の如し……王太子殿下の口から出た言葉は取り消されてはなりません。我が身は既に王室にて国を支えることは叶いませんが、死によって王国が礎となりましょう。さあ、連れて行きなさい」

 堂々と両手を前に出す。命令に従うことは受け入れるが、己が罪人とは認めない、そういった意志を込めて。

 転生者といえどもはや公爵令嬢として生きてきた日々、王太子の婚約者として立っていた立場の方が私にとってはアイデンティティ。たとえ目の前に待つものが恥辱であれ死であれ堂々たれ、それが国母となるべき者の在り方。それにこの断罪は方便でしかないとわかっている、何も恐れることはない――。

「し、失礼致しますエレーン嬢……」

 この唐突な断罪劇にか、それとも堂々としている私にか、とにかくまだ動揺した顔の近衛騎士達が、私の手を取り。

 後ろへと持っていって縄でくくる。

(……し、しまったぁ!!)

 そうだった前に手を出すのは手錠があるからで!

 この世界では普通に罪人の拘束は縄で後ろ手だ!

(うわああ格好つけといて今のは超恥ずかしかったあああああ!!)

 顔に血が昇り頬が火照るのを感じる。何も知らなければきっと怒りに燃える様子に見えるのかもしれない。

 すいませんすっごく恥ずかしいことした自覚で穴があったら入りたいだけです!

「仮にも我が婚約者であった者だ、特別に貴人牢への収監を許す」

 やったー風呂トイレつきベッドあり、日本のワンルームくらい快適な貴人牢!

 公爵令嬢と言っても現代日本の一般人との記憶ハイブリッド、ワンルームあれば充分に快適に過ごせるわ。さっきと言ってることが違うけど気にしない。顔だけ真顔に取り繕って、私は現実逃避することにした。

 なんかいろいろと情報量も多いしやらかした感もあるし、普通に断罪されてた方が疲れなかった気がする。けれど私の未来はゲーム通りにはならないだろうし、憎まれていると思っていた人達もむしろ私を救おうとしてくれているという事実に充分に満たされた思いだ。

 貴人牢は場所こそ地下ではあるが空気浄化と清掃の魔法によって清潔さを保たれた、それなりに快適な場所だ。一切抵抗しなかったのであっさりと拘束の縄を解かれ、扉には外から鍵がかけられる。一応扉に小さな覗き窓がついているがベッドが衝立で仕切られた先にあり、寝姿や着替えを見られることはない。身分だけでこんなに優遇されていいのか。ノブレスオブリージュしてるならともかくここに収監されてるってことは罪人なんだぞ! まぁ私も無実の罪だけど!

 まぁとりあえず処刑は3日後。テオやサトコちゃんがとりあえずは処刑されないように何とかしてくれるだろうけど、まだかまだかと待っているよりはちょっとでも体力貯めておいた方が良さそうだし。

 寝間着はないけどとりあえず下着で寝てしまおう。幸い衝立はあるし、最悪ドレスは脱げなければ破いても何とかなるだろうし、コルセットは一番上の結び目さえ解けば全部緩む構造だ。あとはストッキングを脱げば寝巻きとほぼ変わらないワンピースタイプのアンダードレス。よしこれで寝れる。

「……っしゃ! よーしボタン取れた!」

 ドレスの背中、1番上のボタンを外して……あとはもう前世のトレーナーとか脱ぐ要領で頭から全部抜いちゃって。

「よいしょーっ!」

 勢いをつけて両手を肩越しに背中へと伸ばし、コルセットの紐を手探りでひっ掴む。端と端を手探りで持って、あとは引っ張れば……!

「エレーン!」

「はひ!?」

 ここで聞くはずのない声――少なくとも今は――に振り向いたのと、牢の鍵が開いたのと、見事に紐を解くことに成功したコルセットが落ちるのは全く同時だった。

「迎えに来……あああごめん! まさか着替え中ってか侍女なしで着替えるとか思ってなくて!」

 騒がしく衝立から顔を出した次の瞬間には真っ赤になってまた引っ込んだテオに、アンダードレスにストッキング姿の私はむしろ恥じらうより前にかえって落ち着いていた。

 なので。

「早えよ」

 あらツッコミが乱暴な言葉になってしまったわごめんあそばせ。わざとだけど。

「待たせる男は嫌いって言うから早く迎えに来た!」

「15分で来いとは言ってない!!」

 ――まぁあの場をこれだけの時間で収めてくるんだから有能ではあるんだよなぁ。うん。

「まぁ普通に最初に脱ぐよねコルセットきっついし」

 後ろから顔を出したのは下働きのお仕着せに身を包んだサトコちゃんである。

「てなわけではい、コルセットなしで着れるから楽だよこれー」

「さっすがサトコちゃん、女の味方は女だね!」

「俺も前世は女!」

「はい殿下は向こう行ってなさい」

 衝立の向こうに改めて放り出されるテオを眺めながらお仕着せに腕を通す。

「エレーンさん、ドレスとコルセット借りるね!」

 その間にサトコちゃんが回収していったドレスとコルセットに何やらキリルが呪文を唱えているようだ。着替え終わって見てみると、私にそっくりな魔力人形がベッドに寝ている。

「えーとジャミング、クリエイトサウンド遅延継続タイミングはランダム……」

 さらに牢に偽装用魔法をどんどん施していくキリル。これだけ重ねて使えるってやっぱり圧巻、流石は最年少宮廷魔術師。

「よし、あとは処刑の時に改めて動かすね。あ、処刑前の演説入れる?」

「超茶番じゃん」

「大丈夫大丈夫、録音1本追加で流すくらい余裕だから」

「そういう問題でもないと思っがはっ!」

「エレーン会いたかったあああああ!!」

 後ろから突撃ハグしてきたテオに肺の中の空気を全力で追い出されてむせた。

 おいこら王太子自重しろ。

「開き直りすぎでしょうがアンタ!」

「婚約者にようやく告白できた男がはしゃがないわけがない!」

「ってかここでうるさくしていいの?」

「あー大丈夫認識阻害と音声遮断かけてるから」

「宮廷魔術師便利……」

「いや一家に一台みたいな言い方しないで!?」

「一家に一人宮廷魔術師!」

「これで君の家も宮廷だ!」

「何その動画サイトの広告みたいな微妙なノリは!」

「エレーンがサトコちゃんと浮気する……」

「してねえ!!」

「まぁ息は合う」

「わかる」

「婚約者より女の子同士の方が気が合うって言われた……」

「言ってねえ!」

「殿下は人の話を聞かないからな」

「いや普段はそうでもないんだけどなぁ」

「もしかして私のことになるといつもこうなの?」

 まだ後ろからしがみついているテオの頭をとりあえず撫でて黙らせつつキリルとサトコちゃんに尋ねると、気まずげに頷かれた。

「く、苦労かけます……」

 同じく気まずい顔で頭を下げるしかなかった。

 ほんとうちの婚約者が……すまない……。

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