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式紙使い候補生、挑む。  作者: 久々椚
第一章  御符学
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六  呼び出し

 

「それで遅刻したわけね、三回ハ組の代議委員さんが」


 実嶋の机にもたれ掛かりながら、呆れたように七松(ななまつ)がいった。


 一限目終わりの休み時間、チャイムが鳴ると同時に七松は席を立ち、実嶋のもとにやって来た。そして、なに遅刻してんだとか編入生をひとりで登校させるなんてどういうわけだとか、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。すでにひととおりの事情は晃一から聞いているのに、実嶋本人からの説明が必要というわけだ。


 七松(よう)は晃一の寮のルームメイトで、あれこれと晃一の世話を焼いてくれている。生来が面倒見のいい性格らしく、責任感も強い。小柄でコドモコドモした見かけに反して、晃一の保護者のような振る舞いだ。

 七松の追及に、実嶋はちいさくなって頭を抱えている。


「もおさあ、ありえないよねえカバン持って来てないなんて」

「ありえないくらい恥ずかしいな」

「ほんと、はずかしいよ自分でもびっくりした」


 結局、実嶋は始業に間に合わず、一限目開始の挨拶と同時に教室に飛び込んできた。


「水路の流れが二回とも逆流でさ、行くときは学校発の流れで、チャイム鳴って学校行きになってから寮に戻ったから。朝からいい運動になったかも」

「ごめんな、おれが急かしたばっかりに」


 言われっぱなしの実嶋に申し訳なくなって、晃一が割って入る。と、


「ごめんじゃないよ。おれが勝手についてったんだもん」

「ごめんじゃねえ。こいつが勝手に忘れたんだから」


 実嶋はやっぱり好いヤツで、七松はやっぱり保護者然と厳しい。


「いやでも、ほんと、ひとりでも大丈夫だからさ」

「うん、わかってる。今日もちゃんと登校してるし。ほらいったじゃん、瓜篠だって」

「俺、思うんだけど」


 七松がいう。


「寮の誰かに式文(しきぶみ)飛ばせばよかったんじゃね? カバン持ってきてくれって」


 あ、


 と、晃一と実嶋が同時にいった。

 式文とは通信の式だ。式の心得のある者が符札を身に帯びていれば、そこへ送れる。一斉送信もできるから、朝の身支度の前だったとしても、何人かに送っておけば誰かは受信ができたはずだ。


「それは思いつかなかっ……」

「ほんとだあ! すっごいね七松、頭イイなあー」

「君らが抜けてんだと思います」


 七松は実嶋の机に両手をついて、はあ、っと大げさなため息を吐いた。実嶋はすっかり感心していて、心底うれしそうだ。


「名案だね、次はそうする」

「あんのかよ次が。二度と忘れません、だろ」


 呆れ顔の七松に、そうだったー、とのんきに返して、実嶋は晃一に振り返った。


「あ、それ新しいやつ?」


 後ろの席の晃一の手元をのぞき込む。晃一は、事務室で貰った護符ジャーナルを持っていた。


「今季号、特集なんだっけ」

「養成校の現在、だって」


 表紙を掲げていう。その通りのフレーズが大書されている。


「そっか。新年度だもんね」

「あー、そうそう、春号は毎年それだよな。前年の活動総括、今年の展望と目標な」

「それも毎年だいたいおんなじこと書いてるんだよね」


 ふたりは笑って顔を見合わせる。たしかにそうだ。小学四年のあの時から、ほぼ同じ内容の春号を毎年読んでいた。そして、毎年同じように心を躍らせていた。


「今年もおんなじだった?」

 実嶋がたずねる。晃一は首をかしげながら、

「まだ読んでない」

「そうなんだ?」


 答えに、実嶋は不思議そうだ。早く読みたいから早く登校したのに?

 晃一自身も不思議だった。とても楽しみにしていて、貰ったらすぐに読み始めるつもりだった。だが、今はなんとなく気分が殺げていて、ページを繰る気分になれない。


  晃一は、事務室でのことを思い返した。






 今朝、ヒオキとの一悶着の後、遅れて事務室にたどりつくと、荷の封はもう切られていた。畳敷きの事務室にヒオキが膝立ちになり、十路さんといっしょに包みから雑誌を取り出している。ヒオキは見るからにご機嫌で、作業をしながら高い声できゃっきゃと笑う。


 ――ちくしょ、もうちょっと待っててくれたっていいのに。


 封は切れないにしろ、せめてその現場を見せてくれたって――。


 戸口の隣の小窓から中を伺っていると、十路さんが気づいて、


「いらっしゃい、お入りなさいな」


 手招きする。晃一は窓口の隣の引き戸を開けて、


「なにかお手つ」

「ないよ」


 お手伝いを、と言いかけたところでヒオキにぶった切られた。十路さんは苦笑いをして、もう済みますからどうかおかまいなく、と上がり口を示す。


「お座りくださいな」


  勧められるまま、そこへ掛けた。座敷のふたりに背を向けて、板張りの土間風の空間をぼんやりと見渡す。

 

  昨日には壁際にあったはずの大きな木棚は、今は空っぽで、座敷の縁まで寄せてある。キャスターらしきものは見えないが、可動式らしい。木目が飴色に光る木製の棚は、落ち着いた設えの事務室によく調和している。

  事務室の壁や天井は清潔な白木で、床と鴨居は木棚と同じ、深めの色合いだ。鴨居は部屋の壁をぐるりと一周していて、戸口の上の部分だけが神棚風に張り出している。そこにちいさな置物がふたつ、ちょこんと置いてあるのが見えた。戸口のちょうど両端あたりに、神社の鳥居の前にありそうな造形の、石造りの動物。

 

「はい、どうぞ」


 後ろから声がかかった。十路さんが、取り出したばかりの一冊を差し出していた。ヒオキはすでに、座敷の壁際にもたれて再新号を読みはじめている。


「ふたりとも早起きおつかれさま。お茶でも」

「ありがとうございます。一冊いただきます」


  十路さんの言葉の終わりを待たず、晃一は護符ジャーナルを受け取るや、すぐに立ち上がった。そのまま、失礼します、と事務室を出る。

 神棚風の棚の下をくぐりがけ、十路さんが後ろからなにかいうのが聞こえた。が、立ち止まらずに廊下を進む。

 なんだか苛立ってしょうがない。


 ーー今日のおれはなんなんだ。負けっぱなしじゃないか!


 五角形の回廊をぐるぐると回りながら考えた。負け? というのは正確じゃない気もするが、でもとりあえず、勝ってはいない。水隧でうろたえ、うろたえているところをヒオキに見られ、そのヒオキには軽くあしらわれ。

 情けない、の、上塗りのまた上塗りだ。


 だだっ広い二階の回廊を巡り、階段を上がって上階を回り、また下がってまた歩く。とにかく歩きに歩いた。

 構内に人が増えはじめ、それぞれが教室に入っていく。晃一も三之ハ(みのは)の教室に入り、やっと席についた時、心は決まった。


 ――次は勝つ。


 なんに勝つんだかよくわからないが、とにかく、胸に誓った。






「あっ」


 と、実嶋が短く叫ぶ。その声で我に返った。


「なんだ?」

 七松がきくと、実嶋は胸元を押さえている。

「会議だって」


 いわれて、晃一も気づいた。襷の符札に報せの感触がある。式文だ。符札を取り出すと文字があった。


 ――報告会議、昼休みに五階広間にて。


 その左にさらに文字が浮かびあがる。


 ――弁当はこちらに用意しておきます。


 七松が晃一の手元をのぞき込み、首をかしげる。


「報告会議?」

「なんだろうね、放課後にやってるのとは違うのかな」


 実嶋も首をかしげている。

 編入以来、毎日の活動報告的なものは放課後に行っている。といっても、下校前に教室の片隅で、甲成先生と実嶋と三人、たまに瓜篠さんも加えての四人で集まって、なにか変わったことはないか、困ったことや辛いことはあるか、と訊かれるくらいのことだ。だいたい毎回、特にないです、で十五秒で終わる。


「目先変えて、お昼食べながらやってみようってんじゃないかなあ、お食事会? 男子会、的な?」


「なーんだそりゃ」


 と笑いながらも、七松は


「じゃあおれも参加していいかな。弁当持ってくわ」


 男子会に参加希望のようだ。


 

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