十七 朗報
「おーい、おーはよう」
と、間の抜けた声がした。甲成先生が、窓口から部屋の中へ首を突き出している。
「あら甲成先生。お早いのね」
お茶、いかがです? と十路さんがきくと、わあ、いただきます、と、スキップで事務室へ入ってきた。
「阿久都、実嶋、ちょうどよかった。君たちに式飛ばそうと思ってたとこ」
「え、どうかしましたか」
「連絡です。朗報です」
れんあくれす、ろーほーれす、と聞こえるが。甲成先生はさっと背筋を伸ばして、
「昼食の後、集合です」
しゅーおーれす。なんだ? また会議か? ぐだぐだで終わった、昨日の怪の件の仕切り直しだろうか。
「昨日のことなら、僕もちょっとわかってきました」
「そうそう、昨日のこと。参加できるかもしれないよ」
れきうかもしえあいお、と聞こえ、って、なに?
「参加?」
「ホントですか?」
隣で実嶋が飛び跳ねる。
「やったあ! よかったじゃん阿久都」
「なに? なにが? 怪のなにが参加?」
「いやそっちの話じゃないよー」
「シンキ! だよね? ですよね?」
実嶋は晃一と甲成先生を交互に見回し、首をぶんぶん振っている。
神紙式?
「…………え」
やっと、話がわかった。昼のじゃない。放課後に話していたほうだ。
「……ほんとに?」
神紙式に、参加できるのか? あの場にいてもいいのか?
「……やったあ」
喜びがやっとわいてきた、ような、まだちゃんと理解できていないような。歓喜の声も雄叫びにならずに、ぼそっとこぼすことしかできない。
それでも、すこしづつじわじわと、胸が躍りはじめる。あこがれの神紙式を、この目で見ることができる。
「まった、まったまった。かもしれない、だから」
甲成先生が両手を胸の前でクロスさせた。
「まだ決定ではないから。参加の検討は、してもいいって段階で」
「検討って、誰が。先生がたが?」
「それはすでに了承済み。昨日の放課後に、神紙式に編入生の参加を認めるかどうか、教職員で話したんだよ。そしたら、大方で参加してもいいってことだったけど、でも神紙式は生徒の式だから、最終の決は生徒たちに任せようと。で」
「代議会か」
実嶋がぽつりといった。
「そ!」
甲成先生が大きく頷く。へらっとした笑顔はいつにも増して大きくて、いかにもうれしそうだ。一方、実嶋はいつになく真剣な面持ちで、
「会は、いつ?」
「さっそくですが今日の五限め」
「全代議ですか?」
「三回の級代議全員と、上級ーー四回から六回ーーの学年代議」
「てことは」
実嶋は指を折る。
「こっちの代議は五人、上級生は三人で」
「三回側は阿久都もいる」
「六対三」
「あと職員票が、参加許可に一札」
「まずは、七対三か……」
実嶋は腕を組んで、なにか考え込んでいる。それからやにわに目を上げて、宙に字を書き始めた。
「瓜篠くんに?」
甲成先生が訊くと、実嶋は忙しく指を動かしたまま、こくりと頷く。
「さっそく作戦会議か」
差し出されたお茶を啜って、甲成先生は満足げだ。お茶の味にか、それとも実嶋の反応に?
「阿久都くん」
盆を胸に抱き、十路さんがいった。
「そこにお符札があるでしょう」
窓口の方を指す。壁を四角く抜いた窓口の下に、カウンター状の横板が張ってある。その下に据えられた棚の最上段に、長細い桐箱があった。護符の保管箱だ。
「あれ、私の使っているものなんだけど、何札か持っていきなさい」
きっぱりといった。持っていってちょうだい、でもなく、持っていってもいいわよ、でもない。持って「いきなさい」。十路さんには珍しい、命令を帯びた厳しい口調。
驚いて、十路さんの顔を見た。だが、そこにあるのは、いつも通りのおだやかな笑顔だ。
「会議で決をとるなら、お符札がいるから。たぶん役に立つと思うの。使ってちょうだい」
今度はちゃんと、十路さんらしいお勧めの言葉だ。