7.調理場という戦場
王都を建国時より支え、財務面に明るく、財務大臣を輩出し続けてきた由緒正しき侯爵家の家柄、スタリール。私の家柄、シュピリアール家と並び、王国の二代侯爵家と言われています。ちなみに、スタリール家とシュピリアール家の当主は歴代仲が悪い犬猿の仲であると言われていますが、実はその噂はまったくの誤りで、代々、家族ぐるみの付き合いをしています。シュピリアール家当主は行政面を一手に任されており、熟慮の末良いと思った改革案や国家事業などは積極推進する立場をとっています。
一方で、スタリール家は財政を任され、限りある国庫の潤沢性を保ちつつ、慎重にことを進めていく役割を担っています。
そういうお役周りの為、お城での会議の際には、スタリール家とシュピリアール家の当主は、真っ向から対立します。最近では、シュピリアール家の当主、お父様が立案した王都の道路整備案に関しては、スタリール家当主が、その事業におけるデメリットや懸念される事項をいくつも出し、お父様はぐぅの音も出なかったとか。
何事にも光の部分と闇の部分があります。スタリール家とシュピリアール家で協力して、光も闇も露わにして、国王様のご判断をあおぐ、というのがお仕事であるようです。
お父様は、スタリール家当主を尊敬し、得がたい友人であると仰っていました。主に事業実行の指揮をとるのはシュピリアール家で、その事業の成果による賞賛を得るのもシュピリアール家です。貴族としての誇りを体現し、貴族の中の貴族と称される。ですがそれは、スタリール家という影役に徹する家があるからできること。
時の流れというのは川のようなもの。王国の長い歴史で、シュピリアール家だけが存在し、スタリール家が存在しなかったら、川の流れが速すぎて、王国は濁流に飲まれていたであろうと歴史家は評します。
また、スタリール家だけが存在し、シュピリアール家が存在しなかったら、川の流れは堰き止められ、水は腐っていたであろうと歴史家は評します。
まぁ、お仕事の上で対立することの多い当主ですので、その分、家族ぐるみでお付き合いをするというのは、スタリール家とシュピリアール家の知恵なのでしょう。どちらの当主も、『ブランデー入り紅茶の紅茶抜き』という謎の飲み物を飲まれるのがお好きです。
そのスタリール家の貴族子女である、ネモフィラも私と同じ教室で学んでいるのですが、料理をしたことがまったくないようです。生卵を見つめて、ずっと首をかしげていらっしゃいます。
「ピアニー、卵を上手に割られたのね。どうやったのかしら?」
「テーブルの角で、卵の外型をコツコツと割るのです。そして、罅が入ったら両手でさっとボールに入れるのです」
コツコツ
コツン・コツン
コッ、ココツ、コン。
「罅が入らないわ?」
流石はスタリール家の血筋を引いているネモフィラです。何事にも慎重なのでしょう。
「もう少し力強く叩きつけるのです」
「こうですか?」
え? そんなに腕を振りかぶって勢いよくぶつけたら……
「あら? 爆散しましたわ」
「そうですね、爆散しましたわね。侍女を呼んで片付けさせましょう」
ネモフィラも侯爵家の娘。私と同じように料理とは無縁であったのでしょう。
「ピアニー様、いくらかき混ぜても、上手く混ざりませんわ。これは一体どういうことなのかしら?」
隣のテーブルで小麦、バター、卵をかき混ぜていたカリンが首を困った顔をしています。
「あぁ、カリン。卵を入れるといっても、そのまま入れては駄目なようです。必要なのは卵の中身で、卵は割る必要があるのです」
「まぁ! だからですの? 二の腕が痛くなるほどかき混ぜたのに、外見が変わったようには見えないのは何故からしらと思案していたところでした。ところで、どうやって卵を割るのですか?」
「どうやら、叩いて割るようなのです。ところでカリン。これを入れたの?」
「えぇ。先生の言われた分量だけ量って入れましたわ」
「そうなのね。でも、これは砂糖ではなくて塩よ。同じ色だから間違い易いの」
「あら、そうでしたの……。困りましたわね」
「侍女を呼んで片付けさせましょう。もう一度、最初からやり直しですわ」
「ピアニー様は、料理もお出来になるなんて流石でございますわね」
私はカリンに褒められて苦笑いです。私も料理はしたことがないのですが、何故かどうすれば良いのか分かるのです。
それにカリン……。料理が出来るなんて、聞く人が聞いたら侮辱されたと怒りますわよ。我がシュピリアール家は、宮廷料理人に勝るとも劣らない一流の料理人を雇っていますのよ。料理が出来るだなんて……、カリンに悪意がないことはもちろん分かっていますが、一瞬、料理人を雇うことも出来ない貧乏貴族だと侮辱されたかと思ってしまいました。




