8.誰が為の紅茶?
「では、皆様方がお淹れになった紅茶を飲んで、率直な感想をいただいて来てください。ちゃんと正直な感想を言ってもらい、その感想を羊皮紙にまとめて来てくださいね。そして、必ず、次はどうすればもっと美味しい紅茶を淹れることができるか、考察もしていただくこと。分かりましたか?」
宮廷筆頭次女の先生がそう言って調理実習を締めくくります。
私たちは、紅茶の冷めぬうちに誰かに飲んでいただかなくてはなりません。調理場から学友の方々は足早に出ていきます。
私も早く殿下をお探ししなければ、と思っていたら、調理場の外の廊下に殿方たちが沢山いらっしゃるではありませんか。
「カモミール様、ごきげんよう」
カモミール様は廊下で読書をしていらっしゃるようです。廊下でも読書をされるなんて、きっと本がお好きなのでしょう。しかも本を逆さに読んでいらっしゃいます。逆さから読んだら本の印象が変わり、分からなかったことが分かるのかもしれません。今度、私も試してみましょう。
「こんにちは、ピアニー様。私はここで偶然、読書をしていたところです」とカモミール様は顔を本から顔を上げます。そして、周りをキョロキョロとされています。偶然の読書が終わり、今後は婚約者であるカリンをお探しになっているのでしょうか。
「カリンをお探しなら、もうすぐ調理場から出てくると思いますわ。ポットにコゼーをかけるのに手間取っている様子でしたよ。では、カモミール様、私は殿下に用事があるので、失礼させていただきます」
「あぁ、殿下ならこの辺りにいると思いますよ」と、カモミール様が殿下の居場所を教えてくださいました。図書館か、剣技場にいらっしゃるのかとばっかり思っておりました。この近くにいらっしゃるのなら、紅茶が冷めぬうちに殿下に飲んでいただくことができるかもしれません。
紅茶は誰に飲んで感想をいただくかは特に指定はございませんが、やはり私といたしましても、私自身が淹れた紅茶でございますので、やはり、将来の夫となる方に飲んでいただきとうございます。
殿下は、廊下の角を曲がったところで、草笛を拭いておいででした。壁に背を預けて、まるで誰かを待っていたかのようでございます。どなたかとの待ち合わせでしょうか。
「殿下!」
「ピアニー! 奇遇だね、どうしたんだい?」
「殿下こそどうなされたんですか? この建物には調理場しかなく、殿方たちにとっては退屈な場所のように思うのですが……。そういえば、カモミール様も、グラジオラス様も、シャガ様もいらっしゃいましたよ」
貴族の子女が調理をすることなどあまりありませんから、たまにですね。
「どうしてだろうね。僕は、少し考え事をするために散歩をしていたのだよ。そして、ちょっとここで休んでいたところだ」
「まぁ、そうでございましたの。考え事の続きをされるのですか?」と私は言います。とても残念です。殿下に紅茶を飲んで戴きたかったのですが……。
「そうしようと思っているのだけど、なんだか喉が渇いてね。紅茶でも飲みたい気分なんだ。おや? ときにピアニー、君が先ほどから持っているのはなんだい?」
「私が淹れた紅茶でございます。殿下、よろしかったら……その……紅茶を飲んでいただけますか? 初めて淹れた紅茶ですので、あまり自信がありませんが……」
如何に私の婚約者である殿下にとは言え、自分の淹れた紅茶を飲んでくださいというのはやはり恥ずかしいものです。まるで、愛の告白をしているような気分になります。
「紅茶か! いやぁ、ありがたい。喉が渇いた。まるで砂漠を歩いているような、厳しい太陽が私を照りつけていてね」
「殿下……今日は、曇りでございますけど……」
今日は朝からずっと太陽は雲に隠れていて、涼しいのです。なんだか、今日の殿方はみな、少し変です。そういえば、カモミール様も本を逆さに読んでいらっしゃいましたし。
「そうだったね……。ぼ、僕がその紅茶を飲んでよいのかい?」
「えぇ。私は、殿下のために淹れたので……。殿下に飲んでいただきとうございます」
恥ずかしいですわ、殿下。二度も言わさないでくださいまし。
「それは光栄だ。でも、本当に僕のために?」
「殿下……。意地悪をしないでくださいませ。殿下ほどの方が、紅茶を女が淹れる意味を知らないはずございませんでしょう? 本当に私は、心を込めて淹れましたのよ。殿下のために……」
私も喉が渇いてしまいました。




