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6.紅茶を淹れる実習

 王国の貴族は、紅茶が大好きです。一日に何度も紅茶を飲みます。一度も紅茶を飲まない日がある貴族はいないのではないかと思うくらい紅茶が好きです。紅茶の葉はいささか、市井の方々にとっては日常品としては高価だと伺ったことがあるので、市井の方々が毎日どれほど飲むかは存じ上げませんが、王国の人々は皆、紅茶が大好きです。


 そんな貴族ですが、実は、紅茶を自ら淹れる機会はあまりありません。なぜなら、侍女がいれてくださるからです。王立学園にも、学園侍女という制度が完備していおり、至るところに学園侍女が待機しています。午後のティー・タイムの際などサロンには多くの侍女が待機しており、自ら紅茶を淹れる機会は少ないのです。

 

 自宅にもやはり侍女がおりますので、紅茶を自ら淹れることなどありません。私の侍女であるドラセナも紅茶を淹れるのがとても上手で、実を言うと、自分で淹れるよりドラセナに淹れてもらった方が美味しいのではないかとも思っています。


 そんな私たち貴族ですが、紅茶を淹れる機会というより、紅茶を淹れなければならない機会があります。それは、お茶会のホストとなった場合です。最初の一杯目の紅茶は、招いた主催者が自らの手で淹れるのがしきたりとなっております。


 お茶会を主催できるのは、女性貴族と決まっておりますので、貴族子女も紅茶を飲むだけではなく、淹れ方にも精通している必要があります。


 まぁ、この招いたホスト自身が紅茶を淹れるというしきたりは、王国に内乱が続いた時代、あまり大規模なお茶会を開催して、密談や貴族勢力を結集させないために作られたしきたり、というのが歴史的な経緯なのですが、王国が安定している今も、わざわざそのしきたりを代える必要性がないので、そのまま踏襲されているというわけです。


 私も、母と一緒に王妃様の主催するお茶会にご一緒させていただいたことがあります。殿下と私の婚約が公になる前のことでした。さすがは王妃様と思わざるを得ないような、優雅で美味しい紅茶でした。そして、王妃様とお母様はとても仲が良いということもこの時始めてしりました。(ことわざ)通り、『紅茶の葉を贈り合う仲』です。


 通常、貴族が紅茶の葉を他の貴族に贈るなんて考えられません。なぜなら、紅茶は毎日飲むものです。貴族として、それなりに紅茶の葉にはこだわりがあります。そのような中で、紅茶の葉を相手に贈るというのは、「まともな紅茶を飲んでいない」と相手を侮辱する行為です。王国が他国に宣戦布告する際にも、書状と共に二つの壺を相手に送るのが正式な習わしです。二つの壺の一つは紅茶の葉が詰められ、もう一つには塩が詰められています。紅茶の葉も、塩も、ともに必需品です。つまり、言葉を悪くして端的明解に言えば、「お前の国は、必需品もこと欠くくらいの国だろうから、戦いの前に情けをかけてやる」ということです。

 それほどまでに、紅茶の葉を贈るというのは、タブーとされています。ですが、そのタブーを越えて付き合えるほどの仲、というのは特別な意味があります。

 殿下も私も同じ年です。つまり、王妃様もお母様も同時期に子どもを授かりました。そして、子育ての同じ悩みを相談する仲になったそうです。

 これは殿下も知らない内緒の話なのですが、実は私は王妃様の母乳を飲んだことがあり、殿下も私のお母様の母乳を飲んで事があること! 実は、殿下と私は、少し違うけれど、乳母兄弟とでもいう間柄なのです。私たちが乳飲み子であった頃から、もしかしたら殿下と私は結ばれる運命にあったのかも知れません。


 話が反れてしまいましたわ。紅茶のお話です。


 私のお母様もシュピリアール侯爵当主の妻としてお茶会を主催してはいるのですが、私はまだ学園を卒業していないので、そのお茶会に一員として参加することはできません。お母様が淹れた紅茶を飲んだことがありません。

 お母様が公のお茶会以外で紅茶を淹れるのは、夫にだけです。お父様が執務室で遅くまでお仕事をされているときなど、お母様は紅茶を淹れてお父様を労っているようです。

 

 そうなのです。貴族の子女が紅茶を淹れるという機会は、お茶会の主催者になるか、夫に淹れるか、しかほぼ無いのです。家で紅茶を淹れる練習をするのも、侍女の仕事を奪っているようでいささか下品な行為です。

 ですから、王立学園では、紅茶を淹れる実習が存在します。王宮の筆頭侍女を招いての実習です。

 それぞれ紅茶のセットを用意して、紅茶を淹れる。そして、もちろん自分だけで飲むのではなく、誰かに飲んでいただく必要がございます。飲んで戴き、感想を戴くのです。

 

 そして、当然、貴族の子女として紅茶を淹れるのは、お茶会の公の席か、夫にだけです。紅茶を飲んで戴く殿方は、誰でも良いと言うわけには参りません。

 王立学園内に婚約者がいる方は、婚約者の方に飲んで戴く。私であれば殿下に飲んで戴くのが筋です。

 ですが……学園の子女の中には婚約者が年の差がある関係で、学園内にいない方や、まだ婚約が決まっていない方がおります。

 特に、婚約が決まっていない子女の方々にとっては、この紅茶を淹れる実習というのは特別な意味があります。

 貴族の婚約の相手が決まっていない子女には、紅茶を淹れて殿方に飲んで戴くというのは、特別な意味があります。夫にしか淹れない紅茶を淹れ、そして飲んで戴くのです。淹れた紅茶を飲んで下さいと殿方に申し出るのは、それはそれは深い意味があるのです。この学園の6割の子女の方々にとって、この紅茶の実習というのは、とても意味があるのです。

 ですから、この紅茶の実習がある時期というのは、とてもとても、学園が浮ついた時期になります。実りの秋の到来でございます。


 ただ……。調理室は戦場に近い状況です。だって、私ども貴族の子女は、料理などしたことがございませんもの。お湯を沸かす。また、紅茶受けのクッキーも作る。


「小麦が! まるで煙のように舞っています! ごほごほっ」


「お、お湯が噴きこぼれていますわ! どうしたら良いのでしょう?」


 皆様、大慌てです。

 かく言う私も、料理をしたことがございません。調理場というのに足を踏み入れたのも今日が初めてでございます。生卵を割ったのも今日が初めてです。生の卵を始めて見ました。真ん中が黄色で、周りが透明です。茹で卵の黄身の周りは白いので、白いのかと思っていたら透明でございました。いささか奇怪な感じが致します。


 そしてそれよりも奇怪なことがございます。どうして私は、料理をしたこともないのに、体が自然と動くのでしょう。生卵をなんら苦も無く割ることができました。まるで、いままでに何百、何千もの卵を割ったことがあるような、体が自然と憶えているような……。


 これは一体、どういうことなのでしょうか?


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