5.王立学園での日々
正門を過ぎると、何処までも続いているのではないかという銀杏の並木道があります。その道を直ぐに右に折れると、私たちの学舎があります。王立学園での生活が始まりました。
同じ年齢の貴族の子弟が王国中から集まり、この学園で学びます。教室に全ては入らないので、教室は2つに別れ、それぞれ別の授業を受けます。全部で80人余り。それが、私の学友ということなのでございましょう。
始めてお会いする方もおりますが、ほとんどの方が顔見知りの方々です。貴族の大半は王都で生活しており、舞踏会やお茶会などがあれば良く顔を合わせるからです。それに、年齢が同じということで、王立学園でのことも視野に入れて、親同士も積極的に交流をさせてくださいます。
学園に入学して1ヶ月、とても私の生活は充実しています。肩を並べて共に学ぶということの新鮮さというものでしょうか。貴族の教育は、家庭教師によって行われます。お父様が王国でもっとも名高い教師の方々を雇ってくださいましたから、学びという点に関しては一通りのことは全て修めていました。しかし、どういうわけか、同じことを学んでも何やら新鮮な気分となります。歴史という、退屈で変わらない内容を学んでも、新鮮な驚きがある。まるで、私自身の中に、そのことを全く知らなかった自分がいて、その自分が新たに学んでいるようです。
そして、もっとも嬉しいことは、殿下と毎日お会いできることでしょう。教室は別となってしまいましたが、お昼をご一緒したりしています。
それにしても……殿下は先ほどからお話に夢中です。
「ピアニー様、殿下やカモミール卿がお話になられていること、お分かりになりますか?」と、カリン伯爵嬢が私の耳元で不安そうに囁きます。
「私も、何となくしか分かりませんわ」と私は笑顔で返します。
今日は天気が良いので、ポプラの木の下の芝生に座り、昼食をとっているのですが、殿方達は私達を放って、政です。
話題の中心となっているのは、カモミール伯爵。辺境の領地でございますが、治水事業の功績で有名な貴族です。先々代から辺境の土地の治水事業に注力し、山岳地帯から続く水道橋、そして貯水池を作り、領地を王国でも有数の穀倉地帯に造り替えた一族。近年では、現当主様が、王都の水不足を解消するために王都に、雨量の豊富な山地から水道橋、王都に貯水池を十年がかりで建築した功績があります。豊富で、清潔な水の供給により、雨の少ない季節でも潤沢に水が使えます。
王都の展望台からは、水道橋が地平線まで続いていて、壮観な景色となっています。どこまでも続いている水道橋を伝って水がやって来るのですが、平らな所を水が流れるのが不思議でなりませんが、実は、目には分からぬ角度で傾斜が作られているようなのです。Ⅰマイルで50センチ程の高低差しかないのですから、見た目で分かりようもありません。
それに、貯水池を作るにしても、王都に作られた貯水池は、まるで庭園のような作りになっており、貯水池には橋がかけられ、植樹され、貯水池では小舟で遊ぶことが出来き、王都の市民の憩いの場としても定着しつつあります。
先々代、そして当代の当主の功績により、子爵から辺境伯へと格上げされるという噂が王都でも話題となっています。私の耳に入るくらいですので、その噂は確実なのでしょう。
「ピアニー様でもお分かりにならないのでしたら、私にも分かるはずがありません。少し安心致しましたわ」とカリン伯爵嬢に笑顔が戻りました。先ほどまで、眉間に皺を寄せて一生懸命カモミール卿の話を聞いておりましたの。その姿がとても微笑ましいのです。実は、カリン伯爵嬢とカモミール卿の婚約が決まったのです。伯爵家であるカリンと子爵であるカモミール様では爵位の釣り合いが取れていませんが、すでに辺境伯に叙任されることが織り込まれているようです。次代の有望な辺境伯の青田買いでしょうか。ですが、カリンもとても気遣いのできる素晴らしい令嬢。一方のカモミール卿も、殿下に治水事業について堂々と語る御姿からは、ただならぬ情熱を感じます。祝福されるべきお二人です。
「キリア川とスリナ川の合流している地域に堤防を作り、穀倉地帯にするか……。たしかにあそこの土壌は農作物に適している。水も豊富だ。だが、問題は雨期の洪水であろう。過去の歴史を紐解いても、あの土地に堤防を築き、そして失敗してきた。あの土地からも作物が収穫できるのであれば、王国は豊かになろう。だが、それが分かりながら、堤防建築に成功した者はいない。それは貴殿もすでにお分かりであろう」
「もちろんです殿下。ですが、今回、新しい考え出した堤防建築の工法がございます。この工法を使えば、より強固な堤防の建築が可能であり、そしてさらに、工期を従来よりも3割ほど短縮することができます」
「3割だと? それはまことか? 10年かかっていたのが、7年となると卿は申すか。それは、王国の財政としてもありがたいぞ。大規模な工事は莫大な費用と人出がかかるからな」
「その工程短縮の秘密は、この四脚ブロックです。これは手の平サイズの模型ですが、実際は幅1メートルほどの巨大なものです。これをモルタルの型で、大量に作っておきます。そして、これを堤防を作る場所に投下していくのです」
「これをか? モルタルで出来ているのか。重量があるな。なるほど……。従来、堤防を造る際には、木組みで水の流れを堰き止め、その間に土を盛って堤防を築くという手法であると聞いている。だが、土は水に流される。だが、モルタル製のこれであれば、重量もあり、水に流される心配もない。また、予め別の場所でその四脚ブロックを作っておくので、堤防工事の際にはそれを運び込むだけで良い。基礎工事の短期化が確かに可能であろう」
「さようでございます。さらにいえば、この四脚ブロックを埋めたまま堤防を築きますので、これが骨の役割をして、より強固な堤防ができるということでございます」
「すばらしいぞ、カモミール卿。しかし……。これだけでは、工期を短縮できるとしても2割ほどではないか? まだ、卿の胸中に何かあるんではないか?」
「さすがは殿下です。もう一つ、秘策がございます」
「ほう。それも聞かせてくれるのであろうな?」
「もちろんでございます」
・
殿下とカモミール卿の話はどんどん弾んでいきます。まるで、国王とその側近のような、十年後の未来の光景を先取りして見ているかのようです。きっと、十年後にはこうやって殿下は、政務を執り行っているのでしょう。そしてそのときは……私は殿下の妻となっている。そう考えてしまうと仕様もなく顔が熱くなります。
「ピアニー様。どうして、ウィリアム殿下は工期がそれだけでは3割しか縮まらないと分かったのですか? それに、私にはお二人の会話が半分しか分かりません……」
あらあら。カリンはまた自信を失ってしまったようです。彼女の亜麻色の髪と同じ瞳に少しだけ涙を浮かべています。
王立学園に貴族の子弟が通うのには、もう一つ大きな理由がございます。それは婚約者との愛を育むことです。貴族の子弟同士が二人っきりで会う機会というのは思いの外少ないのです。もちろん、二人っきりで会うときは貴族としての節度を持ってですが。
「殿下……」と私はお話に夢中になっている殿下に声をかけます。殿下にも、カモミール卿にも少しだけ女心を分かっていただきたいです。もちろん、私と殿下の未来と、カモミール卿とカリンの未来の為にです。
「ピアニーどうしたんだい?」と優しげな殿下の青い瞳の優しげな視線が私を包みます。
「どうしたではありませんわ。カモミール卿もです。せっかく四人で食事をしているのに、殿方だけで盛り上がって。水を御すご計画も結構でございますけど、将来の妻を放ってお話に夢中では困りものですわ。水は高い所から低い所へといささか単純に動くようですが、女心というものは、もっと複雑に動き流れるものでございますのよ」
「これは失礼。カモミール卿、どうやら僕等は、婚約者から不興を買ってしまったようだ。私も卿もまだ未熟であるということであろう」
「さようでございますね、殿下。ピアニー様、それにカリン嬢、申し訳ありません」
「ねぇ、カリン。今王都で話題の、カモミール卿の父上が造られた貯水池のお話が聞きたいと思わない? 噂では、市井の者達が愛を語り合う場になっているとか」
「是非、お伺いしたいですわ」とカリンも目を輝かせています。
「もちろん、喜んで。王都の貯水池は、ピレカラン山の雨量を利用し、水道橋にてその水を運ぶことにより、毎日100万ガロンの水を供給して——」
「カモミール卿。難しいことを難しく語るのはとても簡単なことでございましてよ。難しく複雑なことを簡単に説明することこそ、本当に難しいことあると思いますの。私が殿下と貯水池を散策したくなるようにお話戴ければ嬉しいのですが」と私はカモミール卿の説明に割って入ります。
「それは良い考えだ。では、私がピアニーを貯水池に誘ってつれなく断られた場合は、貴殿の説明が悪かったということとしよう」
「これはまた重大な任務を負ってしまいましたな」とカモミール卿が笑い出しました。
「まぁ、殿下もお人が悪いですわ。殿下がお誘いいただけたら、喜んで何処にでも行きますわ。あなたもそうでしょう? カリン」
「えぇ。私も是非、カモミール様と王都の貯水池を散策したいですわ」
「ははは。カモミール卿。どうやら私たちは、先ほど婚約者から不興を買ったその代価として、貯水池をエスコートしなければならぬようだな」
「そのようですね。ですが、それは私たちにとって最大の栄誉です。カリン、今度一緒に行ってくれるかい」
「喜んで、お受けいたしますわ」とカリンが嬉しそうに答えます。
「殿下は私を誘ってくださらないのですか?」と私は少しだけ寂しげな目をします。
「もちろん、誘わせていただくよ」
あぁ、私の愛しい殿下。
王立学園での日々、何と幸せなのでしょう。主神ディオニュソス様。この幸せな日々を心より感謝致します。




