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27 欠けていくもの

 殿下とはあの日以降、油の切れた蝶番(ちょうつがい)が、扉の開閉のたびにキッと不快な音を立てるように、殿下とお会いするたびに私の心は軋んでいます。殿下も同じお心なのでしょう。


「季節があるということにまったく疑問を持っていなかったのですが、そう考えると、確かに納得が出来るというか、理に適っていますね。この星が実は傾きながら独楽のように回っていて、なおかつ太陽の周りを回っている。それにしても、それを発見したというか、思い付いた人は凄いですね。実際に見たことがないのに」


 今日は、殿下が天文学についてカトレアに教えております。カトレアは、地球が丸いということには納得が行っていたようなのですが、太陽の周りを地球が回っているということについて、どうも心の底から納得がいっていなかったようです。この、私たちが住んでいる惑星が、宇宙の真ん中にあり、そしてその周りを太陽や月、そして星が回っていたという古い説の方がまだ説得力があると考えていたようです。

 

「確かに、実際に誰も外からこの惑星を見たことがないという点では、まだ事実であるのか証明されたとは言い難いかも知れない。だけど、そう考えると、宵の明星や明けの明星そして季節の変化が全て説明できてしまう。事実である可能性が非常に高い仮説だね」と殿下が説明をされたので、


「月の満ち欠けも、その説では納得がいきますわ」と私も補足を加えます。月が満ちれば欠けていく。それも厳然たる法則なのです。


「でも、そうなると、ディオニュソス様は何処にお住まいなのでしょう?」とカトレアは首を傾げています。


「月の裏側、という説があるね。僕たちが見ている月は、いつも同じ面で、月の反対側はいつも隠れているからね」


「確かに言われてみると、いつも同じですね……。月の裏側に行ってみたいです」


「それは難しいだろうね」と殿下が笑います。

 

 『地球は青かった。だが、宇宙のどこを見渡しても神はいなかった』という言葉が真実であったら、どれほど良かったでしょう。


「さて、疑問が解決したところで、今日はこれまでにしよう。明日は、どの科目にしようか?」


「あの、その前に……殿下……それにピアニー様。私が言うのは畏れ多いのですが……」とカトレアは何かを言いたそうにしています。


「どうしたの? 遠慮することはないわ」と私は紅茶のカップを置いて、カトレアの顔を覗き込みます。とても思い詰めたような顔をしています。


「あぁ。遠慮することはないよ。言いかけて止められると、気になって僕は今晩眠れないかも知れない」と殿下もご冗談を言って、和ませようとしています。


「すみません。私の思い違いであれば良いのですが、お二人は、何か仲違いをされているのですか?」


 本能というのは時に御しがたいものです。私は、ゴクリと喉の奥の唾を飲み込んでしまいました。


「そんなことはないわよ。そうですよね、殿下?」


 殿下。どうしていつものように、『そうだよ』と即答してくださらないのでしょう。


「仲違いなどしていないよ。今回ばかりは、君の思い過ごしだね。でも、心配してくれたこと、感謝する」


「やっぱり……仲違いしていらっしゃいます……よね?」とカトレアは申し訳なさそうに言います。


 言葉でどんなに繕っても、繕えない時というのはあるものです。それが今であるということなのでしょう。殿下も私もそれを否定しても、まったく説得力がなかったのでしょう。


 沈黙は肯定となってしまいます。何かを言わなければいけないと分かっているのですが、言葉が浮かんで来ません。


「たとえ、仲違いしているとしても、大丈夫さ。僕は、ピアニーのことを愛しているからね。たとえピアニーから嫌われても、僕はピアニーを諦めるつもりはないしね」


「で、殿下」


 殿下は何を言い出すのでしょう。カトレアの前で。それに、そんなに真っ直ぐ見つめられてそんなことを言われると、心の奥底にしまい込んだ感情が熱くなってしまいます。

 カトレアも、殿下の言葉を聞いて、顔が真っ赤になっています。殿下が突然情熱的なことをいうとは思っていなかったのでしょう。


 ・


 殿下の言葉で、紅茶の席が浮ついたものとなってしまったので、早々に解散となりました。そして、馬車はシュピルアール家の屋敷の前に到着しました。


 いつもなら馬車が止まると素早く私に手を差し出し、エスコートしている殿下が、馬車のソファーに腰掛けたまま、黙って私を見つめています。私は殿下の瞳から逃げたくなります。ですが、殿下がエスコートしてくださらないのに、勝手に立ち上がって馬車から降りるなどということはできません。


「殿下……馬車は、停まったようですわ」


 殿下と私の乗った馬車は、辿り着くべき場所に辿り着いたのですから、前に進むことはもうありません。そんな当たり前のことが悲しく、私は殿下の目を見ることができません。


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