18 悪役令嬢としての生活の始まり
「なんて下品に紅茶を飲むのかしら! まるで、豚が泥氺を啜っているようね!」
「ピアニー様。もっと、声を張り上げてくださいまし。そして、もっと、目をきつく吊り上げるようにしてください。顎を少し上げて、相手を見下すようにするのです」
私は、ドラセナから悪役令嬢の特訓を受ける日々が続いています。
「そうね、そうだったわね」
「それにしても、実は、ピアニー様の家庭教師の方達が、要領が良くて手のかからない生徒で、悪く言ってしまえば張り合いがないとおっしゃっていましたが、どうも、ピアニー様は、悪役令嬢となるという科目においては、落第生でございますね」とドラセナが冗談交じりに言います。
もしかしたら、私が熱心に悪役令嬢を演じる練習をしていることに思うところがあるのかも知れません。
「そんな意地悪を言わないで、ドラセナ。私だって苦手な事があるのです」
「苦手であった方が良いこともございますよ」
「そう言わないで。もう一度、お願いして良いかしら?」
「えぇ。私は構いませんが……」
そんな、ドラセナとの猛特訓が続きました。そして、やっと、ドラセナから太鼓判を押してもらえました。
「ピアニー様! 素晴らしいです。どこからどう見ても、悪意と敵意に満ちていて、そして、傲慢と偏見に満ち溢れた、虚栄心の塊のような悪役令嬢ですわ!」
「ドラセナ……それは言い過ぎじゃないかしら……」と私は、ドラセナの言い方に少し傷ついてしまいます。
「いいえ、そんなことはありません。ご立派な悪役令嬢になられて、私は感動しております。物語の架空の存在であるとばかり思っていた、完璧な悪役令嬢が私の目の前にいるのです!」
王都で流行っている、そのような意地悪な令嬢が登場する物語の場合、かならず、その意地悪の令嬢は、外国人でございます。もしくは、舞台が架空の世界です。
だって、そうでございましょう。たとえば、物語で、『婚約者である王子の心移りを心配して、他の令嬢を虐める』という物語を書いて、その舞台がこの王国であったのならば、『王子の婚約者』というのは、わたくし、ピアニー・シュピルアールのことでございますし、物語とは言え、シュピルアール家の名誉を傷つけます。そのような物語を書いた方は、命を失う結果となりかねません。
『意地悪な侯爵令嬢』なんて設定を書いたら、シュピルアール家はおろか、ネモフィラを侮辱することとなり、スタリール家からも不興を買う結果となるでしょう。
そういうわけですので、ドラセナは、遠い異国の地か、架空の物語の中でしか存在しない、悪役令嬢が目の前にいるのが嬉しいのでございましょう。
「さぁ、ピアニー様! 屋敷を回って、メイドや執事達を叱責しに参りましょう」とドラセナはなんだか楽しそうです。
「で、でも、一生懸命働いている方達を叱責するのは、とても悪いことだわ」
「ご安心ください。本日に限り、故意に仕事に穴やミスをするように指示をしております。ピアニー様は、屋敷を周り、その穴やミスを探し出して、召使いを叱責するのです」
「まぁ……用意が良いわね」
「ピアニー様は、将来、王が不在の時は王宮を統べる役割をしなければならない御方。時には叱責をすることも必要でしょう。さぁ、他のメイドも楽しみにしています」
趣旨がいささか変わっている気がしますが、貴重な実践の機会です。練習あるのみです。
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そして、やっと本番の時がやって参りました。カトレアを罵ります。
「ピアニー。あちらの席に行こう」と殿下がお尋ねになります。
随分と肌寒くなってきたので、普段は食堂で食べますが、私はカトレアの姿を探します。カトレアは……。見つけました。食堂の入口近くで席が空くのをご友人たちと待っているようです。半年間入学が遅れたカトレアですが、友人が出来たようで私も一安心です。
カトレアが苦労しているのは、家庭教師による教育を受ける機会がなかった分、学園での成績が芳しく無いというところでしょうか。
食堂は、特に規則はないのですが、入口から遠い奥の場所は爵位の高い者の席、というような暗黙の掟があります。ですので、食堂の入口近くは、子爵家などが多い関係上、混雑し、中には席が空くのを待っている方達もいます。ですが、奥は、いつも大体ガラガラで、まるで予約席のようになっています。
「あら、カトレア様。いまからお食事ですか?」と、私は偶然を装って声をかけます。
「殿下に、ピアニー様、ご機嫌麗しゅう」
「良かったら、一緒にあちらで食事をご一緒しませんか? 良かったらご友人の方たちも一緒に。よろしいですわよね、殿下」と私はカトレアを誘います。
「喜んで。命の糧となる食事は、多くの人と食べてこそだよ」と殿下は快諾してくださいました。
ちょっと意地悪な言い方をすると、これでカトレアは私たちと一緒に食事をすることを断りづらくなりました。もっとも、カトレアのご友人の方々は、殿下や侯爵家令嬢の私と接点が持てることを喜んでいるようです。
「では、ご一緒させていただきます」と、カトレアも嬉しそうです。
そして、簡単な自己紹介から、たわいも無い学園での世間話が続きます。殿下は、流石にこう言った席は慣れているのでしょう。会話を上手にリードし、テーブルに着いた全員が会話に参加出来るように、場を上手に和ませています。
そんな、アイス・ブレークが終わって温まってきたテーブルに、私は大きな氷山を生み出さなければなりません。私の真意は海中に隠して。そして悪意や敵意だけが見えるように。
「殿下、お話中に失礼致します」
「どうしたんだい? ピアニー」
「カトレア様。さきほどから、あなたのナイフの使い方。とても野蛮で気になっております。まるで豚が餌を漁るようで見苦しいですわ!」
ついに、私の悪役令嬢としての生活が始まりした。




