17 王都で流行りの悪役
王立学園にも休日というものはございます。今日はゆっくり屋敷で読書をして過ごそうと考えています。
「ねぇ、ドラセナ」と私は侍女のドラセナに尋ねます。
「ピアニーお嬢様、なんですか?」
「この前の物語を紹介してくださってありがとう。ねぇ、他に、似たような話は無いかしら? 悪い人が出て来て、主人公を虐めるような」
シュピアール家の家訓は、やると決めたら直ぐに行動に移す、です。私の決意は固まりました。あとは、方法論です。どのように、仕打ちするか。
「お楽しみいただけたら何よりです。そういった物語なら巷に溢れております。私もいつくも蔵書がございます。朝の身支度が終わったら、私が部屋から持ってまいりましょう」
ドラセナは、シュピリアール家の敷地内にある侍女専用の屋敷に住んでいます。物語を持って来てくれるのも早いでしょう。
「お願いね。今日は読書をして過ごそうと思っているの。出来るだけ沢山の物語を読みたいわ」
そうドラセナにお願いをしたのは、朝の身支度の時でした。ドラセナは、朝食の前に、どっさりと本を持って来てくれました。私は、その本の多さに驚いてしまいました。本というのは、活版印刷がまだ発明されていない世界でございますので、高級品の部類に入ります。
もちろん、シュピルアール家で働いているドラセナに対して、本が買えないような安い給料を払ってなどおりません。ドラセナは、宮廷でも十二分に通用するような高い技能と教養を備えています。
ですが、給料のほとんどを本に使っているのではないかしら? と思ってしまうような量の本です。
私は、山積みされた本を適当に選び、ページをパラパラとめくります。そして、虐げるということを学びます。
胸元に入れてある扇子で相手を叩くということが一般的な、低い身分の者を虐げる方法であるようです。貴族と平民という身分差があるのであれば、殿方は腰に付けている兼で平民を切っても良いと言うルールになっている世界ですが、貴族と貴族の間では、爵位の差があっても、相手を傷つけることはタブー視されています。
黒部春子としての記憶で考えれば、日本の江戸時代のような切り捨て御免というような制度があるということに驚きを禁じ得ません。
「扇子ですか……」と私は天井を見上げながら呟きます
扇子と言っても、もう涼しくなってきましたので、扇子を胸元に入れておく季節ではありません。
却下ですね。
他にも、階段から突き落とす、ということがあるようです。ですが、とても危険なので、これも却下です。それにしても、どうして、階段から人を突き落とすようなご令嬢は、その際に自分の名前の刺繍が入ったハンカチを落とすのでしょうか。
考えても詮無きことかもしれません。
紅茶をかける、というのが現実的でしょうか。ですが、熱い紅茶では火傷をしてしまいますので、温くなった紅茶が良いでしょう。
また、白いシルクのドレスなどに紅茶をかけるとシミになってしまうことがございます。紅茶をかける場合、いつもより薄味の紅茶にした方がよいかも知れません。アウンタール子爵は金銭的に苦しいと聞きます。きっとカトレアはドレスを沢山は持ってはいません。シミなどが付いてしまったら大変です。
却下です。
あとは、部屋の隅の、誰も気にも留めないような埃などを見つけて、掃除がなっていないと相手を叱る、というようなやり方でしょうか。相手の粗を探して、明らかに重箱の隅を突く。そして、意地悪く、大げさに詰る。
カトレアは、家庭教師による教育が行われていなかったですし、王都から遠い領主の娘で、作法などについてはいささか、難があり、繊細さに欠ける所作をするときがあります。『所詮は辺境の田舎貴族の娘ね』と馬鹿にすれば良いわけです。
それに、カトレアが将来、殿下と結ばれることになれば、やはり、王妃として洗練された動作や礼儀作法というのは求められるものです。指摘できるところは指摘して、王都流の所作をカトレアに学んでもらうということは、きっと役に立つことでしょう。
それが一番良いように思います。
そうと決まれば早速練習です。私は、部屋の中をうろうろとします。
「ピアニー様? 何かお探し者ですか?」と、部屋の隅で控えているドラセナが言います。
「いえ……ちょっと」と私は答えます。ドラセナの掃除が行き届いていないところを探していると、正直に答えるわけにはまいりません。
それに、さすがはドラセナです。完璧に掃除が行き届いていて、指摘するような汚れなどがありません。今朝、ドラセナが部屋に飾った花も素敵です。すでに私が朝食を食べている間に、ベッドメイキングも終わっていて、シーツにも皺一つありません。
ですが、練習をしなければ、本番でちゃんと出来る自信などありません。やっと、窓枠の所に少しだけ埃があるのを見つけることができました。私は、ホッと安堵のため息を吐きます。そして、大きく息を吸って、呼吸を落ち着けます。
「ドラセナ、ちょっと来て下さい!」と精一杯声を大きく、そして甲高いような声を出します。
いえ、緊張のあまり声が裏返ってしまいました。
「どうされたのですか、ピアニー様」
「ドラセナ、見なさい。この埃を! あなた、ちゃんと掃除をしていらっしゃるの?」
「あらあら、申し訳ございません。直ぐに掃除致しますので、杖で打つのはお辞め下さい……」
「杖?」と、ドラセナの言葉に私は逆にキョトンとしてしまいました。
「杖でメイドを打ったりするものなのですよ。それにしても、ピアニー様。本をご覧になって直ぐに影響されるとは、ピアニー様もまだまだ子どもでいらっしゃいますね」と、ドラセナにクスクスと笑われてしまいました。
ドラセナは全てお見通しだったのでしょうか。
「は、迫力はあったかしら?」と、私は諦めてドラセナに尋ねます。
「無かったですねぇ。そもそも、ピアニー様に悪役の意地悪いご令嬢の役は似合いません。そうですねぇ。物語の最後に登場する女神様の役などがお似合いだと思いますよ。ディオニュソス様が女神として現れたら、きっとピアニー様のような美しい姿ですわよ」
「そんなの畏れ多いわ」と私はドラセナに答えます。ディオニュソスの仮面の下は、意地悪く歪んだ顔で、美しさとはかけ離れたものであると私は想像してしまいます。
「ドラセナ。悪いのだけど、少し、その悪役令嬢に私、興味があるの。意地悪い人ってどんな人か、教えてくれないかしら?」
「意地悪い人でございますか? そうですねぇ……。残念ながら思い当たりませんねぇ。私はメイドとして駆け出しの頃からシュピルアール家に仕えさせていただいており、とても親切で、仕えるのに理想の主人でございます。実は、駆け出しの頃、高価な花瓶を落として割ってしまったことがございまして……。ですが、先代様は笑ってお許しになってくださいました。私の給料でいえば、10年分くらいの高価な花瓶だったのですが。それ以外にも、私には至らぬ所は多々ございますが、叱責されたことなどございません。むしろ、メイドの家庭教師を付けてくださり、私がメイドとして成長する機会を与えてくださって、感謝に堪えません。そんなシュピルアール家で働かせて戴いているので……」
ドラセナから、意地の悪い貴族のことをお伺いしようと思っていたのですが、ドラセナはシュピルアール家を褒めちぎっておりました。
そのシュピルアール家の輝かしい歴史に泥を塗らなければならない。また、気が重くなるピアニー・シュピルアール、そして私でございました。




