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「青酸カリで急性中毒死した死体と、残された遺書。これらは一見自殺に見えましたが、遺書は偽物。そして、あったはずのコーヒーカップが持ち去られています」 スヨンが現場の所見を総括した。
「だから、これは他殺だと?」 近藤刑事が念のため尋ねた。
「はい。明らかな他殺です」
そのスヨンの答えに、近藤が部下に対して矢継ぎ早に指示をくだしていった。部屋から飛び出して行く刑事や警察官や、電話に向かって飛び交う声などで現場は騒然とした雰囲気になった。
そのなかで死体の検死は終わり、マンションから大島一郎の死体が運び出されて警察署に向かうことになった。康浩が大島の書斎で死亡診断書を書き、その間にスヨンが西原妙子たち鑑識課の面々と室内を隅々まで再度チェックした。
「死体は警察での検査が終わり次第、解剖に回したいと思います」 部下に指示を終えた近藤刑事が、康浩に言った。
「はい」
「裁判所から令状をもらいますので、二時間後に大学へ搬入となるでしょう。よろしくお願いします」
「了解しました」
康浩は、スヨンと一緒に大学へ戻ることになった。
「緊急で解剖を依頼しましたので、警察の者に送らせます」と近藤が言ってくれたので、言葉に甘えることにした。
パトカーに送られて帰る車内で、スヨンは身じろぎ一つせず、静かに前を見つめていた。彼女の頭脳がフルに回転していることがヒシヒシとうかがわれた。
約十分後に医学部棟に帰り着いた。冷たく重厚な扉を開けて入った解剖室は、寒々としていた。康浩は灯りをつけてエアコンを稼働させた。その間もスヨンの黒い瞳だけは、異常なまでに輝いている。
二人は手術衣に着替えてから、黙々と解剖の準備をした。メスや鉗子などの金属がカチャカチャなる音が、解剖室に響いた。




