7 松江様と心花魁
松江がまるちゃん、孔ちゃんの二匹と部屋に到着すると、まさに心花魁が、豆助と紅の禿達に帰り支度をさせている所であった。
治助様はもう半泣き。
「花魁、待って、待っておくれよう」
と、心花魁の着物の裾を持っている。
「わっちは、この宴好きじゃないんで帰ります」
……先ほどからこの繰り返しである。
松江はため息をついた。
(花魁!こいつもう私の事も、一瞬忘れてるだろ!)
「あの〜心花魁。」
松江がしょうがなく声をかける。
すると、あれ程帰るとごねていた花魁の顔がぱっと明るくなり、その場に腰を下ろした。
「あら!松江様!いついらしたの?」
「今しがたですよ。心花魁」
いったい何の騒ぎですか?治助様」
(ま、察しはつくけどね……)
そう思いつつも、涙目の治助に問う。
「ああ!松江様聞いておくれ。心花魁がもう帰るというんだよ。
お酒と料理のマリアージュも最高なのに……」
(本人が帰るって言ってるのに、マリアージュとかないって。粋じゃあないよ〜ダメダメ!治助様!)
松江はそう思いつつ、一応治助様の手前心花魁にも声をかける。
「心花魁?どうされました?」
「わっちはこれ好きじゃないんで」
(いやだからそれじゃあ、わかりにくいよ!心花魁!)
松江は心の中でツッコミを入れた。
「ああ、すいません心花魁、仲居の手違いですよ。
だから治助様が一番に準備したお酒が、私に回ってきていたんですねぇ。
これで孔ちゃん、まるちゃんと美味しく月見酒してましたよ」
と白葡萄酒入りのデキャンタを心花魁に見せた。
仲居の輝が何か言いたそうだが、松江は目配せで抑える。
「これは松江様、なんとまぁまぁ……あっちはこれ」
「好きでやんす!」
松江も一緒に言い、二人は笑った。
やっと宴が再開した。
「あのう、松江様……」
嬉々として白葡萄を楽しむ心花魁をうっとり見ながら、治助様がそっと松江に話しかけてきた。
「どうして私のお酒じゃ駄目なんだい?このマリアージ……」
「それですよ!治助様。心花魁が今日一番マリアージュしたいのは、この紫の紫陽花とです!」
「紫陽花?」
「そうです。治助様。花魁は今日、紫の紫陽花と自分をマリアージュしてきたんですよ。」
見ると、今日の心花魁は格段にキラキラしている。
着物は銀や薄紫や藤色、水浅葱色など、まるで虹色の様な有松絞りの浴衣!(本当は格下の遊女でも、浴衣はまぁあり得ない)
髪でシャラシャラと鳴っている歩揺簪は、梅雨の霧雨を思いださせる。
硝子の滴がついた葉に蝸牛をのせた、七宝焼の帯留めもまた清々しい。
帯は子供が縁日でよくつけるような兵児帯。後ろで沢山のひだが作られ羽根の様に重なっている。
「紫陽花さん、何とお名前をつけましょうかね」
と、心花魁が紫陽花を色んな角度から観ようと動く度に、ふわふわ揺れ、まるで蝶の様な佇まいであった。
「そうか!だからお酒も、紫紫陽花の色味を引き立てる、味もスッキリ爽やかなこちらなのですね、松江様!ね、マリアージュ!」
……ダメ出しをされているのに気付かず、治助が素直に頷いたタイミングで、松江が花魁に声をかけた。
「心花魁、治助様がマリアージュされたこのお酒と紫陽花の宴は如何ですか?」
「ここ最近で一番の宴ですよ。治助様、わっちはとても嬉しい……」
ピカピカの笑顔で心花魁はうやうやしく、治助のグラスに白葡萄酒を注いだ。
「何と!この私が一番と!夢のようだよ心花魁。
ああ、今日という日が来るなんて……嬉し過ぎて何だか私は目が回るようだぁ~」
注がれたお酒を一気に空けてそう言うと、治助様は、ぱったりと倒れて笑顔のまま寝てしまった。
「……治助様を一番とは言ってないけど。幸せなお方。」
「治助様お酒弱っ! まぁ、あんたを待ってずっと寝てなかったからなぁ」
二人は幸せそうに寝ている治助様を横目に、互いの顔を見て笑顔になった。
松江様と心花魁、二人は笑顔で手を取り合いながら言った。
「久しぶり!元気にしてたぁ!」
……やっぱり何だか可哀想な治助様。
一通り見ていた禿2人と仲居の輝は思った。




