10 えり姫
宮様の言葉に皆はおののいた。
宮様は現帝の祖父である。
やんごとなき人の子であれば、ほぼ世の中の知るところとなるのでは?皆考えていた。
「皆が考えていることはよく分かる。
しかし古から、重要な事は秘するのが世の中でな」
宮様は、手をつけていなかった白葡萄酒を一気に飲み干した。
「ふう……それ故、そこをよく理解して話を聞いて欲しい」
「代々の帝は世の平安を八百万の神々に祈る、という重要な役割がある。それは知っているだろう。
祈りを捧げる事で、国つ神からの声を聞く。それが日の本の厄や凶事を避けることにも繋がるのじゃ」
「やはり帝は、神々の声を直接聞かれているのですか。
国つ神のお言葉はきっと素晴らしいのでしょうね」
「日々、御身を正して暮らすのは大変なことで有りましょうな。異国などあちこち出歩く私には考えられないことです」
「わっちにはとても出来ない事でありんす」
「うむ。帝もご自身を常に律しておられる。
御心も慈愛に満ちた、素晴らしいお方なのだ。
しかし……慈愛に満ちすぎなのだ」
「うん?宮爺、満ちすぎとは?」
(何を言っているのだろう……)
「それがえり姫の事に繋がるのだ。
えり姫は私の第一皇子、つまり先帝と、京の伏見稲荷の巫女との間に生まれた皇女だ」
宮様の第一皇子は、宮様の兄上様が帝であった時、子がいなかった為、帝になられた方である。
「しかし母の身分が、神に仕える巫女であったこともあり、世に秘して子を生んだのじゃ。
その後もえり姫のことは公にされず、私の屋敷の奥深くでひっそりと育てられた。
これは現帝を含め、私とえり姫を世話をする者しか知らぬことでな。
現帝は姫の兄にあたるのだが……誰にも会えず一人で過ごすえり姫を不憫に思ったのか、内密によく訪ねて
くれていたのだ。
普段人と滅多に会わないえり姫も、たいそう帝を慕われ、二人は仲の良い兄妹になったのだ。
だが、それが良くなかった。
えり姫を大切に思うあまり、姫が健やかでいないと、帝が平静でいられぬ程になってのう……」
はぁぁぁ……宮様は大きなため息をつき、またお酒を一気に飲み干した。
「宮様まさか、昨年江戸で大流行した江戸の流行り病は……わっちも姐さんや皆の感染防止で動き回って大変でしたが」
「私もお客様からのお断りの連絡ばかりで、店がしばらくの間、立ち行きませんでしたよ」
「私も異国へのプラントハントが、軒並み中止になりました」
「そう、あれはだな……えり姫が久しぶりに外に出たときに足の小指を骨折してな。
その骨折が大層痛いと、ひどく泣いてしまって……
まぁ、可哀想な事であったが。
帝も大層御心を痛められて、そのせいかついに寝込まれてしもうたのだ。
その間神に祈りを捧げる事が出来ず、神の声を聞きそびれたのだ。
なので帝は、あの病が流行る時、御神託を受ける事も出来なかった。後は皆の知る通りだ。
えり姫も痛みが長く続いてな。治るまで可哀想でたまらんかったよ」
宮様は孫の辛い出来事を思い出したのか、涙目であった。
(ん?ちょっと待って?最近日の本を苦しめた、あの流行り病は滅多に外に出ない、足が弱った姫が足の小指をちょっと骨折したのが原因なの?
もっというと、えり姫を心配し過ぎたシスコンの帝が悲しみすぎて、御神託が聞けなかったせい?
うっわあ……これは酷い……)
心はさすがにびっくり、いや呆れて何も言えなくなった。
その時、
「宮様……」
お友が口を開いた。
「私はかような物言いしか出来ません。しかし国の大事に関わる原因が、これではあんまりではないですか?
宮様も帝も、えり姫様を可愛がりすぎてこの様なことになったのではありません?
このままではえり姫様の為にもなりません。
人にも殆ど会わず、外に出られることはまれで、日の光にも滅多に当たらない。
この様な不健康な生活を続けられては、足腰も弱り、
また転んで、えり姫様は寝たきりになってしまわれますよ。
そうなっては、帝の悲しみは計り知れない事でしょう。日の本にどんな厄災が起こるかわかりません。
薬草を扱う身としては、姫様を直ぐに生活改善して差し上げたい位です」
お友は真剣だった。
(……流石友子!言う時ははっきり言うね。そんな所は変わらない。うん、やっぱり好きだなぁ)
心は変わらない友子を嬉しく思った。
「私達もそう思います。これは大変な事です。急ぎ何とかしなくては」
松江、心も賛同し三人は目を合わせてうなずいた。
「ありがとう。きっと三人は身分など考えず、一番大切なことをこの爺に言うであろうと思っていた。
私も今度のことで、やっと目が覚めたのだ。えり姫を可愛がるだけで本当の意味で大切にしていなかったとな」
「いやぁ孫は皆、可愛いといいますから」
「宮爺はじじ馬鹿でやんすな〜」
「ほんとだぁ~。松竹亭ではみられなかった宮様のお姿ですね。あはは」
三人は声を出して笑い始めた。やんごとなき方に対し、言いたい放題である。
「うっ……あまり言ってくれるなよ。
そこでだ。三人に改めて頼みたいのだ。
皆でえり姫に会ってくれないか。そして姫の友達になってほしいのだ。
そうすれば姫もきっと心から健やかになるだろう。
帝も安心して、神々への祈りを捧げて下さるだろう。
皆、どうかこの爺の頼みを聞いてくれないだろうか。頼む」
なんと宮様は三人に頭を下げた。これは異例中の異例なことであった。
三人は、宮様が必死である事がよく理解できた。
「心してお受け致します」
心は宮様に返事をし、三人は深々と頭を下げた。
こうして三人は、ある意味日の本を救う事になる、超重要な任務に就くことになったのだ。




