12 深窓のえり姫
案内されて入ったその一室の御簾の奥に、一人の女人がいるのが見えた。
「あなた達は誰ですか?」
その声を防ぐように、
「お前達!どうやって入ってきた!」
明らかに敵意のある声がした……
暫く経ってから、松竹亭に平松の宮様から連絡が入った。
そして、紫陽花の席より7日後に、平松の宮邸に三人で伺う事になった。
狆のまるちゃん、三毛猫の孔ちゃん、相思鳥の美桜と雅も一緒である。動物たちも一緒にと宮様たっての希望だった。
「うわぁ、これは凄い屋敷でありんすねぇ…」
「屋敷の終わりが見えないよ……松竹亭とは大違い」
「何だかお庭の緑がキラキラしてる 自然が喜んでいるみたいね」
宮様のご自宅は家というより、正に御殿。
中には枯山水の庭や、その奥には本物の池があり、色とりどりの錦鯉が泳いでいる。
選び抜かれた季節の木や花々も美しく咲いていた。
また御殿の奥には森があり、賑やかな鳥たちの鳴き声が聞こえていた。
お友の懐から、美桜と雅がサッと飛び出し、森のほうへ飛び立っていった。
「大丈夫。ここに悪いものはいないよ。屋敷も庭も森もみんなキラキラしてる。美桜と雅も元気に飛んでいったしね」
「私もそう思う。屋敷や庭全体にいい気が流れてるものね。とても気持ちがいいよ」
松江も笑顔だ。
「……」
私は黙っていた。気になっていることがあり気が気では無かったのだ。
「皆、今日は来てくれてありがとう今日は宜しく頼む」
宮様が玄関で待っていた。屋敷の奥へ案内されたが、そこには廊下しかない。
「ちょっと待っとれ」
星の印がある壁に宮様が手をかざす。と、一瞬空間がそこだけ歪み、大きな扉が現れた。
「さ、入ってくれ」
皆は宮様に促され中に入った。
入るとそこは、一面白く霞んでいた。
「うわぁ、お香で部屋が曇ってるよ。何だか気の流れもちっとも整ってない」
松江が眉を潜めている。
畳に異国の家具が置かれ部屋の奥には御簾が引かれている。そこには女人の気配がある様だ。
ふいに美桜と雅が部屋に入ってきて、部屋を二周した後、奥の御簾の中に入っていく。
「まぁ!なんて可愛い小鳥達!」
御簾の奥から女人の声がした。
「えり姫様ですか?」
三人が声をそろえて、その女人に話しかけた。
「あなた達は誰で……」
御簾の中の女人がそこまで言うと、
「お前達!どうやって入ってきた!」
そう言って、男が御簾の前を塞ぐように立っている。
白い長い髪、赤い瞳。すっとした顔立ちの非常に美男な若者。神職の様な格好で、手には刀を持っている。
「事と次第によっては、命は無いと思え!」
今にも斬りかからんと凄い形相で、太刀を持ち、三人を睨んでくる。
「やめるのだ。理央。」
「宮様……」
「この三人が、この間話したえり姫に会わせたかった者達だ 早く太刀をおさめんか!」
「宮様!私は反対です。こんな身分の低い者達を姫様に!」
理央と呼ばれる若者は叫んでいた。
「おじい様がお話されていた、私とお友達になって下さる方ですか?」
そう言って御簾の中の女人が出てきた。
「えり姫様、出てきてはなりませぬ。」
理央が止めたが、もう遅かった。
「初めまして!わたくしがえりです おじい様に言われてからわたくし、今日の日を今か今かとずっと楽しみに待っていたのです。
皆様わたくしと是非お友達になって下さい!!」
「えり姫様……」
三人はその姿を眺めている。
透き通る、だが日を浴びていない白すぎる肌。心とはまた違う、綺麗な和風の顔立ち。
……のはずだが、何故か顔と足がパンパンに浮腫んでいて、本来の美しさがよく分からない。
髪は平安貴族の様に長いが、全く艶がない。
今時の貴族でこんな髪型をしている者はいなかった。
年は三人と同い年と聞いていたが、明らかに成長が遅れている背格好。三人は唖然としてしまい、次の一言が出なかった。
「ふん、自分達の事もよく分かってないクセに。いくら姫と縁があるからとて、私は許しません 宮様!」
「あんたさっきから、何をぶつぶつ訳がわからない事を言っているんだい!いい加減にしな!」
お友が勢いよく啖呵を切る。しかし、その手は少し震えていた。その手を松江がしっかり握り支えている。
「かっこいい!お友、松江!惚れ惚れするよ!
でも理央様とやら、いったい何をおっしゃっているのです?」
心は理央に尋ねた。
「ふん、あんたはちっとは分かっているようだね。良かろう、全て思い出すがいい!」
理央が手をかざすと、七色の光が部屋中央の天井に集まったかと思うと花火のように弾けキラキラと降ってきた。
その後三人は直ぐに……
「心!」
「友子!」
「松江!」
三人がそれぞれを前世の名前で呼び、抱き合った。
皆前世の事を思い出したのだ。
理央の術のせいか、今世との意識の統合に変な感覚は無いようだ。
「心、あんた前世は、急にいなくなっちゃって……あたし達急いで駆けつけたけど間に合わなかったよ。心、一人でどれだけ辛かったか…」
「そうだよ!その後は皆でずっと泣いてたんだから」
「ごめんね。あの時は何故か言えなかったんだよ……最後には死ぬほど後悔したよ。実際、死んだけど」
「私と会った時も友子と会った時も心はわかってたんだよね。何で教えてくれなかったの?」松江が聞く。
「ごめんね。でも前の感覚がないまま話してもピンとはこないでしょう?
それに私、二人に会えただけで嬉しかったんだよ。
本当にそれだけでよかったの……」
三人は涙を流しながら、笑顔で抱き合っていた。
「あのう……皆……」
三人を呼ぶ声がする。
「みんな〜」
また三人を呼んでいる。声のする方を見てみると……
それはえり姫だった。
今度は三人が驚きの声を出した。
「えり!!」
えり姫も、心達と同じく4人目の看護学生からの親友だったのである。
「あんたこんな所で何して……ああ今はえり姫かぁ」友子が言った。
「ごめん名前をきいてもしやとは思ってたけど、余りにもむくんでるから、ちょっと会っても分かんなかった」
私は笑いをこらえている。
「あんた、何でそんなにむくんでんの?ふっ……」
松江が言うやいなや、三人は我慢出来ず腹を抱えて笑いだした。
「もう、みんなそんなに笑わないでよ〜」
「ねぇ深窓の姫様なのはいいけど、いったいどうしたの? 何でこんなにむくんでるの?
前の仕事柄自分でもおかしいって思うでしょ?」
友子がいう。えりは不服そうに、
「だってえ、今迄覚えてなかったし〜」
とぶつぶつ言っている。
「あと、ちょっと外歩いて骨折って。全くさぁ、年寄りじゃあないんだから……」
松江も笑いながら、嬉しそうにえりをみる。
(そう、えりはよく突っ込みが入る事もあるけれど、皆に愛されるキャラなんだよ。ちゃんとしている所も多かったけど)
看護学生寮に皆がいた頃、何時も部屋を綺麗にして、ちゃんと料理してたのも、えりだった。
他の三人が何をやらかしても、
『ふ〜んそうなの』
っていつも何の偏見もなく、素直に受け入れてくれてたなぁ。
そもそも今世だって帝の妹という、やんごとなき身分に関わらず、
『友達になってくれますか?』
って言えるその素直さが、えりの凄い所なんだよ。
私、転生しても、えりが相変わらずだったのが本当に嬉しいよ……
他の二人も、それがわかって嬉しくて突っ込んでいるのが、私にはよく分かった。
私は知らぬ間に涙が溢れていた。




