1 プロローグ
がん患者の最後を看取る場所、海の近くにある小さなホスピス。
今、46歳の心子は人生の終わりを迎えていた。
私の人生、あっという間だったな。
思えば不幸な事が多かったよ……
今迄の事が鮮やかに、私の脳裏に蘇ってきた。
私は地方の高校卒業後、看護専門学校
に入学し、その後看護師になった。
大学病院に勤務して三年目になる頃、当時付き合っていた優しい彼が、照れながらプロポーズしてくれて、
私と彼は25歳で結婚した。
子供は出来なかったけど二人でいれば楽しかった。
サウナにハマって健康ランド巡りしたり、ウイスキー好きにもなってバー巡りもよくしたなぁ。
私達は幸せだと思っていたんだ。
しかし、そんな夫は34歳の時仕事帰りに車の交通事故で、あっけなく亡くなってしまった。
あの時は辛かった。目の前が真っ暗になるって本当だったと思った。
私、両親も先に亡くなってたから急に一人になっちゃって。
暫く本当に何も出来なくて、茫然としていたの……
その時何も出来ない私に寄り添ってくれたのは、看護学生時代からの親友達。彼女達は代わる代わるただ側にいて、一緒に過ごしてくれた。
お陰で私は、少しずつ夫の死から立ち直っていけたんだ。
でも看護師の仕事に復帰するのは、もう少し時間がかかった。
「ねぇ、私看護師の仕事に戻れるかな?何だか自信がないんだよ」
「心なら大丈夫。今迄ずっとやってきたんだから!」
「いざという時も体が勝手に動くよ」
緊急対応もちゃんと出来るって!」
皆が励ましてくれたおかげで、私はまた仕事に復帰出来たんだ。
そこからまた、順調に仕事しながら、再出発できた頃……
夫がお世話になっていた友人が、イタリアンのお店を開店する話を私にもってきた。
「大丈夫名前を借りるだけだよ」って言われて。
私は、友人の連帯保証人になった。
昔から知ってる良い人だったし、この人なら連帯保証人になっても大丈夫かなって思ったんだ。
でもそれは大きな間違いだった。
初めは順調だった店が少しずつ赤字経営になっていたらしい。彼は私にその事を黙っていた。
遂に店がコケた時、一目散に家族で夜逃げするとは思わなかった。
店には「心子さん。ごめんなさい」と震える字で書き置きが一枚残されただけ。
本当に私は馬鹿だった。
私は、自分がどうにもならない時には人は簡単に裏切るのだと身をもって知った。
それからはのんびり屋の私が、借金返済の為、馬車馬の様に働いた。給料の高い、夜勤メインにしてさ。
ボロボロになって働いて10年で返済したと思ったら、今度は末期癌だもんなぁ……
今の病状を聞いた時、看護師の私は
もって半年位だって想像が出来た。
こういう時医療職ってちょっと、いやかなりキツかった。
落ち込んで悲しむ暇も無い。この時期迄しか動けないって分かるから、急いで生前整理して。
看護学生時代の親友達とも、もう助からないと分かった時に、自分から離れてしまった。
これからも生きていく親友達と、顔を合わせていったい何を話せばいい?私はどんな顔をしてればいい?
闘病生活で、心身共に病んでた私には、考える事はこれ以上無理だった。
今はこの波音だけが静かに聞こえるホスピスには、犬のまるちゃんだけが、ずっとそばにいる。
このホスピスでは、最後をペットとも過ごす事が出来るのだ。
まるちゃんは保護犬だ。
初めは懐かなかったが、徐々に心を開いてくれて。
仕事で忙しい私の心の支えになってくれた家族の様な存在。
「もうまるちゃんだけになったね……
今までそばに居てくれてありがとう。
でも、借金を無事返せて良かったな。旦那にはあんたの友達がさぁ!って文句の一つでも言わないとね……」
心子は、優しかった夫の笑顔を思い出し、少しだけ笑った。
まるちゃんは、そんな心子の話を聞いているかのように、ピタリと寄り添い側を離れなかった。
「ねぇ、まるちゃん。癌末期って分かった時、直ぐに彼女達に
『どうしよう怖いよ。私まだ死にたくないよ』って、素直に言えてたら……
きっと、皆一緒に泣いて、それから最後まで側にいてくれたよね……」
私達は看護学校の寮で嬉しい時も悲しい時も一緒だった。いつも誰かの部屋に集まって、夜中迄ずっとおしゃべりしてさ。
誰かの誕生日の時は、その子のイメージに合う花を選んでプレゼントした。私の誕生日の時、変わった形の南国の花を貰ったの、今でも覚えてるよ。
「だってぇ買いに行ったらあったんだも〜ん」って皆笑い転げてたっけ……
あの頃が一番楽しかった……
みんなとの思い出はいつまでも消えないよ。
「何で私、今みんなと一緒じゃないんだろう。
まるちゃん……私やっぱり寂しいよ、寂しい……」
そういって、涙が一筋流れたあと、心子は眠る様に旅立った。
心子が亡くなった病室には、まるちゃ
んの「くぅ〜ん」という鳴き声だけが響いていた。
その頃、親友達は必死にホスピスへ向かっていた。
心子が余命わずかな末期癌で、海の近くのホスピスにいる事を叔母の和枝から教えて貰ったのだ。
「お願い!間に合って……」
だがあと少し、本当にあと少しで、皆は心子の最後に間に合わなかった。
「心、何で一人で逝ってしまうの!」
「こんな寂しい所で! ちゃんと私達を呼びなよ!」
「う〜っ なんでよ〜心!どれだけ探したと思ってんの!」
「うわぁぁぁぁ!」
三人の声が病室中に響いていた……
……私は死んでしまった。しかも46歳という若さで。
でもここから、私の新たな人生が始まったんだ。
少しブラッシュアップしました。
読んで頂けると嬉しいです。




