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さえないおじさんの俺、ダンジョン内で人気VTuberを助けたら「推し」にされた件〜配信越しに全国バレるのは勘弁してくれ〜  作者: 宵先誠


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2/2

第2話:三階のボスに挑んだら、なぜかリスナーが10万人増えた件

新作を読んでいただきありがとうございます!


今回は「現代ダンジョン×VTuber×無自覚最強のおじさん」をテーマにした作品です。


主人公は、自分では普通の会社員だと思っている三十五歳。


けれど、その"普通"は周囲にとってまったく普通ではありません。


木村とあかりの少しずつ距離が縮まっていく様子も楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは、第2話をどうぞ!


会社に迎えに来たあの日


「本当に、一階だけですよ?」


ダンジョンへ向かう道中、あかりは念を押すように言った。


「はい。今日は約束の確認です」


「確認?」


「無茶をしない。危険なら引く。まずはそれが守れるか見ます」


「……先生みたいですね」


「先生ではありません」


思わず返すと、あかりは吹き出した。


ダンジョンへ入ってからは、本当に一階しか歩かなかった。


ゴブリンを見つけるたびに、俺は一歩後ろへ下がる。


「一体なら、自分でやってみてください」


「は、はい!」


最初はぎこちなかった動きも、三体目を倒す頃には見違えていた。


「できました!」


「ええ。焦らなければ十分戦えます」


その一言だけで、あかりは驚くほど嬉しそうに笑った。


配信を切った帰り道、彼女は頭を下げた。


「木村さん。また一緒に潜ってもらえませんか?」


「予定が合えば」


「じゃあ来週の土曜日!」


返事を待つ前に予定を決められてしまった。


勢いのある人だと思った。


それから一週間。


仕事はいつも通り忙しく、山田は相変わらず俺を見るたびに「あかりちゃん!」と言って騒ぎ、俺はそのたびにため息をついた。


そして土曜日の朝。


俺は六時に目を覚ました。


休日だろうが平日だろうが、体が勝手に動く。


十五年間続けてきた習慣というのは恐ろしい。


コーヒーを淹れ、ベランダで一息つく。


空は少し曇っていた。


スマートフォンを開くと、山田からメッセージが三十件届いていた。


全部「係長ーーーー!!!!」で始まっていたので、読まずに閉じる。


その下には、あかりから一件。


『おはようございます! 今日よろしくお願いします! 集合は十時でしたよね。楽しみすぎて昨夜あまり眠れませんでした』


思わず少し笑う。


『おはようございます。寝不足で無茶だけはしないでください』


送信すると、すぐ既読がついた。


『起きてます!! もう準備できてます』


朝から元気な姿を見て、小さく息をつく。


俺はコーヒーを飲み干し、木刀を手に取った。


出かける前の素振りを五十回。


これも、いつも通りだった。


---


ダンジョン入口の広場で、あかりは本当にもう来ていた。


時刻は九時四十分。


今日の装備は白いジャケットにダンジョン用のショートパンツ、ブーツ。胸元のカメラは二台のまま。


そして頭には、当然のように猫耳のカチューシャ。


「木村さん!!」


遠くから大きく手を振られた。


周囲の人間が一斉にこちらを見た。


目立つ。非常に目立つ。


「おはようございます」


「おはようございます!! あ、スーツじゃないんですね」


「さすがに動きやすい服で来ました」


今日はグレーのトレーナーにカーゴパンツだ。


地味な格好だが、ダンジョンに行くのにスーツは流石に不合理だとわかっている。


——昨日、山田に「係長、スーツのままダンジョン行ってたんですか?!」と五回確認された。


習慣というのは、気づかないうちに染みつくものだ。


「似合ってます!」


「ありがとうございます」


「でもスーツ姿の方が圧倒的にギャップあったかもしれない……。リスナーのみなさんはどっちが好きですか~?」


あかりがすでにカメラに向かって話し始めた。


「あの、今日は俺を映さないという約束でしたよね」


「大丈夫です! 木村さんの声と背中だけ! 顔は映しません! 約束します!!」


「……わかりました」


「でも声、ちょっとだけ出してもらえると嬉しいです。リスナーさんが楽しみにしてるので」


「具体的には何を」


「なんでもいいです! 例えば今日の目標とか!」


俺は少し考えて、カメラの横に向かって言った。


「今日は三階の中層まで行って帰ってきます」


「以上です!!」とあかりが明るく補足した。


「木村さん、無駄がなさすぎて逆に好き、ってコメントが流れてます!!」


「そうですか」


「しかもイケボってコメントも!!」


「ゲート通りますよ」


「ハイ!!」


---


ダンジョン三階は、二階と空気が違う。


湿度が上がり、天井が低くなる。光源は壁に滲む発光苔だけで、薄暗い。


魔物の密度も上がる。二階は「あ、来た」という感覚だが、三階は「常にどこかにいる」という感覚だ。


「……ここ、来るたびに怖いんですよね」


あかりが小声で言った。


声のトーンが、配信用から素に近い声に変わっている。


「怖いなら戻りますか」


「戻りません! でも怖いです!! この矛盾わかりますか!?」


「わかります」


なんとなく、わかる気がした。


怖いのに行く。嫌なのにやめられない。それが人間というものだと思う。


「ちなみに木村さんは怖くないんですか」


「怖いかどうか考える前に状況の整理をしてしまうので」


「……それ、怖くないんじゃなくて感情より思考が先に来るタイプってことですか」


「そうかもしれません」


「サラリーマンの鏡ですね……」


なんか褒められているのかどうかわからない言い方をされた。


通路を進む。


左右の岩壁に、うっすら光る苔が縞模様を作っている。足元はでこぼこの石畳。


五分ほど歩いたところで、前方に気配が出た。


俺は右手を上げた。


あかりがすぐに立ち止まる。


反応が早い。昨日の一件で学んだのか、あるいはもともと察しが良い子なのか。


「正面に三体」と小声で伝えた。


「ゴブリン系ですか」


「ゴブリンと、後ろにもう少し大きいのが一体。《オークリザード》です」


あかりが息を呑んだ。


《オークリザード》は三階の中層に出始める魔物で、ランクC相当。


体長は二メートルを超え、表皮が硬化している。


Dランク探索者では複数人がかりでないと対処が難しい部類だ。


「……離れてください。ここで待っていてもらえますか」


「あ、はい。木村さん一人で行くんですか」


「見ている方が安全です」


「わかりました」


あかりが岩壁に背をつけた。


カメラがこちらを向いている——俺の背中だけが映るよう、角度に気をつけていた。


そのあたりの気遣いが、なんとなく、真面目な子なのだとわかる。


俺は前に出た。


木刀を右手に持つ。


今日は木刀を持ってきた


ゴブリン程度なら素手でいいが、オークリザードは表皮が硬いので道具があった方がいい。


「……ゥ」


先頭のゴブリンが俺に気づいた。


三体が同時に動く。


俺は走らなかった。


ゆっくり、歩く速度のまま前に出る。


魔物というのは、逃げる相手には強い。向かってくる相手には、一瞬戸惑う。


その一瞬を使う。


右から来た一体目の腕を外側に捌き、肘を顎に打ち込む。落ちる。


左から来た二体目は、体ごとぶつかってきた。腰を使って勢いを利用、投げる。


三体目は止まって様子を見ていた。賢い個体だ。


だから、こちらから踏み込んだ。


木刀の柄で壇中だんちゅうと鳩尾を突く。折り畳まれるように倒れた。


問題はその後ろにいるオークリザード。


体長二メートル二十センチほど。両腕が太い。目が黄色く光っている。


「グルル……」


低い唸り声を上げて、こちらを見定めている。


賢い魔物は、強い相手を見分けることができる。


こいつは今、俺が厄介かどうかを判断している。


俺は木刀を正眼に構えた。


剣道の構え。十年以上やってきた型。


オークリザードが動いた。


右腕を大きく振り下ろしてくる。予備動作が大きい。わかりやすい。


一歩横にずれて、木刀を側頭部と首筋に叩き込む。


乾いた音が響いた。


オークリザードがよろめいた。


表皮が硬くても、側頭部と目の周辺は弱い。関節部分も同様だ。


倒れかけた体に、もう一撃。


今度は膝の関節の内側。


崩れ落ちる。


追撃は入れなかった。


動けなくなれば十分だ。俺はハンターじゃない。


---


「……」


戻ってきたら、あかりが固まっていた。


スマートフォンを両手で持ったまま、完全に動きが止まっている。


「終わりましたよ。行きましょうか」


「……うん」


「うん、じゃなくてはい、ですよ」


「はい……はい。わかりました。行きます」


歩き出したあかりが、小さく「やば」と呟いた。


「何ですか」


「あの……コメントがすごいことになってます。見ます?」


スマホを差し出された。


コメント欄がものすごい速度で流れている。


「誰この人」

「木刀一本でオークリザードってマジ?」

「木刀て」

「スキルは?」

「え待って」

「声がよすぎて無理」

「背中だけで死にそう」

「彼氏にしてくれ」

「木村さんって名前なの?」


「……」


俺はスマホを返した。


「見なかったことにします」


「そう言うと思いました」


あかりが苦笑した。


今度は本物の笑顔だった。さっきまでの緊張が抜けている。


「木村さんって、さっきの構えって剣道ですか?」


「そうです」


「かっこよかった」


「ありがとうございます」


「いや、本当に。素で言ってます」


さらっと言われた。


こういう子なんだと思う。


思ったことをそのまま言う。


三百二十万人のリスナーを持つ配信者だが、裏表のある感じがしない。


少なくとも今日一緒にいて、そういう印象を受けた。


「あかりさんは戦えますか」


「一応、Eランク相当の近接スキルはあります。でもゴブリン三体まで、が限界で……」


「ちゃんと戦える素地はあるってことですね」


「え? そうですか?」


「ゴブリン三体なら、Eランクの配信者としては標準以上だと思います」


「……そうなのかな」


あかりが少し考えてから、言った。


「木村さんって、なんか変わってますよね」


「よく言われます」


「けなしてるんじゃなくて。なんか、ちゃんと見てくれてるなって感じがするんです。弱いとかじゃなくて、今どのくらいかって。普通そんなこと言ってくれないから」


「普通は言わないんですか」


「たいていの人は、わたしのことを配信者として見るので。実際の探索力とかより、映えるかどうかとか、再生数とか、そういう方向の話になっちゃって」


「俺は配信には詳しくないので」


「それがいいのかも」


また、さらっと言われた。


俺は前を向いて歩きながら、なんとなく、そのセリフを頭の中に一回繰り返した。


三十五歳にもなって、誰かの言葉を繰り返す習慣があるとは思っていなかった。


---


中層まで進んだところで、俺たちは足を止めた。


「これは……」


あかりの声が低くなった。


通路の先、大きな空洞になったエリアがある。


三階の中層に存在する、いわゆる「中ボスエリア」だ。


中央に、一体の魔物がいた。


体長は三メートルを超える。


二足歩行。人に近い体型だが、頭部が岩石のように硬化している。


全身から、薄い魔力の波紋を出している。


「グラニット・オーガ」


あかりが息を呑んだ。


「……B、ランク相当、ですよね」


「そうです」


「三階の中ボスが、Bランク……。今日会うとは思ってなかった」


「俺も思ってませんでした」


「どうしますか?」


「少し考えます」


《グラニット・オーガ》は、その名の通り外皮が石化している。


通常の刃物はほとんど通らない。魔法系スキルか、高ランクの武器でなければダメージを与えられないとされている。


俺はそれを持っていない。


木刀一本だ。


「戻りますか」とあかりが言った。


声は落ち着いていた。悔しそうではあるけれど、冷静だ。


「……いえ」


俺はグラニット・オーガをもう一度見た。


外皮が石化しているということは、外皮以外は石化していないということだ。


関節。口。目。耳。


そして——石は重い。


重い外皮をまとった二足歩行の生き物は、動きの中に必ず「重心の偏り」がある。


柔道で言う「崩し」の概念だ。


重いものは、崩れると戻れない。


「あかりさん、ここで待っていてください」


「木村さん」


「絶対に動かないでください。何があっても」


「……わかりました」


あかりがしっかりと頷いた。


カメラが俺の背中を追っている。


俺は木刀を背中に差した。


使わない。


今回は素手の方がいい。接触面積が大きい分、重心を感じやすい。


「ガアァ……」


グラニット・オーガが俺に気づいた。


右腕を振り上げる。腕だけで五百キログラムはあるだろう。


俺は正面から歩いて近づいた。


ゆっくり。止まらずに。


魔物が戸惑う。その一瞬。


腕が振り下ろされる直前、俺は体を滑り込ませた。


外皮の隙間、右脇の下。


両手でオーガの右腕を掴む。


そのまま、体重を使って、右腕を相手の反対方向に倒した


「崩し」だ


重いものは、一度崩れると止まらない。


グラニット・オーガの巨体が、右側に傾いた。


俺はそこに体を入れて、相手の顎を抑え、腰を回し、さらに回転を加える。


一本背負いに近い動作で、三メートルの体が、宙を舞った。


床に叩きつけられる音が、通路全体に響いた。


石の外皮が地面にぶつかり、欠ける。


落ちた瞬間に体勢を変えようとしたが、その前に俺は目と目の間、日月と呼ばれる所と、首の外皮の薄い部分に裏拳を叩き込んだ。


急所だ。


グラニット・オーガが、動かなくなった。


静寂。


俺は立ち上がった。


手のひらが、少し赤くなっていた。外皮に接触した部分だ。


擦り傷程度。問題ない。


後ろを振り返った。


あかりが、両手でスマホを持ったまま、完全に固まっていた。


「終わりました。行きましょう」


「…………は?」


「は?」


「は?????」


「三度言わなくていいです」


「Bランクを、素手で」


「木刀は使いませんでしたよ」


「そういうことじゃなくて!!!!」


あかりが叫んだ。


その声が通路に反響した。


「あのっ!! リスナーのみなさん見ましたか!! 見ましたよね!?!? Bランクを!! 素手で!! 投げた!!!!」


カメラに向かって大声で言っている。


コメントが物凄い速度で流れているのが、遠目にも見えた。


「あかりさん」


「は、はい!」


「叫ぶと他の魔物を呼びます」


「すみません!!!!」


即座に口を押さえた。


俺は周囲を確認した。今のところ新たな気配はない。


「先を急ぎましょう。目的の素材はどのあたりにありますか」


「あ、えっと……オーガが倒れた奥に、《蒼焔石》の鉱脈があるはずで」


「案内してください」


「……木村さん、さっきの投げ技って何ですか」


歩きながら聞かれた。


「柔道技の応用です」


「柔道もやってたんですか」


「総合格闘技の中で。基礎は柔道、空手、ボクシング、少林寺、合気道、日本拳法。一通り触れました」


「……一通り……」


「剣道は別に、二段です」


「……それ全部スキルなしで??」


「スキルがないので全部技術でやるしかないんです」


しばらくあかりが黙った。


考え込んでいる様子だった。


「木村さんって」


「はい」


「もしかして、とんでもない人じゃないですか」


「普通の係長です」


「絶対違います」


「いえ」


「絶対に違います!!!!」


また声が大きくなった。


周囲を見る。まだ大丈夫そうだ。


《蒼焔石》の鉱脈はすぐに見つかった。


青く光る石が岩壁に埋まっている。


採掘用の小型ピックでなければ取れないが、あかりはちゃんと道具を持っていた。


「素材の採掘はできるんですね」


「これだけは得意です! 採掘スキルはEでも案外使えるので!」


テンポよく石を掘り出しながら、あかりが言った。


「木村さん、一個聞いていいですか」


「何ですか」


「なんで、俺TUEEE的なことに興味がないんですか」


「は」


「普通、あれだけの実力があったら、もっとランク上げて、有名になりたいとか、思わないですか。なんでストレス発散だけに使ってるんですか」


俺は少し考えた。


「あなたに言えることではないかもしれませんが」


「言ってください」


「強くなっても、帰る場所が変わらないので」


あかりが手を止めた。


「……帰る場所?」


「俺の生活は、ダンジョンで何をしても変わらないです。会社に行って、仕事して、帰ってくる。それだけの毎日が続いていく。強さを誇示しても、それは変わらない。だから興味がないんだと思います」


しばらく沈黙があった。


岩を掘る音だけが響く。


「……寂しいですね」


あかりが、静かに言った。


「そうですね」


俺は否定しなかった。


否定できなかった。


「わたし、それを変えたいです」


「え」


「木村さんの帰る場所が、もう少し楽しくなるように」


「……大きなお世話です」


「わかってます。でも言いたかったので」


あかりが石を一個、手に取って俺に差し出した。


青く光る《蒼焔石》。


「これ、あげます。一個だけ」


「要りませんよ」


「持っておいてください。ダンジョンで一緒に頑張った記念です」


俺は受け取ることにした。


断っても返さない顔をしていたので。


石は思いのほか軽かった。でも光は確かだった。


---


帰り道は来た道と同じルートを通った。


残っていた魔物は七体。


うち四体を俺が処理し、三体はあかりが自分で倒した。


素直に動きを見ていると、あかりはEランクとしては上手い部類だと思う。


勢いで突っ込むタイプではなく、距離を取って相手の動きを見てから動く。


「あかりさんは、もう少しで二階をソロで攻略できますよ」


「え、本当ですか?!」


「今の動きを続けていれば。ただ判断が少し遅い。決断する時間を短くするといい」


「それ、どうやって練習するんですか」


「経験と、あとは場数です。判断に自信が出てくると、遅延が減ります」


「なるほど……」


あかりがメモを取り始めた。


スマホに音声入力で何かを記録している。


「……今のちゃんとメモしていいですか」


「どうぞ」


「ありがとうございます! 後で復習します!」


こういうところが、本当に真面目な子だと思う。


----


外に出ると、夕方になっていた。


思ったより時間がかかった。


広場のベンチに二人で座って、あかりが持ってきた水を飲んだ。


「今日、本当にありがとうございました」


「お役に立てたなら」


「立ちすぎましたよ!! まじで!! ねえリスナーさん、立ちすぎてましたよね?!」


「今も配信中ですか」


「ずっとしてました!!」


「ずっと」


「はい! 配信しながらダンジョン潜るのがいつものスタイルなので!!」


「……俺の声は」


「入ってます!!!!!」


「顔は」


「背中だけです!! 約束通り!!」


「それは守ってくれましたね」


「守ります!! でも声のせいでもう大変なことになってて!!」


スマホを見せてもらった。


コメントとスパチャが止まっていない。


「木村さんの声聞いただけで死にました」


「彼氏にしてくれ」


「背中だけで顔面偏差値わかる」


「こういう人が存在するの??」


「信じられない」


「スーツじゃないの残念(でも今日も最高)」


スパチャのメッセージには「木村さんとあかりちゃんの組み合わせが最強すぎる」というものもあった。


「……」


俺はスマホを閉じた。


「ご飯、行きましょうか」


「え?! いいんですか!!」


「約束でしたよね、お礼に奢ってもらうと」


「いいんです!! 行きましょう!! どこがいいですか!!」


「あなたの馴染みの店があれば」


「あります!! 近くに美味しいラーメン屋さんが!! 行ったことないですか?!」


「ここ最近はずっと一人で来て帰ってたので」


「じゃあ今日が初めてですね!! 案内します!!」


あかりが立ち上がって、歩き出した。


ちょっと前を歩いて、こちらを振り返る。


夕日が、猫耳のカチューシャを照らしていた。


「来てください!! 木村さん!!」


「今行きます」


俺は立ち上がった。


ポケットに手を突っ込んだら、《蒼焔石》が当たった。


青い石が、少し暖かかった気がした。


——帰る場所が変わる、か。


三十五歳の俺に、そんなことが起きるとは思っていなかった。


でも今日、久しぶりに、早く来週の土曜日になれと思った。


それで十分だと思った。


---


翌朝。


山田からメッセージが来た。


「係長!!!!!! 昨日のあかりちゃんの配信でリスナーが!!!! 10万人増えました!!!!! 謎のスーツおじさんが話題になってて!!!! 係長って世間的には謎のスーツおじさんなんですね!!!!」


俺は「謎のスーツおじさん」という部分を三回読んだ。


返信しなかった。


あかりからはもう一件、メッセージが来ていた。


「木村さん!! 配信者仲間のジュンが木村さんに会いたいって! どうしましょう!!」


「ジュン」は知らない名前だった。


「どんな方ですか」とだけ返信した。


「登録者500万人のダンジョン配信者です。Bランク探索者で、わたしの配信見て木村さんに興味持ったらしくて。今週末一緒にダンジョン潜ろうって言われてます」


俺は少し考えた。


Bランクの探索者。


それは普通の人間ではない。相当な実力者だ。


「……断るのも悪いですね」


「でしょ!!! 来てもらえますか!!!」


「一つ確認ですが、その方は俺の顔を配信に出しますか」


「聞いてみます!!」


しばらく待った。


「顔出しはしないって約束してくれました!! でもジュンが言うには、木村さんの実力が本当にどのくらいなのか気になって、ちゃんと確認したいって」


「確認」


「試してみたい、的なことを言ってました」


俺は画面を見つめた。


試してみたい。


Bランク探索者が、俺を。


「わかりました。行きます」


「やったー!!」


「あと一つ」


「はい!!」


「その方に伝えてください。本気でかかってきてもらって構わないと」


三秒の沈黙があった。


「……木村さん、それを直接ジュンに言えますか」


「なぜですか」


「ジュンに今伝えたら、テンション上がって今夜乗り込んできそうなので」


「今夜は困ります。仕事が早い」


「ですよね!! じゃあ週末に!!」


「ええ」


俺はスマホを閉じた。


《蒼焔石》をポケットから取り出して、机の上に置いた。


青い光が、朝の部屋に滲んだ。


三十五歳の係長の週末が、少しずつ変わっていく。


それが面倒かと聞かれたら——


たぶん、まだわからない。


でも少なくとも、悪くはない。


---


次回 第3話「登録者500万人の猛者が本気でかかってきたのに、俺が気になるのは別のことだった件」


Bランク探索者・ジュンが登場

本気でかかってくると宣言した男と、スキルなし・素の実力だけで挑む木村誠

だがその戦いの最中、俺はなぜかあかりの表情が気になって仕方なかった——


---

第2話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


今回は木村とあかりが本格的にバディとして動き始める回でした。


そして、木村の「普通」と探索者たちの「普通」のズレも少しずつ見えてきたのではないでしょうか。


次回はいよいよ登録者500万人を誇るBランク探索者・ジュンが登場します。


木村の実力を試そうとするトップ探索者との出会いが、二人の日常をさらに大きく動かしていきます。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると今後の励みになります。


それでは、第3話でお会いしましょう。

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