08.絶望と希望
竜の姿はワイバーン、つまり西洋の竜を想像してもらえるとしっくりくると思います。
竜から振るわれる爪を間一髪で避ける。
「チッ!」
間合いを保つので精一杯だ。斬り込こもうにも近づけば反撃をまともにもらってしまう。また、
「ひっ、竜!?」
ここは集落だ。もちろん住民もいるし、下手に動くと無関係な住民を巻き込んでしまう。
「おい!ここは私が食い止めておくから他の住人連れてさっさと逃げろ!」
「いやっ、でもその家にはレインが…」
「アイツは私が何とかする!」
竜の注意を引くように腰に装備してあったナイフを投擲し、真正面で向かい合わないよう横一直線に走る。現状一番避けなければならないのは吐息だ。突進や薙ぎ払いなら当たり所が良ければまだ致命傷にはならないものの、吐息はまともに食らったら私の体は塵も残らない。
「っ!!」
放たれる火球を身を捻らせ避ける。危ない、あと少し反応が遅れていたら丸焦げだ。息を整える為、体制を立て直そうとするが竜はそんなことお構いなしに次々と火球を放って来る。まったく休む暇もない──
「ανοιχτό!」
魔力を風に変え、生まれた爆風を推進力に火球を躱しながら一気に間合いを詰めてその有り余る推進力で竜の胸元を袈裟に斬る。
「クソッ、この巨体では斬撃の威力が小さい!」
そして攻撃と同時に背面に周り、反撃を受けないよう下がって距離を取る。
駄目だ、硬い甲殻と皮膚の所為で深くまで斬ることが出来ていない。かなり魔力を使った大技だったんだが…生憎そこまでダメージは入ってないらしく、むしろそれで怒ったかの様に咆哮している。
だがそれで良い、怒りは理性を失う。このまま挑発していけばいつか隙が──
「がっ…」
しかし直後、地面に叩き付けられる。
何故っ、竜は攻撃姿勢に入っていなかった筈──!!
竜を見る。その胸元には、私が斬った傷を隠すかの様に魔法陣が展開されていた。
「まさか、失われた魔法を…」
そして竜は体勢が崩れたその隙を見逃さず追撃を放つ。
「やばっ──」
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夢を見ている。
それも俺の大切だったものが、どんどん消えて無くなる夢。
...本当は分かっていたのかもしれない。俺の記憶は実は偽物なんじゃないか、ってことに。実を言うと俺は三年より前の記憶がないんだ。俺には父さんがいたと言うことも、自分の名前がレインであるってことも、本当はすべて集落のみんなから教えてもらった。俺はそのことが事実だと信じたいがために架空の思い出を作り、自分と言う存在を形成させていた。
だから記憶が戻りそうになった時、真実を知ることから逃げたんだ。今までが否定され、俺と言う存在が消えてしまうのが怖くなって、自分を保っていられなくなった。
その結果がこれだ。
俺のせいで集落のみんなに迷惑をかけ、リアさんを傷つけ、そして自分自身の首すら苦しめている。
…腹が立つ。
こんなこと誰も望んじゃいない。そして他人に迷惑をかけてまで逃げ続けている自分が憎たらしい。
だから今、決めた。
もう逃げず、事実から目を背けない。以前の俺がやったことも全て受け入れよう。だから、だからもうやめよう。
今やっていることは、無意味なんだから────
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竜の追撃は私に当たらなかった。
「…何故。」
急に横に逸れ…いや、逸らされたんだ。私を避けるかのようにその腕は横へと曲がり、限り限りで私は直撃を免れた。
「まさか。」
竜が光に包まれ、霧散していく。その光景は、まるで空に浮かぶ星座の様に綺麗で儚かった。
「...ごめんなさい、迷惑かけちゃって。」
気がつくと、レインが目の前に立っていた。
「お前…あれを打ち破ったとでも言うのか…」
「俺、決めたんです、もう逃げたりしないって。すべてを受け入れて自分を知ろうって。」
その眼には、一切の曇りが無い。
「だから、一つお願いがあります。」
そして、レインは思い切った表情でこう言った。
「俺は真実を知りたい。だから俺を、俺を一緒に連れていってくれませんか?」