眼帯姫は帰りたい
一日一投稿にしてましたが、一週間ほどの間は一日二回投稿に変更しようと思います。朝七時と夜八時の二回にいたします。
なので、今日はこのお話の前に一話投稿しております。
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
「ヴィオランテ。」
「はい、殿下。」
「わたくしはリキュー。モドル。」
「なりません、殿下。」
「何故?」
「陛下の命でございますれば。」
「野菜トお肉、ホシイ。リキュー、ナオス?ホシイ。ドレス、ホシクナイ。ゲジョハ着る。ホシイ。ホカ、いらない。」
野菜と蛋白質、それと動きやすい服さえもらえれば、後は慎ましやかに生きていく。だからもうほっといてくれ。悪役令嬢ポジはお断りしたい。エリザベッタはそう思っていた。ああ、あと、離宮の修繕だけは手が行き届かないのでそこは頼みたい。
しかし、その望みはすげなく断られる。「陛下の命」は何度も聞いた言葉だ。これは逃げられないのだろうと自室で嘆息するエリザベッタであった。
今回のお茶会は、チェレステが言い出したことだったようだ。
「眼帯、取って。」
「なりません、殿下。」
「女官長は黙ってて。右目、見せてくれる?」
ヴィオランテを見遣ると、渋々と頷いたので眼帯を取り外す。二人とその背後にいる騎士たちが息を呑むのが分かった。やはり魔の色の眼は恐ろしいのであろう。
「触るわよ。」
「はい。」
「おい!」
「悪い気は発してない。大丈夫よ。」
英雄様がチェレステを制した。やはりチェレステが心配なのだろう。チェレステは分からないが、英雄様はチェレステを想っているのだ。
(ツンデレは卒業して早く素直になればいいのに。)
エリザベッタは瞼を伏せると「閉じないで!」とチェレステに怒られてしまった。どこから取り出したのかペンライトのようなもので眼球を照らされる。これは観察というより診察である。しかしせめて予告はして欲しかった。眩しい。
「ただ金色なだけにも思えるけど……ちょっと治療するわね。あったかいだけだから大丈夫。怖くないわ。」
「はい。」
さすが聖女。治療も出来るようだ。右目を手で覆われるとポワッと温かくなる。
(アイマスクみたい。ラベンダーの香りするヤツ、よく使ってた。)
すぐに手を外され、視界が戻る。治療と言われても病があるわけではない。エリザベッタの両眼はちゃんと仕事をしている。色覚異常もない。エリザベッタ自身は自分は視力に問題があると言われているなど知りもしないのだが。
「変わらないじゃないか。」
「問題ないってことよ。この子の金眼は魔の色でも何でもない。単なる突然変異。わたくしの力で魔が祓えないなんてこと、あるわけないじゃない。機能に異常も見当たらない。至って普通の目だわ。」
チェレステと英雄様の間で親しげに会話が交わされる。苦楽を共にしただけあり、とても気安いものであった。お互いをよく知っているからこそ、お互いにコイツとだけは結婚したくないと思っているなど、エリザベッタはまだ気付いていない。
「ありがとう。チェレステオネーサマ。」
「何もしてないわ。変わらなかったんだもの。」
よく分からなくて再び首を傾げるエリザベッタに、チェレステだけでなく英雄様まで嘆息する。これではランベルトの言う通り小さな子ども。英雄の妻としての役割は果たせないかもしれない。チェレステもそう感じたが、だからといってランベルトとの結婚は絶対に回避したい事情がある。第四王女も拒否している以上、エリザベッタにはランベルトに嫁いでもらわねばならない。心苦しくも、命には替えられないのだ。
そう、命がかかっている。
「しかし、この色はどうにも受け入れ難い。」
「貴方、本当に失礼な男ね。知ってるけど。」
「だって、そうだろう?何の力がなくても魔の色だ。この目を持つヤツらに俺たちの仲間がたくさん犠牲になった。憎みこそすれ、許せることなどない。」
全てを理解したわけではないが、エリザベッタの金眼が気に入らないと言っているのは分かった。図太く鈍いエリザベッタでも腹は立つ。だって、好き好んで金眼に生まれたわけじゃない。
だが、英雄ランベルトは続けてエリザベッタを罵倒した。
「それに第五王女殿下は今まで離宮でぬくぬくと暮らして来たんだろ?俺たちが討伐に出かけているのも知らずに。しかも教育もなってない、知能は子ども、女としての魅力もない。骨がらみたいじゃないか。そんなヤツと結婚したって幸せになんかなれない。お互い不幸になるだけだ。やっぱ今から断ってくる。」
「待て!」
「待て!」と叫んだのはエリザベッタだった。皆、目を丸くして注目している。本人は「待って!」と言ったつもりだった。動詞の活用と文法の勉強に力を入れなければと思うヴィオランテであった。
「なんだよ。一丁前に怒ったのか?」
「ワタシハリキューニスム。ヒトリ。ニンゲン、イナイ。ヒトリ。モラウ、ゴハン。パン〝これくらい〟、ヤサイスープ、チーズ一個、ヨーグルト。オワリ。ワタシノ服、ナイ。カーテン。〝ちょきちょき〟〝ちくちく〟。ワタシハツクル。鳥、〝弓〟トル。ピュン!グサ!〝ザクザク〟。食べる。四歳カラ、ヒトリ。ヴィオランテ、ワタシハトシ?」
「殿下は十四歳におなりです。」
まさか自分の年齢すら知らないとは。そう。エリザベッタは父王やヴィオランテの言葉をまだきちんと正確に理解していなかった。結婚しろと言われたので「もう結婚出来る歳になってたんだな」としか思っていなかったのだ。よって、月日を数えることを忘れたエリザベッタは自分の年齢を知らなかった。
「十四!?」
何故本人が一番驚いているのか。この王女はどんな生活をして来たのか。女官たちによる悪事は未だ公表されていない。厳罰に処されてはいるが秘密裏に行われている。王妃も蟄居を命ぜられてはいるものの、病気療養の為と言われている。表立った出来事と言えば、ムゲット公爵家に全ての罪をなすりつけ、当主の交代が行われたくらいだ。王宮にスキャンダルは存在しない。そういう体面を保たなければならないのだ。
「ワタシハシアワセ?」
ボディランゲージと擬音を織り交ぜながら説明されたエリザベッタの生活をチェレステに視線を向けられたヴィオランテが補足する。どうやらこの二人にすら教えられてなかったようだ。
「畏れながら申し上げます。エリザベッタ殿下は四歳から現在まで、女官どころか使用人もいないままお一人で暮されておりました。衣服の支給もなく、知恵を働かせて裁縫道具でご自身の成長に合わせたお召し物を縫われておられました。食事は下男下女に与えられるパンとスープ、チーズ一欠片、ヨーグルトで毎日二食、しかも冷えた食事です。その為、殿下はどうやらご自身で鳥を狩ったり魚を捕まえたり、食材庫に残された食料をご自身で調理することでこれまで命を繋いで来られました。お言葉が不自由なのは知能に問題があるからではなく、この十年間、誰とも会話をして来なかったからでございます。それが離宮でぬくぬくとお過ごしになっていたことになるのであればわたくしからはこれ以上申し上げることはございません。」
そう告げると、英雄ランベルトは話を飲み込めなかったのか、待っていても謝罪の言葉はなかった。チェレステも〝魔の色を持つ不遇の妾腹〟という認識でしかなかったので、冷遇されていた知的障害と弱視のある不憫な妹、と思っていた。
不敬にも大袈裟に嘆息したヴィオランテは「もう結構です」と言って、茶会の場からエリザベッタを連れ出したのであった。
馬鹿にされ、罵倒され、謝罪もない。こんなところにいたくないとエリザベッタが考えるのは当然の帰結であった。
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