眼帯姫の周りは女傑が多い
ヴィオランテが淹れた茶を飲み、皆で一息つく。雑談を交えつつ、持参した軽食を魔王に進めると咽び泣きながら食べ尽くした。曰く、まともな食事は半年ぶりだそうだ。なんだか可哀想になって来る。
しかし、急にピタリと食事の手を止めた。ちなみに自分の分はとうに食べ終え、今はチェレステとエリザベッタから譲られた分のサンドイッチを頬張っている。チェレステも扉へと視線をやる。
「誰か来たみたいね。」
「ぶひふぉふぉっはほほほほほはふふ……。」
(まさか……?)
「ちょ、貴方がた!神聖な神殿で何をなさっているのです!?いかような理由があっても帯剣は不可ですよ!?」
チェレステの上司の秘書のような役割をしている神官の驚きの声が上がった。続いて騎士の怒鳴り声だ。しかも聞き覚えのある声ばかり。
「今は緊急事態だ!」
「そこを通してもらおう!」
「殿下がた!ご無事ですか!?」
「三バカが来たのね……。」
「何事ですか、騒々しい。」
チェレステの上司である神官の声も扉の向こうから聞こえて来た。チェレステは盛大にため息をついた。運がいいのか悪いのか。彼がいれば少しは時間が稼げるだろうけれど、話がややこしくなる可能性も高い。
「足音は三じゃ済みませんけど……もしかしなくても騎士ですか?」
「そうみたい。神殿の中は武器持ち込み不可なのに。はあ、まったく。」
尾行は撒いて来たのに……と魔王は頭を抱えた。彼の行動パターンから行き先をしらみつぶしに探したのかもしれない。尾行を撒くこと自体、不自然な行為だ。素人ならそもそも尾行に気付かないのだから。
外では他の神官も出て来て言い争いは続いている。神殿内は日本で言う大使館と同じく、この国の法の外である。掟破りの突入だった。
「に、逃げた方がいいんでしょうか?」
「逃げてもいいけど、ここは堂々と行きましょ。どうせ騎士団の独断だし。そこは罰としてお父様に責任を取ってもらおうかしらね。」
父王は魔王がこの国に潜伏していることを知らぬはずだが、何をどうやって責任を取るのか。エリザベッタは思ったが口には出さなかった。
「出て来るわ。」
「お姉さま!」
「チェレステ殿下!」
「大丈夫よ、エリザベッタ。クワンさん。貴方のアパートもバレてることだし、このまま王宮に正面から堂々と入りましょう。」
「うえ!?ぐ!?」
サンドイッチが気管に入り魔王はえづいている。流し込んだお茶でも咽せたので相当動揺しているようだ。
「ほ、本気ですか!?」
「本気よ。貴方は祓うべき魔の者ではなく、和平交渉をする魔界の使者。騎士団に拘束させないわ。」
「で、殿下……!」
(お姉さま漢らしい!)
(かっこいい!惚れる!)
エリザベッタと魔王はちょっとだけ似てるのかもしれない。
とはいえ、チェレステも必ず勝ち目があるとは思っていない。ここは他の権力も借りたいところ。
(この後会わせるつもりでいたけど、師匠と神殿長には事前に報告しておけば良かったわね。)
扉の向こう側で騎士の対応をして何とか押し留めている頭の固い上司を説得するのが面倒で後回しにしていたのがまずかった。恐らくチェレステの指定した時間に彼女の部屋へやって来たタイミングで騎士もやって来たのだろう。チェレステは偶然を与えてくれた神に感謝した。
ヴィオランテにひとつ目配せすれば小さく頷き返す。女官長のヴィオランテの力はその立場の名前よりも大きい。なんせ国王の乳母なのだから。
チェレステが大きく深呼吸し終わるとヴィオランテが扉を開け、二人は回廊へと出た。中が見えないように扉をすぐに閉めるヴィオランテの心遣いにチェレステは感謝した。
「騒がしいわね。ここは神聖なる神殿よ。貴方たちは下がりなさい。」
どうやら騎士は三バカだけではなかったようだ。変装した騎士も多い。
(つけられてたか。撒いて来たとは言っていたけど。)
「殿下、こちらに魔王と目される男が来ているはずです。神殿内を捜査致します。ご協力を。」
「何度も申し上げましたがそれは結構です。神殿内は不可侵。そのようなことであれば我々の手で行います。即刻退去なさいませ。でなければ聖教本部より正式にチェレステ王国へと抗議を申し立て致します。国王陛下は敬虔な信徒であらせられる。このような蛮行、陛下はご存知なのですか?全くもって度し難い。」
上司の嫌味が炸裂する。父王が敬虔なる信徒であるかは別として、困ったときは神頼みという傾向は確かにある。上層部しか知らないことだが、エリザベッタが生まれたときに魔の色を祓うため、神官の派遣を要請した。結局、何も手立てがなく、また問題もなく、エリザベッタはそのまま育てられることになったが。それが分かると即座に訳の分からぬ忌み児は殺せと命じた父王を倫理に反すると止めたのはこの男であった。エリザベッタの第一の命の恩人である。
実際には、国王は神殿がのさばることを良しとしておらず、チェレステの所属で対立関係にはあるのだが、神々そのものへの信仰は失っていない。ただ神官のことを聖職者気取りの俗物だと考えている。
チェレステの上司で師である神官長アルフォンソは、王国出身者であり、実のところ元公爵令息である。神殿長は癒着を防ぐために他国の者という決まりがあり、それは聖力の強さだけではなく聖教内のコネと元の身分と事務能力と世渡りの上手さで決まる。そういう決まりがあるわけではないが、そうなっている。神官長アルフォンソは他国で神殿長になっていてもおかしくないが、高潔な人物過ぎるが故上層部にウケが悪く、生まれである王国に於て、その元の身分を国王曰く俗物である神殿長が上手く使うことでこの神殿は成り立っていた。
「お父様はご存知ないはずよ。宰相と騎士団長で情報を止めているのだもの。まあ、イヤだわ。我が国が誇る王国騎士団がこんな野蛮だなんて。」
「お前なっ、」
「クリザンテーモ卿。旅の間も幾度も申し上げましたが彼女はこの国の王女。それ相応の敬意を持って接しなさい。」
ぐっ、と言葉に詰まりランベルトは顔を背けた。堅物神官長はその出自も相俟って英雄の最も苦手とする人物である。
「大変申し訳ありません。ですが、そちらも魔王の王都潜伏の情報はお持ちなのでしょう?どうか、何卒ご理解を。」
ウンベルトがしたり顔で宣うがアルフォンソは意にも返さず一言「お引き取りを。」と告げるのみである。
「殿下ぁ、本当に何にもご存知ないんですか?」
「知ってるわよ。わたくしと待ち合わせをしていたのだもの。これから神官長とも面談をする予定よ。後で王宮に連れて行くわ。犯罪者ではなく、魔界よりの使者としてね。」
騒めく騎士を無視してチェレステは自分の女官に声をかけた。しかし、視界の端に映る表情を少しも崩さないアルフォンソにはチェレステも脱帽である。師匠は聖女の師匠でありながら、王族としての師匠でもあった。父より少し下の世代だが、優秀さ故に彼を王位にと還俗を望む勢力がいたとも聞く。まあ、彼も彼で清濁併せ呑むが苦手なので国王には向かないとチェレステは考えているのだが。
「貴女たち。わたくしはヴィオランテと共に戻りますから、先にお客様を受け入れ出来るように整えてちょうだい。いいわね。」
「ですが……。」
「問題ございません。わたくしが彼の方の為人を見極めさせていただきました。殿下の仰る通りにお戻りなさい。宿泊なさるかもしれませんから、客間も整えておくように。」
「承りました。」
「お召し物の準備はいかがなさいましょう。」
「着の身着のまま逃げていらしたそうだから、帰りがてら既製品で構わないので何点か見繕っておきなさい。後日、仕立てをお願いしてくるように。日程はこちらから連絡すると伝えなさい。」
「かしこまりました。」
有能女官はパッと見て相手の大まかなサイズを把握している。彼女たちは護衛としても女官としても大変優秀なのである。
すっかりとおいてけぼりになった騎士たちは女性陣の胆力に唖然としたまま、足早に去る女官たちの後ろ姿を見送るしかなかった。




