眼帯姫は魔界に行ってみたい
「エリザベッタは無事なのかよっ!」
「無事よ。いいからさっさと戻りなさいよ。」
「殿下。話し合いに我々も同席を」
「お断りするわ。あら、なあに?副団長まで出張って来てたのね。師匠、彼の話を聞いて頂きたいので神殿長にお時間を取っていただくこと出来るかしら?」
「本日早朝、本部にて緊急会合のため旅立たれておりますよ。」
「あら、何かあった?」
「魔王の居城周辺にて眷属が人に紛れて生活しているのが発覚しました。その内の一体を拘束し尋問したところ、各国に間者を潜り込ませているということでしたので、その件でしょうね。」
「神聖結界の中に入り込んだということ?」
「そのようです。眷属は前例にないほど魔の力を有しており聖者聖女百人がかりでようやく拘束に至ったとのことです。尋問で自白というより、あちらから話を持ちかけられての交渉というようなことでしたが。」
「彼らは魔王を探してる……ってことよね。」
「恐らくは。魔王探しの依頼でしょうね。」
チェレステがせっせと作っていた王国の神聖結界は他国のものより高性能だ。チェレステ曰く凡百の聖者や聖女の作る結界はその力を凌駕する魔の者を弾けず、また反応もしない。反作用を利用して中和され、穴を開けられる。チェレステの神聖結界はまず殆どの魔の者を弾き、また警告機能も付いている。両者に共通するデメリットは、指定した結界の範囲内に既にいる強き魔の者に対しては効果がないことくらいか。一応、チェレステの物に限って言えば多少の弱体化は出来る。弱い眷属ならば消滅するだろうが、魔王に効果はないことは彼の様子を見ても明白である。
「厄介ね。やっぱり先に話をしておけば良かった。」
「だからいつも申し上げておりますでしょう。報告・連絡・相談を怠ってはなりませんと。」
「悪かったわよ!ねえ、貴方たち、いつまでこの神聖な神殿に居座る気?本部からの通告をされたくなければ今すぐに回れ右して帰りなさい!!」
遅れて来た副団長は滞在時間五分ですごすごと退却することになった。ゴネるランベルトの首根っこを掴んで引きずり出した。それでも神殿周りの警備は怠らない。何かあれば再び突入すると命を下したのであった。
本部通告されたら聖者聖女を引き上げられる。チェレステがいる内はいいが、そもそも彼女のような一人で何百何千の聖者や聖女の代わりを出来る者が現れるのは奇跡なのだ。本日の騎士団の愚行は後世に悪名を残しかねないもの。親族が石持て打たれても文句は言えないのだ。
「どうなると思う?」
「皆目わからん。」
「チェレステ殿下が顔に絆されたに一口。」
「オレも一口。」
「私も一口入れておこうかな。」
「僕もそれに一口で。」
一口千チェロ。要は日本円にして一千円なのだが、皆同じ方に賭けてしまっている。騎士団内の風紀を取り締まるべき副団長は呆れて言い放った。
「賭けにならんな。」
「じゃあ、副団長が別口に賭けてくださいよ。」
ウンベルトの言葉に副団長は考える。この賭けは死地に赴くときに出る王国騎士団の伝統だ。ルールとして、一口千チェロ、参加者五人以上、平時にはしないなどがあるが、最も不名誉なルールは、賭けに負けた場合、勝者は遺族に対しても金を請求できるというところだ。そんな恥ずかしい真似はされたくないので、死ぬ気で頑張って生きて帰る。その為の願掛けである。
この賭けが部下たちの口に上ったということは、彼らは死を覚悟しているということだ。己も通った道である。説教よりも乗ってやった方がいいだろう。
「そうだな……。第一次討伐でお互い一目惚れして恋に落ちたに百だ。」
「マジっすか。」
「副団長太っ腹!」
どうせ皆死ぬのだ。そう思えば、全財産賭けたとて問題はない。しかし、神殿内で聞いたチェレステの発言とアルフォンソとの会話は気になる。魔王は魔界よりの使者。眷属が魔王を探して神殿と交渉の場を求めた。何よりあのヴィオランテが魔王に対して好意的な発言を述べている。
(勝ったな。)
副団長は心内でほくそ笑む。空を見上げればチェレステ王国に相応しい青空だ。
(平和的解決が出来るのならば、それが一番だ。)
先進的な考えを持つ副団長なのであった。
一方、神殿内では。
「では、今まで先見と称していたのは前世の知識だったのですね?」
「そうなのよ、師匠せんせい!」
「何故それをもっと早く開示しなかったのですか。」
「だって信じてもらえるわけないじゃない。特に神殿長とか。」
「せめて指導員である私には打ち明けるべきでした。全く。報告・連絡・相談がなっていない。」
(何でお説教になるのよ!?)
チェレステはアルフォンソに説教されていた。魔王は居心地が悪そうにもぞもぞしている。
(これが魔王か……。)
こんな気弱そうな青年が魔王に祀り上げられていたとは、アルフォンソにとっても想定外だった。
「それで。そちらの希望としては?」
「あ、その、ですね。聖力がある程度強い女性に魔界へ移住して頂きたくて……。」
「無理ですね。あと、交渉相手が間違っています。それでしたらこの国ではなく神殿本部へお越しになるべきでした。」
神殿本部は大陸内部、湖沼地帯にある。聖国を名乗り、宗教国家として小さいながらも成り立っている。トップは聖皇。初代聖皇は神に認められた者として神託を受けることが出来たという。聖者と聖女は生涯独身でいるか、聖国に籍を移して聖者は聖女と、聖女は聖者と結婚するかのどちらかになる。聖力は遺伝しやすいということらしく、聖魔法行使者の囲い込みの為の施策である。
「それでも伺った人数は確保出来ません。そもそも手放すわけがない。歴代の魔王の蛮行により、遺恨は深いままです。」
「ですよね……。だからこそ、力ずくで奪って来いが魔界の掟なんですけどね……。」
項垂れる魔王にアルフォンソも同情する。彼の精神は前世に準拠しているようなので、恐らく自分たち人間に感覚が近いのだろう。魔王に攫われた聖女は歴史上両手で数えて僅かに指が余る。嫁にするためだったのかとアルフォンソは納得した。
「クワンさん。貴方はどうなさりたいのです?」
「あ、えと、奥さんは、欲しい、です。あの、その、でも、無理強いは、したくない、です。幸せな家庭が、欲しいので。」
チラチラと視線がチェレステに行っているのだが、本人は自覚があるのだろうか。彼の提案は悪くない。不可侵条約というのは大きい。ただ、その為に人身御供としてこちらから聖女を提供しなければならないのは痛い。今代、いや、歴代最強聖女のチェレステを奪われるのは大きな痛手となるだろう。
そのチェレステはというと、魔王と目が合う度に頬を染めて露骨に挙動不審になっている。アルフォンソは頭が痛くなった。これはきちんと交渉して周囲を説得しなければ、鉄砲玉娘はいずれ単身魔界へ乗り込むだろう。
それに時空の歪みとやらの固定が済んでいるのは問題だ。あちらからの侵略がいつでも可能になったということなのだから。
「聖力を持つ者であれば魔界への往復は可能なのですか?」
「あ、はい。神官長くらいの聖力をお持ちであれば、魔界に来られても問題ないと思います。あとは……エリザベッタ殿下ですね。魔力量が魔族に匹敵するので、魔界で生活しても中毒症にはならないと思います。」
「マカイ行ける!?」
エリザベッタの不安はチェレステと二度と会えなくなることだった。それならいつでも会いに行けると魔王の言葉に喜ぶエリザベッタなのであった。
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