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第144話 激変



「どっこいしょっと」


 おっさん……いや、おばさん(?)臭い掛け声がつい出てしまう。

 授業を終え全速力で帰宅した俺は、妹との会話もそこそこに部屋へ戻り、ようやくベッドに横たわったところなのである。

 春乃はキーキー喚いていたが、こちとら急いでいるのだ。埋め合わせは後でまとめてするしかあるまい。 やれやれ、これでまた出費がかさむ。クリスマスに向けて節約したいのに。


 さて、昨夜の打ち合わせでは、夕方にログインできる者として俺とヒナ、そして何故かシーナさんが名乗りを上げていた。今日はこの三名で他のパーティーメンバーが戻るまでの間、クレオイベント(俺命名)を進めるつもりなのだ。

 しかし俺やヒナは高校生だからともかく、シーナさんが普段何をしている人なのか気になるが、現実リアルの詮索をしないのもネトゲのマナーなので聞くに聞けず歯がゆい。


 うん、大人に見えるけどシーナさんだってまだ学生かもしれないもんな。だったら夕方にゲームをしてたっておかしくないよね。

 キンさんも『暇な大学時代に【OSO】を思い切りプレイしたかったよ……』とか言っちゃうくらいだし、時間はあるんだろうさ。

 ……ところでキンさんは何しに大学へ行ってたんだ……? 遊ぶためか?

 まぁいいや。そんなことよりログインログイン。

 クレオは待ちわびてるかな……泣いてなきゃいいけど。


 ニヤつく栗毛サングラスを脳裏から追い出し、今度はクレオの泣きべそ顔を思い浮かべつつ、ヘッドセットを被ってスイッチオン。

 いつものようにログイン画面を経て暗転。

 焦らすようなしばしのローディング


 明るくなって視界が開ければ、そこは見慣れたVR世界の風景────


「……へ?」


 ────ではなかった。



 ゴォオオオオオオ


「ギャアアアア」

「うわーん! うわーん!」

「ここはもうダメだ!」


 メキメキバキバキ


「崩れるぞ! 早く逃げろおお!」

「お母さーん!」

「諦めるな! 走れ走れ!」


 怒号と悲鳴。

 焼け落ちる建物、崩れ去る建物。

 そして逃げ惑う人々。


「な……なんだよこれ……? 冗談でしょ……?」


 次々目に飛び込んでくる光景が情報として理解できず、呆然と呟く俺。

 むしろ信じがたいがゆえに出た言葉だ。

 昨日ログアウトしたのは宮殿の表門あたりだった。

 これは再ログインの際、いきなり宮殿内に現れて不審者扱いされるのを避けるための措置であったのだが。


 じゃあ、つまり……あのボロボロになった建物が宮殿……?

 ギャップが激しすぎるだろ……


「アキきゅん! いったいどうなってるんですか!?」

「これはまた面妖な……何事でございましょうか」


 ログインしてきたヒナとシーナさんもこの光景に驚き、慌てて駆け寄ってきた。

 良かった。二人にも同じ物が見えているなら、俺の頭がおかしくなったわけではなさそうだ。

 つまり、これは今まさに起こっている出来事なのであった。


「わかんないよ。わたしも今来たばかりだもん」

「そ、そうですよね」

「まるで別のゲームに入り込んだような心地でございます」


 ヒナはともかく、シーナさんはこんな時でも無表情で、ちっとも驚いているようには見えない。

 愉快な人であるが、お陰で俺も多少は落ち着いてきた。冷静になれば自然と頭も回るものだ。


「ヒナ、シーナさん。二人でNPCを安全な場所に誘導してくれる?」

「えっ? アキきゅんはどうするんです?」

「わたしはクレオを探してくる」

「わ、わかりました! でも気を付けてくださいね!」

「承知いたしました。ご随意に」


 二人の声を背に受けながら俺は走り出した。

 ガラガラと瓦解を続ける宮殿に向かって。


 クレオ!

 無事でいてくれ!

 クソッ、こんなことなら学校をサボってでもクレオのそばに居てあげるんだった!


 それにしても、こりゃ時限式のイベントなのか?

 この街に来ているプレイヤーなんて俺たちくらいのはず。なのにイベントが勝手に進行するなんて……運営はバカなの?

 誰もログイン出来なかったらどうすんのこれ。

 ってか、街の荒らされ具合からして、何か強大なモンスターでも暴れたのかな。

 ……まさか邪神……?

 いやいや、考えるのは後! まずはクレオを見つけないと!


 あ、待て待て。念のためハカセたちにメールを送っておこう。概要だけでも伝えておかなきゃ。

 うーん……しゃーない、キンさんにも送っておくか。仕事中で役に立たないと思うけど一応ね。【OSO】にインしてなくてもメールはスマホとかPCに届くみたいだし。

 言っとかないと後でスネるめんどくさい人だからさ。


 散乱する瓦礫を避け、宮殿内に飛び込む。

 しかしあちこちがまだ燃えていたり崩れた建材に行く手を阻まれたりした。

 それでも隙間を見つけては奥へ奥へと進む。小さい幼女だからこその芸当である。


 あれ?

 人の気配がしないな。

 要人が集まる宮殿だし、もうみんな避難したのかも。

 ま、いいや。一番奥まで見てから戻ろっと。

 それにしてもそこら中ボロボロだなぁ。

 立派な建物なのに勿体ねぇー。

 おっ、可愛い部屋ー。もしかしてクレオの部屋かな?

 ……誰もいないみたいだけど。

 やっぱりクレオは女王だから、真っ先に避難させられたと考えるほうが自然か。

 そりゃそうだ、国のトップを最優先で守るのは当然だもんな。

 うむ、やはり玉座の間っぽいところも無人だ。


 これで大体は見て回ったはずだけど、誰にも会わなかった。つまり宮殿内の避難は完全に済んだと考えるべきだろう。

 厄介なのは地下に逃げ込んでいる場合だが、ここまでの道中にそれらしき階段は見かけていない。

 仮に隠し階段があるとしても、その周囲は瓦礫に埋もれていないなど、何らかのヒントがあるはずだ。そうでなければプレイヤーが発見できず、イベント進行が不可になってしまう。

 つまり、この宮殿内にクレオがいる確率はほぼなくなったわけだ。


 うーん。我ながらゲーム脳。

 よし。

 いったんヒナたちのところに戻ろう。


 そう決心した時、視界の隅でメール受信のアイコンが明滅した。

 差出人はヒナである。まるで俺の心を読んだかのようなタイミングに、思わず笑みがこぼれた。


 ────が、メールの本文によって、それはすぐに掻き消えた。



『アキきゅん! クレオちゃんが大変なんです! すぐに来てください!』







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― 新着の感想 ―
[一言] びっくりなんてもんじゃないな
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