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第110話 再会



 開けた空洞に出た途端、俺たちの前に現れたのはバカみたいにデカい中世風で無駄に立派な館。


 縦横たてよこ数十メートルに及ぶ高さと思われる威容ながら、建物の造りで言えば驚くことにたったの2階建てであった。

 だとすれば、(これ)の住人は一体どれだけの巨人だと言うのか。


 そもそも、こんな地底にこんなわけのわからん巨大な屋敷が建っているのも奇っ怪ではある。

 しかし、本当の怪奇は今まさにこの瞬間発現したのだ。


「おいおいおい……」

「な……なんです……あれ……」

「ふえっ!? アキさん、ヒナさん、なにが起こっていると言うのです!? 求む説明! あっ、もし内臓のお話ならやめてください!」


 って、ツナ姉さんまだ目ェ閉じてたの!?

 もうグチョグチョの臓腑洞窟は終わったんですけど!?


 俺の背中で騒ぐツナの缶詰さんであったが、ぶっちゃけ丁寧に応対してあげられるほど余裕はなく、心でツッコミを入れるのが精一杯であった。


 なぜならば、眼前のバカデカい建物が突如うにょうにょとその(なり)を変え始めたのだから。

 まるで不定形の生物、スライムであるかのように。 


 モンスター……じゃないみたいだな。

 てことはモーフィング、か?

 それにしたって大掛かりな……

 てか、どうせ形を変えるなら建物じゃなくても良かったんじゃね?

 なんでわざわざ無駄にデケェ屋敷の姿をしてたんだよ。

 いや、それよりコイツは何に(・・)変わる気だ?


 うねうねと蠢く流動性を持った、先ほどまでは城のような屋敷のような館であった物体を眺めながら首を傾げた時、背後の臓物洞窟から迫る多人数の足音が聞こえてきた。

 多分、というか、当然あの集落にいたNPC連中だろう。


 俺はヒナのスカートをチョイチョイと引っ張り、人差し指を立てて『シーッ』とジェスチャーしてから大空洞の壁沿いに移動を開始。

 勿論、ツナの缶詰さんは背負ったままだが、彼女も『シーッ』が聞こえたことで俺の意図を察したらしく、やっと大人しい良い子になってくれた。


 例のねっちょりした臓器まみれの洞窟からある程度離れ、この闇に乗じて壁にぴったりと張り付いていればNPCに見つかる恐れは激減する。

 俺たち(プレイヤー)には夕暮れくらいの明るさでも、彼らにとっては真の闇に近いはずなのだ。

 現にヤツらはカンテラや松明を持ち込んでいる。

 これは俺の推測が間違っていない証拠だろう。


 そんなNPCたちが大空洞に到達し、そこで繰り広げられている異様な光景に驚きの声を上げた。


「おお……! エーリューズニルが……!」


 ────驚愕では非ず、感嘆を。


「!?」

「!!」

「!!!」


 そしてそのNPCが発した単語に驚愕したのは俺たちのほうだった。

 思わず叫びそうになる口を手で押さえつけなければならないほどに。


 正直言って北欧神話の細かい部分はうろ覚えだし、普段あまり耳にすることのない単語だが、これまでにプレイしたゲームの中でも印象的なシーンなどは、どれだけ時が経っても意外と忘れないものだったりする。

 そして世界中に存在する多種多様な神話は最もゲームに取り入れられやすいモチーフと言えるだろう。

 だからこそ、その名称を覚えていた。


 でも、それをこれ見よがしに言うと『さすがアキきゅん! ゲームのことだけ(・・)は記憶力がいいですね!』とかヒナに嘲笑われそうだな。


 いや、それどころじゃねぇ!

 エーリューズニルっつったら……


「アキきゅん! あれ、見てください!」


 小声で叫ぶと言う妙技と共に、俺の自慢であるぷにぷにほっぺをツンツンするヒナ。

 明らかに幼女の柔らかな頬を触りたいだけの行動だろう。

 と思いきや、それだけが目的ではなかったようだ。


 最早様々な色彩の入り乱れた意味不明な物体と化す館の前に、数人の巨漢NPCが何処いずこからともなくでてきたのだ。

 それを他のNPCが取り囲んでなにやらしきりに称賛している雰囲気。


 しかし刮目すべきは突然湧いたほうのガチムチNPCたちだった。

 

「……あいつら! キンさんをさらった……もごっ!」

「シーッ! 声が大きいですって! アキきゅんはアホなんですか!」

「もがごご」

「なんです?」

「もごもも」

「え? なんて?」

「ぷはっ! コントかっ!」


 口を手で塞がれちゃまともに喋ることが出来るはずもないだろ!

 アホヒナめ!


 しかしなんだってマッチョ(あいつら)だけが現れたんだ?

 肝心のキンさんはどこに……?


 NPCたちのガヤガヤドヤドヤした声を聴きながら沈思黙考に陥りかけた時、コツンと何かが頭に当たった。

 初めは気のせいかと思ったが、徐々に回数と命中時の痛みが増していった。

 どうやらそれは何者かが放った石礫いしつぶてだったようだ。

 しかも小石の大きさが段々大きくなり、『コツン』が次第に『ゴツン』へと変わる。


「いてっ……いてて……いてぇ! 誰だコラァ!?」


 とうとう頭にきた俺は、獲物を探す猛禽類の如き眼光で周囲を見渡した。

 すると、俺たちとは反対側の壁沿い、つまりネチョネチョ洞窟を挟んだ向こう側に奇妙な踊りをしている人影が見えたのである。


 どこのバカだ!?

 出てきやがれ!

 ナシつけてやらぁ!

 ……んぉ?

 あれって……!


「ど、どうしたんですか急に。私、なにもしてませんよ?」


 いや、ヒナは今も俺のほっぺを絶賛ツンツン中ですよね?

 どの口でほざいてんの?


「アキきゅん、言葉遣いもなんだかひどくなってません?」

「うぉっと、すまん……いえ、ごめんなさい……それよりもさ。あっち、見てみ?」

「え? ……あっ!」

「なんです!? またなにか出たのですか!? 内臓はもう結構です!」


 どうやらヒナにも見えたらしい。

 あと、ツナ姉さんはそろそろ目を開けてくれませんかね?


 人影はふたつ。

 大きいのと小さいの。

 どちらも踊っている。


 大きいほうは真っ赤な変態鎧ビキニアーマーに身を包み、小さいほうは妖精みたいな緑色のワンピース姿。


「お~い! 父上~! あたしだよ~!」

「こりゃ! NPC(ヤツら)に気付かれるじゃろ! もっと静かにアピールせんか! お主はガサツすぎるのじゃ! 全く、誰に似たのかのぅ!」

「んなもん父上に言ってくれよ! あたしのせいじゃない~!」


 待て待て。

 俺のせいでもねぇよ。

 運営チームと【OSO】の開発者に言ってくれ。


 途切れ途切れに届く声が例え聞こえなかったとしても、それが誰だかひと目でわかるほどの猛アピールぶりに、思わず笑ってしまう俺とヒナ。

 あれほど自己主張の激しいNPCが、かつてのゲームに居ただろうか。



 なにはともあれ、だいぶ紆余曲折を経たもののようやく再会出来たようだ。



 我が娘(?)モードレッドと、【湖の乙女】ヴィヴィアンさんに。





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