第111話 三十六計
「良かった! 無事で!」
「やっと見つけましたよ!」
「お怪我などありませんか?」
「父上ー! 会いたかったよぉぉー! んちゅ~~!」
「お主ら、よくぞここまで追って来てくれたのじゃ!」
「あれ? ところでマーリンさんはどこです?」
「んん゛~~! ちちうえぇ~……! はぁん、あふん」
「我々のほうはキンさんが攫われてしまい……」
「取り敢えずあいつらからもうちょっと離れたほうがよくね? って、うわっ! 舐め回さないでモーちゃん!」
「こちらも似たような状況でのぅ」
「あっ! こら! アキきゅんにくっつきすぎですよ!」
「ちょっと待てぇぇ! いっぺんに喋るないっぺんに!」
再会の喜びもあるからだろうが、集まれば毎度ぐだぐだになる俺たち。
幸い向こうのNPC連中も大盛り上がりなようで、こちらのバカ騒ぎには気付いていないご様子。
今のうちに、と壁沿いを闇の深いほうへ移動した。
位置的にはヤツらが『エーリューズニル』と呼んだ、元巨大館、現キモ流動体の真横にあたる。
ここならあのキモ物体もNPCの様子も手に取るように見渡せるのだ。
そこで連中から目を離さず、手早くお互いの情報交換と共有を図る。
……つもりだった。
ヴィヴィアンさんが懸命に説明するのだが、いちいち茶々を入れてくるモードレッドちゃんに一同から苦笑が漏れる。
どちらも我が強いくせに結構いいコンビなので放っておこう。
勿論、あまりに度が過ぎれば父親(?)として叱るつもりだ。
むしろもう叱りてぇ。
ヒナなんてとっくに怒ってるしな。
だって、見てくれよこれ。
「はぁはぁ……! ちちうえ゛ぇ゛ぇ゛! はぁはぁ……!」
「ふんぎぎぎ……アキきゅんから離れなさいっての……! アキきゅんは私のですよ……んぎぎぎ……すごい力! 全然引き剥がせないです!」
STR1なヒナの力じゃどの道無理だろうが、モーちゃんに全力で絡みつかれる俺も、いい加減辟易してきたぞ。
まぁ、多少ガサツだが美少女のモーちゃんに好かれること自体は悪い気もしないんだけどさ。
ってか、なんでこの子はこんなに俺……いや、父親好き好きっ娘なの?
伝説では最終的に親父と闘うんじゃなかったのかねきみは。
反骨精神はどこに置いてきんだよ。
言っとくけど幼女と少女の百合にしか見えないからな?
それはさておき、頭脳派のヒナがモードレッドちゃんにかまけている以上、ヴィヴィアンさんの話をまともに聞けるのは俺とツナの缶詰さんだけだ。
モードレッドちゃんに乗っ取られる形で俺の背を降りたツナの缶詰さんがようやく開眼に至ったのはある意味で僥倖だった。
彼女の戦力はあてになる。
「……モードレッドは幼児退行でもしておるのかの? ……まぁ良い。それでじゃな、わらわたちの経緯なのじゃが……」
痴態を晒すモードレッドちゃんを見ながら諦めたように首を振るヴィヴィアンさん。
気を取り直した彼女がこれまでを語ってくれた。
概要としてはこうだ。
ファトスの街にて円卓の騎士であり、【湖の騎士】の名を持つランスロットらしき人物の情報を得たヴィヴィアンさん一行。
それを基に南へ向かい、とある村にてあのガチムチNPCたちがなにやら仕入れに来ていたところに遭遇した。
その時、ヤツらの邪神に関する会話を耳にしたと言う。
ヴィヴィアンさんとマーリンさんは相談し、モードレッドちゃんに手紙を書かせて俺へ送ったあと、NPCたちを追跡する。
行き着いた先は例の廃村寸前な集落だった。
となればもうお察しの通り、男がいると知ったガチムチNPCたちは、マーリンさんを問答無用で攫ったのだ。
そう、キンさんと同じように。
つまり俺たちはヴィヴィアンさん一行と全く同じ轍を踏んでしまったわけだ。
なんとまぁ間抜けにもほどがあることか。
そこからのヴィヴィアンさんとモードレッドちゃんの行動も俺たちとほぼ変わらない。
マーリンさんを追ってニヴルヘイムに辿り着き、あの臓器まみれの洞窟を抜けてここへ至ったのだ。
ただ、違うのは『エーリューズニル』がずっと建物のままだったと言う点だろう。
あまりに巨大な建造物ゆえに攻め手が見つからず手をこまねいていた時、キンさんが運び込まれるのを目撃した。
黙って歯噛みするしかなく、二人が困り果てていると、そこへ俺たちが現れたのである。
「……のぅ、アキよ。お主ならもうアレの正体がわかっておるのじゃろ?」
説明を終えたヴィヴィアンさんが、親指で背後のキモ流動体を示しつつ核心を突く一言を放つ。
俺はツナの缶詰さんと、モードレッドちゃんにヘッドロックをかましているヒナに目配せしてから三人揃って頷いた。
死者の国を意味するニヴルヘイム。
その女王が住むとされる館、エーリューズニル。
どちらも北欧神話において忌むべき存在。
もう答えなんて、ひとつしかねぇよな。
ウォォォオオオオォォォ
俺が口を開きかけたその時、背後から大歓声が巻き起こった。
NPCたちが一斉にどよめいたのだ。
そして口々に────
「おぉ! ヘルさまが!」
「ヘルさま!!」
「ヘルさまだ!!」
「あぁ! 麗しや!!」
「女王さま!!」
────その忌まわしき名を呼ばわった。
「あれが邪神ヘルか……!」
見れば流動体は跡形もなく消え去り、その場には一脚の豪奢な玉座と優雅に足を組んで座る女が。
そしてその足元には縛り上げられた二人の男性。
「キンさんとマーリンさんですよあれ!」
「しかもご丁寧に亀甲縛りかよ!? これはひどい!」
「ですが二人とも無事な様子とお見受けいたします」
「み、見えねぇよぉ……ひぃ~ん、あたしにも見させてぇ」
「中身が無事かはわからぬがのぅ」
ヴィヴィアンさんが無駄に不吉なことを言う。
俺はそれを確かめるべくキンさんに手を振った。
NPCには闇に溶け込んだ俺が見えまい。
だがプレイヤーであるキンさんなら……おっ、気付いた!
俺は『大丈夫か?』の意味を込めて親指を立ててみる。
キンさんは後ろ手に縛られているようで、大きな頷きを返してよこした。
おおう。
これで一安心。
あとはどうやって二人を回収するかだ。
ぶっちゃけ俺は邪神ヘルと戦闘する気なんて今はこれっぽっちもない。
そもそもこんな少人数で戦える相手ではないはずだ。
新大陸に現れた邪神アポピスは当時の廃人プレイヤーたちをものともしなかったのだから。
そしてもうひとつ。
邪神復活を告げるワールドメッセージが流れていない。
つまり邪神ヘルは未だ完全な復活を遂げたわけではないと言うことだ。
ならばヘタに刺激せぬほうがいいに決まってる。
俺たちの手で復活なんてさせてみろ。
絶対ハカセに延々と恨み言を聞かされるぞ。
「お前たちィ。よくやったわねェ」
ギチギチと言う音と共に、やたらとテカる革製らしきボンデージ姿のヘルが立ち上がった。
邪神の言葉で沸き立つのはNPCの野郎ども。
驚くべきはヘルの身体。
ナイスバディではあるが、なんと左半身が青く、右半身が赤いのだ!
そして何故か髪色は逆で、左が赤く、右が青髪であった。
キカ○ダーじゃん!!
「お陰で復活の時も近付いてきたわァ! アタクシの『調教ゲージ』を貯めるためにも、更に男どもを攫ってきなさァい!」
ピシャァァァン
鞭の一閃がキンさんとマーリンさんの眼前を叩きつけた。
えぇえ!?
女王さまって、そっちの女王さまなの!?
ってか、『調教ゲージ』ってなんだよ!?
超おっかねぇ!
「ど、どうするんですアキきゅん。私、あんなのと闘いたくありませんよ?」
「わたしだってヤダ!」
「実際問題なにか手を打たねばなりません。このままではキンさんとマーリンさんが」
「はい! はいはい! 父上! あたしにいい考えがありわぷっ」
「お主は黙っとれ! アキに任せておけばよいのじゃ!」
ヘルとの戦闘はもってのほか。
NPCを殺害するわけにもいかない。
ならばこれはもう……
「三十六計……しかないよね」
打ち合わせを完了した俺たちはそれぞれの持ち場についた。
インベントリから聖剣エクスカリバーを引き抜き準備も万端。
後は合図を待つのみ。
「や、やぁやぁ! 我こそはトッププレイヤーが一人! ツ、ツナの缶詰である! 邪神ヘルを討伐に参った!(ア、アキさん! これは新手の羞恥プレイなのですか!?)」
来た。
照れ臭さが見え隠れする前口上だが充分だ。
手筈通り、例の臓器洞窟近くで立ちはだかったのはツナの缶詰さん、ヒナ、そしてモードレッドちゃんである。
しかもご丁寧にカンテラとヒナのファイアウォールで自らを照らしていた。
やたら目立つ三人に、ヘルとNPCの注目が一斉に集まる。
「!! ……あれは……女ァ!? アタクシの聖域に汚らわしい女どもが侵入したと言うのかしらァ!? ここは男の園なのにィィィ!」
途端に激昂する邪神ヘル。
俺がドン引きするほど目を血走らせ。
「この世界に女なんて女王たるアタクシ一人で充分なのよォ! お前たちィ! 嬲り殺しておしまいィ!」
ウオオオオオ!
短絡的だが恐ろしい下知を下した。
ヘルに相当心酔しているのか、NPCの男どもは何の迷いもなく三人に突進していく。
しかしこれは想定外だが想定内!
ヒナたちは野郎どもを充分引きつけ、牽制の魔法をヤツらに当てないよう放ちつつ壁沿いを走りだした。
────こちらへ向かって。
「ヴィヴィアンさん!」
「今じゃ!」
高AGIの俺とヴィヴィアンさんは闇に乗じて一気に飛び出す。
それもヘルの背後から。
「ぬゥ!? こちらにも女がァ!?」
これは当然、ヘルのバックアタックを狙ったものではなく。
「キンさん!」
「マーリン!」
最速で二人の縄を切断するためである。
兵は神速を貴ぶ、だ。
「おりゃあああ!」
カンストSTRにモノを言わせ、気合と共にキンさんとマーリンさんを担ぎ上げた。
そして脱兎の如くヒナたちのほうへ向かう。
「キンさん!」
「りょ!」
これほど短いやり取りでも問題はない。
なぜなら、彼には作戦決行前にメールを送信しておいたのである。
手が縛られ返信は出来ずとも、読むことは可能なのだ。
「【ワープポータル】!」
背の上でキンさんが身振りと共に転移魔法を発動させる。
シュワシュワと現れたポータルに、ヒナ、モードレッドちゃん、ツナの缶詰さんが次々飛び込んでいった。
「逃がしちゃダメよォ! そんなチンクシャ、必ず死体にしなさいィ!」
赤と青の顔色を真紅で染め上げるヘル。
相当おかんむりのご様子。
身軽なヴィヴィアンさんが先にポータルへ入ったのを確認し、俺はヘルに振り返ると────
「はっはっはー! バイバーーイ!」
────邪神を倒せない悔しさと『チンクシャ』呼ばわりされた怒りを乗せ、捨て台詞を置き土産としたのだ。
そしてキンさんとマーリンさんごとポータルに飛び込んだ時、閉じゆく転移魔法の中、ヘルの『キィィィイイ!』と言う屈辱に満ちた絶叫が俺の耳を打ったのである。




