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鳴海楽は努力しない  作者: 悪癖


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第17話 教える側

「鳴海、今日暇?」


昼休み。


相沢が俺の机の横に来た。


「暇」


「即答だな」


「今日の宿題終わったし」


「いつやってんだよ」


「さっき」


数学の授業が予定より早く終わったから、その時間にやった。


相沢は少し嫌そうな顔をする。


「そういうの聞くと、なんか腹立つ」


「なんで?」


「俺、昨日家でやったのに」


「昨日出たんだから普通じゃない?」


「正しいけどムカつくな」


本当に少しだけ腹が立っている。


でも、すぐ消えた。


相沢は俺の前の席へ腰を下ろす。


「放課後、多目的室行こうぜ」


「ダンス?」


「そう。教えるって言っただろ」


覚えている。


前に相沢が踊っているのを見た。


俺も動きを真似した。


見た通りにやったつもりだったけれど、違うと言われた。


足だけではなく、重心と膝。


そこまでは聞いた。


「教えて」


「おう」


相沢は嬉しそうだった。


自分の方が詳しいから得意になっている、というだけではない。


『やっと人に見せながらちゃんと説明できる』


そっちの方が強い。


「何からやるの?」


「それは放課後決める」


「今決めれば?」


「授業始まるだろ」


チャイムが鳴った。


「ほら」


「ほんとだ」


「戻るわ」


相沢が自分の席へ向かう。


次は国語だった。


 

 

 

〓〓〓

 

 

 


放課後、多目的室へ行く。


今日は相沢が先生に使用許可を取っていた。


古いアップライトピアノも、そのまま端にある。


俺がピアノの椅子へ座ろうとすると、


「今日はそっちじゃねえから」


と止められた。


「弾かないの?」


「あとで弾いてもいいけど、今日は鳴海が踊るんだろ」


「そうだった」


鞄を壁際へ置く。


相沢は制服の上着を脱いで、動きやすい格好になる。


俺も上着だけ脱いだ。


「まず」


相沢が俺の前に立つ。


「この前やったやつ」


「これ?」


覚えている動きをそのままやる。


右足。


身体をずらす。


肩。


腕。


最後に少し沈む。


相沢は黙って見ていた。


「どう?」


「やっぱ違う」


「どこ?」


「いっぱい」


「いっぱい?」


「形だけなら合ってんだけどな」


相沢が俺の横に立つ。


「鳴海、一回普通に立って」


立つ。


「もっと力抜いて」


抜く。


「いや、抜きすぎ」


「どっち?」


「そうなるよな」


相沢が笑った。


「えっと、別にぐにゃぐにゃになるわけじゃなくて。動ける状態で立つ」


「動ける状態」


「そう」


相沢が軽く膝を曲げる。


「俺の真似してみ」


同じようにする。


「そこ。鳴海、膝だけ曲げてる」


「相沢も曲げてるよ」


「曲げてるけど、それだけじゃねえんだよ」


相沢は一度立ち直した。


それから、ゆっくり身体を沈める。


今度は動きを細かく見る。


膝だけではない。


腰の位置が変わる。


足の裏で体重が移る。


背中も少し変わる。


頭の位置も動く。


「こう?」


やってみる。


「さっきより近い」


「まだ違う?」


「ちょっと」


相沢が俺の横から見る。


「鳴海、動き自体はすげえ早く覚えるんだけど、全部きれいにやろうとしすぎ」


「きれい?」


「なんつーか、形が正しすぎる」


分からない。


「正しいならいいんじゃない?」


「ダンスだと、正しい形だけじゃ足りないんだよ」


相沢が少し考える。


説明する言葉を探している。


「例えばさ」


相沢は軽く身体を揺らす。


「同じ場所まで腕を持ってくるとしても、こうやるのと」


すっと腕を上げる。


「こうやるのじゃ違うだろ」


今度は肩から少し遅れて腕が上がった。


腕が着く場所は同じ。


そこまでの動きが違う。


「途中が違う」


「そう。それ」


相沢がすぐ頷く。


「鳴海、音ならそういうの分かるだろ?」


「音なら分かる」


「ダンスも同じ。最後の形だけ合ってても、その途中が違ったら別になる」


なるほど。


それなら分かる。


「最初からそう言えばいいのに」


「今考えついたんだよ」


「相沢、教えるの初めて?」


「ちゃんとはな」


「じゃあ相沢も練習だね」


「お前に言われるとなんか腹立つ」


でも笑っていた。


「もう一回やるぞ」


「うん」


相沢が動く。


今度は形だけではなく、途中を見る。


足に体重が乗る。


そこから抜ける。


膝。


腰。


肩。


腕。


止まる。


次。


俺もやる。


「お」


相沢の声が出た。


「近い?」


「近い。ていうか一回でそこ直る?」


「見せてもらったから」


「便利だな、お前」


「でも最初は分からなかったよ」


「そこなんだよな」


相沢が腕を組む。


「見ればすぐできるくせに、知らないことはちゃんと知らねえんだな」


「当たり前じゃん」


「鳴海なら何でもできそうに見える時あるから」


「無理だよ」


俺は相沢を見る。


「今も相沢の方が上手いし」


「そりゃ俺の方が長くやってるからな」


普通に答えた。


嬉しい。


でも、俺より上だから嬉しいわけではない。


自分がやってきたものを、そのまま自分のものとして認めている。


『ここは俺が教えられる』


それを喜んでいる。


俺がピアノを上手く弾くこととは関係ない。


その音は、聞きやすかった。


「次は?」


「まだある」


相沢が笑う。


「今日は基礎からやる」


「いっぱいある?」


「いっぱいある」


面倒そうだった。


でも、少し面白い。


相沢は俺をその場に立たせて、いくつか動きを教えた。


身体を上下させる。


左右へ体重を移す。


足を出す。


戻す。


肩だけ動かす。


胸の位置を動かす。


一つずつなら難しくない。


見ればできる。


でも、つなげると変わる。


足を出す場所が少しずれると、その次に身体を運びにくい。


肩を動かすことだけ考えると、下半身が止まる。


音に合わせると、さらに別になる。


「鳴海、そこ早い」


「音には合ってるよ」


「合ってるけど、今はちょい後ろに乗せたい」


「後ろ?」


相沢が自分でやる。


同じ拍。


でも、動きが少し後ろにある。


遅れているわけではない。


重さが乗る場所が違う。


「ああ」


やってみる。


「そう!」


相沢が声を上げた。


「今の!」


「これ?」


もう一度。


「そうそう。鳴海、それ」


「分かった」


「ほんとか?」


「たぶん」


「お前の『分かった』怖いんだよな」


相沢がスマートフォンで音楽を流す。


「じゃあやってみ」


音が始まる。


教わった動きを続ける。


一つ。


二つ。


途中で相沢が、


「そこ!」


と言う。


直す。


次。


また違う。


一曲分も踊っていないのに、思ったより身体が熱くなった。


曲を止める。


「疲れる」


「当たり前だって前も言っただろ」


「ピアノより疲れる」


「比べんなよ」


「同じ時間ならかなり違う」


「そりゃ全身動かしてるし」


相沢は普通にしている。


少し息は上がっているけれど、俺より慣れていた。


「相沢、体力あるね」


「ダンスやってりゃ多少はつく」


「俺も走るのは普通にできるけど、使う場所違う」


「そうそう」


相沢が自分の腹の辺りを軽く叩く。


「ここで止めたり、支えたりするし。脚だけじゃねえんだよ」


「水原も似たこと言ってた」


「誰?」


「前のピアノの先生」


「ピアノでも?」


「肩とか背中とか、変に力入れると疲れるって」


「へえ」


相沢が少し考える。


「じゃあ鳴海、身体の使い方自体は分かる方なんじゃね?」


「ピアノなら」


「ダンスは?」


「相沢に今教わってる」


「そうでした」


相沢が笑った。


 

 

 

〓〓〓

 

 

 


休憩してから、今度は俺がピアノの前へ座った。


「何か弾く?」


俺が聞く。


「さっきの練習用にできる?」


「できるよ」


「じゃあ、一定で頼む。勝手に変えんなよ」


「一定?」


「鳴海、この前俺に合わせて音変えてただろ」


「うん」


「今は俺が同じ動き繰り返したいから、同じ方がいい」


「分かった」


それならそうする。


一定の拍を作る。


低い音。


その上に少しだけ足す。


相沢が動き始める。


今度は音を相沢へ合わせすぎない。


同じ速さ。


同じ場所。


相沢がずれても、俺は変えない。


相沢が自分で戻る。


一度。


二度。


三度。


四度。


同じ動きを繰り返す。


少しずつ変わっていく。


「今の二回目より四回目の方がいい」


俺が言う。


相沢が止まる。


「どこ?」


「止まる前」


「肩?」


「肩と足。二回目は足が先に着いてた」


「あー……」


相沢が動きを小さく再現する。


「たぶんそれ。俺もなんか変だと思った」


「もう一回やる?」


「やる」


すぐ始める。


俺は同じ音を出す。


相沢が踊る。


今度は直った。


「そこ」


「今?」


「うん」


相沢が笑う。


「鳴海、見る方も結構便利だな」


「便利?」


「自分だと分かんないとこ言ってくれるじゃん」


「違ったら分かるよ」


「じゃあ俺が教えて、お前が見れば効率よくね?」


「俺も踊るの?」


「当たり前だろ」


「見るだけじゃだめ?」


「お前が教えてって言ったんだろ」


「そうだった」


ピアノから立つ。


相沢が場所を空ける。


「じゃあ次、さっきのやつつなげるぞ」


「全部?」


「全部ってほどやってねえよ」


「結構あったけど」


「少ねえ方だって」


面倒だ。


でも帰りたいほどではない。


俺は相沢の前に立つ。


「まずこれ」


相沢が動く。


真似する。


「違う」


「どこ?」


「足」


直す。


「次」


動く。


「そこ、上半身固い」


「こう?」


「それだと抜きすぎ」


「難しいね」


「だろ?」


なぜか相沢が嬉しそうだった。


「できない方が嬉しいの?」


「違うって」


「でも嬉しいよ」


「そりゃ、俺が好きでやってるもんが簡単じゃないって分かってもらえたら、ちょっと嬉しいだろ」


本当にそのままだった。


『ダンスってちゃんと難しいし、ちゃんと面白いだろ』


そういう音がする。


俺を負かしたいわけじゃない。


自分の方が優れていると証明したいわけでもない。


ただ、好きなものを見せたい。


俺にも分かってほしい。


「相沢、ダンス好きなんだね」


「今さら?」


「前も分かってたけど」


「じゃあ何で今言った」


「すごい聞こえたから」


「聞こえた?」


相沢が首を傾げる。


説明すると長くなりそうだった。


「分かりやすかったってこと」


「ああ」


相沢はそれで納得した。


「好きだよ。上手いやつ見ると悔しいけど、見んのも好きだし」


「自分より上手い人いっぱいいるって言ってたね」


「いるよ。めちゃくちゃいる」


「嫌にならない?」


「なる時もある」


即答だった。


「俺より後から始めたのに上手いやつとか見ると、普通にへこむ」


「じゃあやめる?」


「やめねえよ」


「なんで?」


「好きだから」


簡単な答えだった。


相沢は続ける。


「あと、できねえのそのままなのもムカつくし」


「だから練習する?」


「そう」


九条と少し似ている。


できないからやる。


負けたからやる。


俺にはあまりない考え方だけれど、二人ともそれで上手くなっていた。


「すごいね」


俺が言う。


相沢が変な顔をする。


「何が?」


「俺、そんなに同じことやりたくない」


「知ってる。見ればすぐ覚えるしな」


「でもダンスは相沢の方が知ってる」


「まあな」


「だから教えて」


少し間があった。


相沢が笑う。


かなり嬉しそうだった。


『もっと教えたい』


そのまま聞こえる。


そこに、


『鳴海みたいなすごいやつに教えてる俺もすごい』


みたいな音はなかった。


ただ、自分の好きなものを一緒にやれるのが嬉しい。


それだけ。


「おう」


相沢が言う。


「じゃあ、もう一回最初からな」


「まだやるの?」


「教えてって言ったのお前だからな」


「何回?」


「できるまで」


「回数決めて」


「何でだよ」


「終わり分かる方が楽」


相沢が少し考える。


「じゃあ五回」


「分かった」


一回目。


違う。


相沢が直す。


二回目。


少し近い。


三回目。


「そこ、いい」


四回目。


つながる。


五回目。


相沢が何も言わなかった。


「終わり?」


「……もうできてんじゃん」


「五回やったから」


「いや、普通そういう意味じゃねえよ」


「もう一回いる?」


「いらん。ムカつくから次行く」


「次あるの?」


「ある」


結局、その後もしばらく続いた。


帰る頃には、脚が少し重かった。


相沢はまだ元気そうに見える。


「疲れた」


俺が言う。


「初日だしな」


「明日痛くなる?」


「たぶん」


「面倒」


「そこは我慢しろ」


学校を出る。


夕方の空気は少し冷たい。


途中まで道が同じだった。


「鳴海」


「なに?」


「またやる?」


「ダンス?」


「そう」


考える。


疲れた。


同じことを何度もやるのは面倒だった。


でも、知らないものはまだたくさんある。


相沢は俺の知らない動きを知っている。


身体の使い方も、俺より分かっている。


教え方は水原ほど上手くない。


それでも、分からなければ自分で考えて説明し直す。


俺ができれば普通に喜ぶ。


できなければ、また教える。


「やる」


俺が答える。


「よし」


相沢が笑う。


「次はもうちょいちゃんと振りっぽいのやろうぜ」


「今日のは違うの?」


「今日は基礎」


「まだ基礎だったんだ」


「だから言ったじゃん」


「先長いね」


「楽しいだろ?」


「今のところは」


「そこは素直に楽しいって言えよ」


「まだ分かんないし」


「はいはい」


相沢は笑ったままだった。


俺はピアノを教わる側だったことがある。


学校でも、先生から知らないことを教わる。


だから誰かから何かを教わること自体は珍しくない。


でも、同い年のやつが俺よりずっと詳しいものを、その本人が楽しそうに教えてくるのは少し違った。


相沢は、俺がどれだけ早く覚えても気にしない。


追い抜かれるかもしれない、とも考えていない。


ただ、


これ面白いだろ。


もっとやろう。


そう言っている。


相沢の言葉と、その中身は同じだった。


それがやっぱり、俺には楽だった。


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