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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
学生編 秋~冬のこと
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七 エルフの女性

ユニーク数100人超えありがとうございます!


 煙を頼りに森の中を進んでいくエリカ達だったが、煙が近付くにつれ人の声が数多く聞こえるようになってきた。


「村かな?」


 グロリアが疑問を口にする。ただ、王都から一番近い村でも馬車で四十分はかかる距離なので、三人が自力で学院に戻るのは半日以上かかる。


「村であって欲しいよ」

「とにかく休みたいな。何が出てきてもおかしくないもん」


 二人は緊張と不安ですっかり参ってしまっている。無理もないことだった。学院で色々なことを教わり始めたばかりなのに、誰の付き添いもなく学生だけで森の中にいるのは、かなりのストレスだ。


 だが、エリカは別の不安を覚えていた。村にしては聞こえてくる声が大きすぎる。


 魔物や危険な動物が出やすい森の近くに村を作る以上、村人はそういった存在の関心を惹かないように細心の注意を心掛ける。例えば、必要以上に大声を出さない。

 向かっている先が村でなかった時のことを考えて、エリカは思いつく限りの心の準備を重ねた。


 しばらくして三人は煙の発生源にたどり着いた。そしてその光景は、エリカの想定が一番いやな形で当たったことを示していた。


「ねえ、あれって……」


 グロリアが口元を手で覆う。


 そこは一種の休憩所だった。だが、その大半が傷つき、悲しんでいた。


 額から血を流したままの村人や、あり得ない方向へ腕が曲がってしまっている兵士など、様々な負傷者が暗い顔で休んでいる。


 その光景に動けなくなる三人を見つけた見張りの兵士が身構えた。


「何者だ!」

「待ってください!私達は王立バンクロフト学院の学生です」


 慌ててエリカが前に出る。そんな彼女をかばうようにナタリアが前に出た。


「学生がこんなところにいるものか!」


 見張りの兵士の目は血走っている。かなり動揺しているように見えた。

 だが、それを差し引いても兵士の疑い深さを責めることはできない。確かに学生がこんな森の中にいるはずがないからだ。


 騒ぎを聞きつけた他の兵士達もやってくる。あっという間に三人は囲まれてしまった。

 グロリアはすっかり後ろの方で怯えてしまっていた。そんな彼女をなだめながらエリカは兵士達の鎧にある刻印に目を留める。それは嬉しいような、嬉しくないような複雑な気持ちを生み出した。


「ナタリア。気持ちは嬉しいけどちょっと下がって」

「でも……」

「大丈夫だから」


 エリカは再び前に出ると、普段とは違う凛とした声で兵士に告げた。


「コーナー家の勇敢な兵士のみなさん。わたくしはスタンフォード家の次期当主であるエリカ・スタンフォード」


 その言葉に兵士の何人かが動きを止めた。エリカは微笑むと今度は優しい声で伝える。


「あなた達の状況は察しますが、こちらも不測の事態に陥ってここにいます。あなた達の手を貸してもらえないかしら」

「証拠を見せてもらいたい」


 最初の兵士が声を上げた。内心、エリカはイラっと来たが、それを表に出すことなく胸元のペンダントを取り出すと、掲げて見せた。


「おお……」


 兵士達が驚きの声を上げる。ペンダントはエリカの魔力に反応し、スタンフォード家の紋章をホログラムのように浮かび上がらせている。


「これは……。大変失礼致しました」


 最初の兵士が頭を下げるのに続いて他の兵士達も頭を下げていく。


「誤解が解けて何よりです。それと、この二人はわたくしの大切な友人でもありますから、そんなに警戒しないで頂ける?」

「かしこまりました」


 エリカ達は兵士の案内を受けて仮設キャンプの一つに通される。そこでは部隊長らしき中年の兵士が数人の兵士と一緒に地図を見ていた。


「隊長。スタンフォード家次期当主のエリカ様がお見えになりました」

「これはこのようなむさ苦しいところに……。恐縮です」

「こちらこそ突然のご挨拶になり申し訳ありませんわ。お恥ずかしいことに、道に迷ってしまいましたの」

「道に?失礼ですが、ここがどこだかご存知でしょうか」


 困惑の表情を浮かべる隊長に、エリカは今までのことを話す。転移の魔法陣が壊れていたくだりではとても残念そうな表情を浮かべていた。

 エリカから事のあらましを聞いた隊長は、自分達の状況を説明した。ここにいる負傷者は皆、魔物の侵攻からの生き残りで、怪我の具合を見て休憩を取っていたとのことだった。


 そして話は魔物の正体に移る。


「デーモンスパイダー?」

「嘘でしょ……」


 ナタリアが恐怖に震えている。グロリアも明らかに落ち着きをなくしていた。

 エリカは二人をチラッと見たが、声はかけずに話を続ける。


「それは大変でしたわね」

「ええ。ですので、どうか先程の件で部下達を責めないでやってください。責任は全て私が取りますので」


 そう言って隊長は頭を下げた。エリカは手を差し出すと隊長に頭を上げさせる。


「このような非常事態です。お気になさらないでくださいな」


 エリカの言葉に隊長はもう一度頭を下げた。


 仮設キャンプを出たエリカは改めて辺りを見回す。

 負傷者の処置がそこかしこで行われているが、人手が圧倒的にたりていない。


「ねえ、二人とも治癒魔法は使えるの?」

「すり傷くらいなら……」

「自分も……」


 二人とも元気が無かった。コーナー家へ侵攻したのが災害級の魔物だと知ったのだから無理もない。

 だが、そんな二人をエリカは叱る。


「二人ともしっかりしないとダメ!」

「いや、デーモンスパイダーだよ?あんなバケモノが攻めてきてるのに……」


 情けない声を上げるグロリアにエリカは静かに近付くと、決して学院では使わない言葉遣いで語りかける。


「良いこと?ここは戦場なの。本当に怖いのはデーモンスパイダーではないわ。戦いによる怪我や被害が恐ろしいの。

 二人ともここに来た時に見たでしょう?皆さんに同行する以上、これからもっと悲惨な状態を見ることも多くなる。はっきり言ってしまうけれど骨折なんて可愛いものだからね」


 エリカはジッと二人を見据える。エリカ自身もこういった場を目にするのは初めてのことだったが、前世の知識がある分、平和しか知らない王都の学生達よりは恐怖心や抵抗感は少ない。

 エリカは二人を交互に見ると口調を普段のものに戻す。


「まあ、怖いのは分かるけどさ。こうなった以上、私達にできることをやるしかないんだから頑張ろうよ」


 しばらくの間二人はうつむいていたが、やがて顔を上げる。まだ不安は残っているようだが、さっきまでの表情と比べるといくらか落ち着いている。


 そこから三人はできる範囲で負傷者の手当てや雑用を手伝っていく。中でもエリカの治癒魔法は効果が高く、重傷者の手当ても受け持つことが多かった。


「すごいね、エリカ。お医者様みたい」


 エリカの魔法を見ていたナタリアが感心していた。


 この世界の医療は残念ながら全く発達していない。医者は実際のところ白魔術師で、手術の経験は一切ないようだった。

 それ故に感染症に対する概念もないようで、傷口を清潔な水で洗うことすら定着していなかった。


 水魔法で傷口を洗った後、傷が浅ければそのまま傷を塞ぎ、傷が深ければその状況に合わせて適切な魔法を使っていく。

 切り傷には縫合をイメージし、骨折には骨が元通りになるイメージを持ちながら治癒魔法をかけていく。


「見事な手際ですなあ」


 白魔術師の兵士が賞賛のため息をこぼした。エリカが手当てした人達の様子が変わっていくのを見て、他の兵士達も敬意の視線を送っている。


 ある程度の手当てを終えた後、エリカは気になっていたグループの元へ向かう。目立った怪我は見当たらないが、全員ふさぎ込んでいる。

 その中でも特に呆然とした表情のエルフの女性に声を掛ける。


「こんにちは」


 エリカの挨拶に彼女は何も答えず、ずっとどこかを見つめ続けている。

 その様子を見たエリカは、かつての自分を見ているような気がして胸が締め付けられる思いだった。


 前世で晴夏は転職を経験しているが、そのキッカケは前の職場が典型的なブラックだったことだ。

 十人にも満たない小さな会社だったが、入社してすぐに教育係にいびられ、碌に仕事を与えられなかった。それを見ていた社長は教育係とデキていたのか見て見ぬふりをするだけで何もせず、教育係の肩を持つようなことばかりだった。そしてミーティングには入れてもらえず、業務に必要なことを自主的に勉強していたら怒鳴り散らされる日々が続いた。

 最後は「君は社会人としての基本がなっていないね」という暴言を吐かれて会社を辞めさせられた。

 それから晴夏は半年近く人間不信に陥った。


 目の前にいるエルフの女性は、その時の自分と同じ顔をしていた。


 エリカは何も言わず、彼女の隣に座る。そしてそのまま何も言わなかった。


「何の用ですか?」


 エルフの女性がエリカを見やる。その目は悲しみに満ちていた。


「いや、ちょっと休憩にね」

「呑気ですね。魔物が襲ってくるのに」

「ああ、デーモンスパイダーのこと?」

「そんな名前だったんですね。まあ、名前なんてどうでもいいですけど」


 エルフの女性はこぶしを握り締めている。デーモンスパイダーに大切な人を奪われてしまったのだろう。


「確かにね。でも、アイツもこれまでだと思う。コーナー男爵は強いし、オリヴァー家も動くみたいだから」

「……本当に勝てると思いますか?」

「うん、勝つね。絶対に勝つ」


 対して考えることもなく答えるエリカを女性はあざ笑った。


「若い見た目だと思っていましたが、中身も若いんですね。あの魔物は他の魔物を操りますし、自分自身もかなり強いです。三つの村もすぐに壊滅しました。それを私は全て見てきましたから、そんな風に断言できるのが信じられない」

「まあ、そうだよね。普通は勝てるって思わないか」


 暴言を吐かれたのにエリカは苦笑するだけだった。本当はとんでもない不敬を働いているのだが、エリカが貴族であることにエルフの女性は気付いていない。


「でもさ。勝つって信じないと勝ち目は生まれないよ。負けるかもって思ったらそこに引っ張られちゃうから」


 エリカの言葉にエルフはバツが悪そうにする。しばらくの間、何とも言えない微妙な、それでいて穏やかな沈黙が続いた。

 やがて女性は意を決した表情を浮かべた。


「多分、信じてもらえないでしょうけど、そのデーモンスパイダーも含めて魔物を操っている人がいたんです」


 そして、ぽつぽつと語り始める。薬草を採りに森に入ったこと。そこで人影に見つかったこと。人影がデビルウルフ達をけしかけてきたこと。何とか逃げ切ったと思ったらデーモンスパイダーが現れたこと。

 デーモンスパイダーが仲間や家族の命を奪っていったくだりでは、彼女はぶるぶると震え、涙を流し続けるばかりだった。


 エリカはそっとハンカチを差し出すと、彼女の背中をそっとさする。そのしぐさに女性はビクッと体を震わせる。


「大丈夫?痛かった?」

「いえ、急にごめんなさい。でも、私に親切にしてくれた兵士の方のことを思い出して……。その人もそうやって背中をさすってくれたんです。でも、操っている人がいると話すと出ていっちゃって……」


 それきり会えていないんです、と話す彼女の横顔は寂し気だった。


「さっきはごめんなさい。私、ヒドいことを言っちゃいましたね」

「ああ。そんなこともあったっけ。でも、気にしなくていいよ」

「ハンカチまで借りちゃってごめんなさい。ちゃんと洗って返し……」


 そこまで言いかけて、自分が借りたハンカチが上等な絹で織られていることに気づいた。そんな貴重なものをハンカチにするのはごく一部の者だけだった。


「これって……」

「それも気にしなくていいから」


 彼女の表情を見たエリカは微笑んだ。


「私は学生でね。だから身分とか関係ないよ」


 そう言ってエリカは手を差し出す。


「遅くなったけど、私はエリカ。よろしくね」


 エルフの女性は差し出されたその手を少しの間見つめていたが、やがて手を取ると握り返す。


「シェリルです」


 その柔らかい手から伝わってくる暖かさを感じながら、エリカはシェリルが初めて明るい表情を浮かべたのを見ていた。


 しばらくするとグロリアとナタリアがやってきた。エリカが二人にシェリルを紹介すると、簡単な自己紹介が始まる。


「エリカ。隊長さんが呼んでたよ。後から来た兵士さんがいるみたい」


 グロリアの言葉にシェリルがハッとした表情を浮かべる。恐らく、看病に当たっていた女性兵士がいるかどうか気になったのだろう。

 エリカは立ち上がると、隊長のいるキャンプまで向かうことにする。


「ほら、シェリルも行こう」

「え?でも……」

「もちろん中には入れないだろうけど、姿くらいなら見れるかもしれないでしょ?」


 シェリルは嬉しそうに立ち上がると、エリカ達に続いてキャンプへ向かった。


 キャンプに向かうと、隊長達がテントの外で待っていた。エリカに対する敬意なのだろうが、少々気まずい。

 ただ、そのおかげでシェリルは気軽にその兵士がいないか確認することができた。エリカも彼女の目線を追い掛ける。合流した兵士達の中に女性兵士は二人しかいなかったので、すぐに目に留まった。


「あ!」


 思わず駆け出しそうになるシェリルを見て、隊長が首をかしげる。


「おや……。君は確か、ずっとふさぎ込んでいたんじゃ……」


 そんな隊長は無視して、シェリルは女性兵士に頭を下げる。


「あの時はありがとうございました!」


 その女性兵士は長い木の棒を即席の杖代わりにして立っていた。どうも左足が上手く動かないらしい。

 怪我の程度とここに来るまでにかかった時間を計算して、自分の治癒魔法はどこまで通用するのだろうかと思いながら彼女の足を見ていると、左足が泡立つように動いた。


「え?」


 エリカは自分の目を疑った。だが、再び足を見てもおかしな動きはなかった。


 きょとんとした女性兵士と、彼女に色々と話しかけていくシェリルを見ながら、疲れが溜まっているのかも知れないとエリカは苦笑いを浮かべた。


ようやくエルフの女性の名前が出てきました。


次回投稿は29日(金)7時です!

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