十一 援軍の受難
「おい、どうした?」
急に立ち上がった相手に対して、特殊戦術部隊の一人は油断なく杖を向ける。だが、ふわりと風が吹いたかと思うと、その隊員は地面に叩き付けられていた。
「非常事態!直ちにこのエリアを封鎖しろ!」
見張りの一人が大声で叫ぶ。その瞬間には隊員達は非常時プロトコルに従って封鎖手続きに入っていたが、唯一の出入り口となる大きな扉に魔法陣が展開されるより早く、その扉に手をかける者がいた。その者は扉をいとも簡単にこじ開けると、全速力で走り出す。
「何事!?」
奥の部屋から一人の女性が隊員達と共に飛び出してくる。目と目が合った瞬間、彼女が自分のことを信じ、できる限り守ろうとしてくれたことを思い出すが、すぐに黒い霧に心を覆われていく。
「メアリー……?」
女性から鮮血が走り、彼女の後に続いていた隊員達が吹き飛ばされる。
彼らを気に留めることもなく、メアリーは心に従うままに建物の中を走り回り、本能で追い求める場所へと向かった。
「な、なんだ!?」
「すぐに応援を呼べ!」
様々な叫び声も今のメアリーにとってはただの雑音に過ぎなかった。
本能が呼び掛ける場所に辿り着いたメアリーは扉を文字通り破壊すると、内部にある数多くの魔法陣の中から目当てのものを瞬く間に探し出し、それを起動する。
かつての姿であれば、彼女の表情を見た者はつかの間目を奪われていただろう。
自身が転移されていく感覚をどこか楽しみながら、メアリーは恍惚の表情を浮かべていた。
今の彼女の中にあるのは一つの願いだけだった。
なくなれ。
なくなってしまえ。
なにもかも。
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マクファーソン王国の建国理由が平和的なものではなかった為、国境沿いに領地を持つ貴族とそこに住まう人々は、いつでも有事に対応できるように準備している。
その為、冒険者ギルドに最も近いところに領地を持つゲイル・ガストン子爵が自ら援軍を率いて現れるのは自然な流れだったし、スタンピードの危険がある状況下にさらされているギルド側としてもそれを手放しで喜ぶはずだった。
本来であれば。
「何だ。何が起きている……」
小高い丘から遠見の魔法で冒険者ギルド周辺を偵察するガストンは、自身の目に映る光景に動揺を隠せなかった。
魔物達が冒険者ギルドの城壁の周りをうろついているが、その身体はどれも深く、大きな傷を負っていた。
それらは全て、本来であれば致命傷となるはずのものなのに、魔物達は平然と活動していた。
目は黄色くにごり、口からはよだれのような液体がだらだらと垂れ流しになっている。骨が見えるほど肉が削げ落ちていたり、四肢のどこかが欠損していたりする。
ガストンは直感的にこれからの戦いが悲惨なものになることを見抜いた。
心の中の動揺を隠し、努めて冷静に長男のケヴィンを呼び寄せた。
「ケヴィン。お前に半数の手勢を預ける。すぐに領地へと引き返し、防衛線を築け。
それと同時にマカリスター卿へ援軍を要請しろ。あの女がいつもの渋面を見せたら、カボチャはもらうと私が言っていたと伝えろ」
「父上。何をおっしゃいますか。一緒に領地へ引き返しましょう」
「いや、それはできん。目の前に窮地に立たされている者がいるのだ。それに、城壁の第一層にさえ辿り着ければ、籠城戦に持ち込むこともできよう」
そう言うとガストンは、なおも反論しようとする息子の言葉を無視し、部隊に突撃命令を出す。
颯爽と馬を駆る父の背中を見送るのもそこそこに、ケヴィンは預かった兵士達と共に父からの命令を果たす為に領地へと急いだ。
背後からは息子達が遠ざかる足音が聞こえる。
ガストンは自分の元に残した兵達を横目に見ながら、魔物達へと必殺の一撃を繰り出す。
馬上から繰り出された槍は、犬のような見た目の魔物の頭を的確に貫くだけでなく、その勢いのまま奥にいた魔物の左足を切断する。
「お見事ですな、ゲイル様!」
大音声で豪快に笑うのは彼の忠臣の一人であるクレイグだった。同じく槍を振るうクレイグは既に四匹の魔物から頭を奪い取っていた。
「油断するなよ!生きて帰らねばお前の息子に何を言われるか」
「はははっ!倅めがそのような無礼を働きよったら、儂が地獄の底からでも手打ちにしてやりますわい!」
「クレイグ。縁起でもないことを言うんじゃないよ」
クレイグよりは年老いていないものの、孫がいてもおかしくない程の年輪を重ねているアンジーが、風魔術を自由自在に使いこなしながら戦友をたしなめた。
彼女の風魔術は強力で、動く死体となっている魔物達も容易に近付けない状態だった。
「あんたがくたばったら、誰がゲイル様をお守りするんだい?」
「確かに!よう言うたな、アンジー!」
クレイグが嬉しそうに槍を振るうと、魔物達が宙を舞った。
「全く、相変わらずの馬鹿力だね」
そう言うアンジーも多くの魔物達を吹き飛ばし、血路を開く。
父の代から仕える忠臣達の姿を見ていると、彼らこそケヴィンに付けてやるべきだったかと一瞬だけ後悔の念を覚える。
だが、すぐにそれを打ち払うと子爵は槍を振るった。次の世代も素晴らしい者達ばかりだ。彼らならケヴィンを充分に支えてくれるだろう。
「ゲイル様!城門が開いております!」
兵士の一人が魔物達と戦いながらも報告する。その兵に背後から襲いかかろうとする魔物に短剣を投げつけて、地面に縫い付けるとガストンは兵をねぎらった。
「報告、苦労であった!だが、これ以上命を無駄に散らそうとするな!」
「はっ!申し訳ございません!」
兵士は答えると、剣を振るって周りの魔物達と戦っていく。
「アンジー!ここを頼めるか?」
「お任せあれ」
まるで散歩に出かけるかのような気楽な様子で、アンジーは魔物達を吹き飛ばしては、空中でぶつけ合わせていく。
腐っているせいで柔らかくなっている肉や骨が、べちゃりと音を立てて落下していく音を背後に聞きながら、ガストンはクレイグや他の兵士達と共に冒険者ギルド城壁の第一層内部に進撃する。
「救援に参った!」
馬を進めるガストンだが、不思議なことに城壁内部は静まり返っていた。
「おかしいですな、ゲイル様。城門が開いておったというのに魔物どもの姿が見当たりませんぞ」
「ああ。それに冒険者達の姿も見当たらん。全員第二層に避難できていれば良いのだが……」
何とも言えない胸騒ぎを覚えたガストンは、数人の兵士達を城門の警護につかせた上で、アンジー達を招き入れる。
「随分と早い再会で……」
最後の兵士が城門をくぐり抜けたのを確認すると、最後に大きな炎の壁を放ってからアンジーも内部に進入する。
その様子を確認したガストンは城門を閉じるよう指示を出す。炎の壁に守られながら城門がゆっくりと閉じていく。
「死傷者の報告!」
「はっ!十名が戦死。三割が負傷していますが、いずれもまだ戦えます!」
兵士の報告に子爵は顔をしかめる。仕方ないこととはいえ、戦死者が出た事実は重く肩にのしかかる。
「報告、苦労であった」
兵士を下がらせると子爵は改めて辺りを見回した。城門の外ではいまだに魔物達の鳴き声や遠吠えが響き渡っているが、城門の中は全くの静寂が包み込んでいた。
「……お前達はゲイル様をお守りしろ。儂が先に行く」
馬を降りたクレイグは、槍を構えつつ慎重に歩き始める。その後ろを子爵達が油断なくついていく。
「……む?」
クレイグが歩みを止める。奥の方から冒険者らしき人影がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるところだった。
「その方、名を名乗られよ」
クレイグの問い掛けに答えることなく、その人影は近付いてくる。少しずつ距離が縮まるにつれ、その全容が露わになる。
「むう……」
歴戦の猛者であるクレイグですら、その姿には嫌悪感を禁じ得ない。
歩み寄ってくる冒険者の腹部は何かに貫かれた跡があり、そこから腸がはみ出している。首はあらぬ方向に曲がっており、その表情を窺い知ることはできない。
決して生きてはいないはずなのに、その冒険者は足を動かしていた。
「まずいねえ。探知スキルにも引っかからないよ」
アンジーがめんどくさそうに舌打ちする。
「……黒魔術の類か?」
「いや。ありゃ、正真正銘の真実さ。城門の外とおんなじだよ」
ガストンの祈るような問いに対し、アンジーは無表情で冷徹に答えるだけだった。
「気を抜くな!ためらえば、こちらがやられるぞ!」
クレイグが大喝すると、仲間に切っ先を向けることに躊躇していた兵士達も表情を改める。
それが本能で分かったのか冒険者のなれの果ては、自身の腐り果てた身体が許す範囲で、全速力で襲いかかってくる。
その相手に兵士の一人が斬りかかる。対人戦の訓練も充分に受けてきたであろう、その兵士の一撃は見事に動く死体の胴を切り離した。
兵士は追悼の念をもって、切り離した半身に目を向ける。その瞬間、上半身が跳びかかり、兵士の足に噛みついた。
「ぎゃっ!」
兵士が悲鳴を上げて倒れる。すぐに他の兵士達が助けに入るが、その時には冒険者の上半身に首元を食いちぎられており、もはや助かる見込みはなかった。
「この野郎!」
兵士達によって切り刻まれた上半身は今度こそ動かなくなる。だが、本来であれば死んだはずの兵士が軽く痙攣したかと思うと、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳にはもはや理性や感情が宿っていなかった。
「……アンジー。済まないが、彼とあの冒険者を炎で弔ってやってくれ」
ガストンの沈んだ声を聞きながら、アンジーは動く死体となったかつての仲間と、その原因を生み出した冒険者の死体を炎で包み込んだ。
「ゲイル様。どうやら他にもいるようじゃな」
「ああ」
確実な死を求めているのか、アンジーの生み出した炎に導かれるように、全方位から冒険者のなれの果てが近付いてくる。
それらを目にしながら、クレイグが告げる。
「魔術師は彼らにとどめを刺してやってくれ。それ以外の連中は魔術師に彼らを近付けるな!」
「はっ!」
情け心で指示を出すガストンだったが、その気持ちを死体達が理解することはなかった。
何の感情も浮かべず、彼らは生前に近い動きで子爵達に襲いかかってくる。だが、腐肉が動きについていかず、肉片や骨、体液などが辺りに飛び散った。
「うぇっ!」
兵士の一人が不快感に顔を歪める。彼の顔には飛び散ったものの一部がくっついていた。
「強烈な臭いだな……」
裾で顔を拭う兵士だが、その途中で動きを止める。その彼に死体が近付いてくる。
「おい!何をぼさっと突っ立っている!」
他の兵士が怒鳴りながら短剣を投げつけて、その兵士をかばう。だが、短剣を受けた死体はぼーっとしている兵士を無視して近寄ってくる。
「なっ!?」
驚く兵士達を前に、動きを止めていた兵士がゆっくりと振り返る。その顔は虚ろで、口からはよだれのような液体が糸を引いていた。
「兵士達は下がれ!魔術師!風魔法で連中を吹き飛ばせ!」
子爵が急いで指示を出す。呆気に取られていた兵士達だが、すぐに指示に従って行動する。
魔術師達が放った風魔法で、死体達はあっけなく吹き飛ばされる。だが、どれだけ身体を失っても彼らはにじり寄ってくる。
動く度に、触れた相手を動く死体へと変化させるものを辺りにまき散らしながら、少しずつ近付いてくる彼らに、兵士達は段々と恐怖心を抱き始める。
「ゲイル様。ここは危険じゃ。城壁の上へ!」
クレイグが槍を大きく振るいながら叫ぶ。ガストンは馬から降りると、自身も槍を振るいながら城壁の上へと向かう。
「悪いけど、アンタ達にはここから降りてもらうよ」
アンジーが風魔法で、城壁の上へと続く階段に陣取る冒険者達のなれの果てを地面にたたき落す。
「アタシが道を切り開く!魔術師は体力を温存しろ!」
子爵はアンジーに続いて階段を駆け上がる。
振り返ると、最後尾でクレイグがなおも槍を振るっていた。その彼に近づく兵士のなれの果てに気付き、子爵は声を上げる。
「クレイグ!」
「ご案じなさるな!」
クレイグは見事な槍さばきでその兵士を吹き飛ばすと、自身も階段を上がっていく。
「ゲイル様!アイツの心配をする前にご自身の心配を!」
アンジーが叫ぶと、また風魔法で冒険者のなれの果てを城壁の上から吹き飛ばす。
「クレイグ!さっさと上がってきな!いつまでたってもそこを防げやしないじゃないか!」
「やかましい!儂に構わずさっさと火を放て!貴様ごときの魔術にやられる儂ではないぞ!」
クレイグが言い返すそばからアンジーが炎を放つ。それはクレイグのギリギリ横を通り過ぎて大きな燃える壁を作って、地上から死体達が這い上がってくるのを食い止めた。
「全く、危ないじゃろうが!」
「平気だと言ったのはお前さんの方じゃないか」
二人は軽口を叩き合っているが、目線は油断なく辺り一帯に向けられていた。
「城壁の上にも何人かいるようだな」
ガストンはため息をつくと、槍を振るって彼らを地面へと落としていく。
「さて、この状況をどのように増援へ知らせるかだな……」
ガストンは城壁の上から辺りを見下ろした。見渡す限り、魔物も人も平等に死体となって動き回っていた。




