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インタールード 希望を掴み取ろうとする者達

時系列で言えば「インタールード 冒険者ギルドでの一幕」の続きになります。

 どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 耳を澄まそうとしてよろめき、座っていた椅子ごと床に倒れ込んでしまう。


「いたた……」


 右腕を襲うじんわりとした痛みに顔をしかめつつ、ベアトリスは意識をはっきりとさせる。

 眩しい明かりが差し込む窓の方に目を向ける。外は朝だった。


「あれ?まだこんな時間……?」


 記憶に残っているその時間は夜だった。

 簡単な食事や手洗いはしっかりと済ませていたはずだが、それを踏まえても少し前のことの様に感じてしまう。


 身を起こそうとしたベアトリスは、自分の身体から立ち込める臭気に思わず顔をしかめた。

 着ている服に目をやると、それは二日前に着た記憶があるものだった。


「うわ……」


 ようやく事態が呑み込めたベアトリスは、真顔で浴室へと向かうとバスタブにお湯を張る。

 その間に今まで着続けていた服を全て水魔法で綺麗に洗っていく。二日分の汚れや臭いが巻き起こるが、時間が経っていくにつれそれらは薄まっていく。


 洗濯を終えると、今度は自分自身の身体を綺麗にしていく。泡に包まれながら、ベアトリスはしかし確かな達成感に身を委ねていた。


 ずっと取り組んでいたことがようやく実を結んだ。神経をすり減らしてまで打ち込んでいたからこそ、達成の喜びの反動でそれまで張り詰めていたものがぷちりと音を立てて切れてしまったのだった。


 すっかり綺麗になった身体をタオルで拭きながら、ベアトリスは元いた部屋へ戻る。

 蒸気機関と魔法陣を連動させること自体は難しくないが、今回の内容は飛行船の開発よりも困難なものだった。


 だが、眼前に広がる術式は我ながら見事なものだと思う。


 本当なら今すぐベッドに入ってぐっすりと眠りこけたいところだが、その誘惑を断ち切ってベアトリスは正装に着替える。

 王城へ出向くのは随分と久し振りのことだったが、かつてないほど彼女の心は高揚していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 死霊術は夢物語とされてきた。だが、ここ数日でその考えはかなり古いものとして扱われるようになっている。


 そのきっかけを作ったチャールズ・ベイトソン特別捜査官は、かつてないほどの集中力で王都連続爆破事件に関する様々な調査報告を読み漁っては、彼にしか分からない分類法でそれらを仕分けしている。


 パトリシア・テイラー特別捜査官はしばらくの間その様子を見守っていたが、遂に我慢できなくなって声をかける。


「ねえ、チャールズ。そんなに根を詰めて大丈夫なの?ずっとその調子だけど」

「ああ」


 チャールズは生返事を返す。恐らく、話し掛けられたこと自体が意識にないのだろう。


 少し休むように声をかけようとしたパトリシアだが、肩にそっと手が置かれた感触を覚えて動きを止める。


「アシュリー」

「今は好きなようにさせてあげて」


 アシュリー・レーガン特別捜査官は悲し気に微笑む。その表情がまるで事情を察しているかのように見えて、パトリシアは少しだけ不快感を覚えた。

 だが、それが嫉妬心に近いものであることにも気付いている。今更、相棒のように振る舞うのは滑稽だ。


 パトリシアは気持ちをすぐに切り替えると、アシュリーに話を振る。


「ねえ、あの死霊術士の聴取はどんな感じなの?」

「今のところ協力的よ。王都の事件に関する話もいくつかあるから、欠けていたピースも当てはまりそう」

「盗まれていた魔法陣や物資とかも分かりそう?」


 途端にアシュリーはわざとらしくパトリシアの方に顔を寄せて、ささやくように言う。


「それだけど、ここだけの話にしてね。今朝、回収したところなの」

「嘘でしょ!?初耳だわ」

「極秘作戦だったからね。隊員へのブリーフィングですら逐一チェックされていたくらいだし」


 そんな馬鹿な話があるかと言いかけて、パトリシアは押し黙る。軍や冒険者ギルドに貯蔵されていたはずの魔法陣の一部が消えていたのだ。内通者がいると見ての情報秘匿は当然の措置である。


「それで内通者は?」

「それがちょっと複雑でね。実行犯達がすぐに自白してくれたからそいつの身元はすぐに分かったんだけど、記録では既に死亡していたのよ」

「え?死んでたの?」

「ええ。冒険者だったんだけど、かつては近衛兵団に属していた。そいつの指示で実行犯達はまんまと盗みおおせていたってわけ」

「何だか偶然が重なり過ぎてる気がする」

「私もそう思ったんだけど、近衛兵から冒険者になったきっかけも、死亡確認のきっかけも恣意的なものではなかったわ。

 前近衛兵団団長のジーナ・ローリー始め多くの近衛兵が負傷した訓練中の事故で、そいつも怪我を負ったの。職務には影響がなかったみたいだけど、本人は怪我を気にして除隊。冒険者に転職したってわけ。

 しばらくして行方不明になるけれど、先日、遺骸の一部が他の行方不明者達と共に発見されて埋葬されたわ」

「王国を裏切っていた天罰なのか、そう見せかける壮大な計画なのか……」

「事態の大きさを考えると、後者を疑うべきって分かってるんだけどね……。お偉方にとっては、今はメアリーの話の信憑性が高まったというだけで充分なんでしょうね。

 済んだことより、これから起こるかもしれないことにご執心だもの」


 その時、チャールズが急に席を立った。驚く二人を尻目にチャールズは急ぎ足で部屋を出ていく。


「うるさかったかな?」


 困惑するアシュリーをよそに、パトリシアは彼の後を追いかけた。一番長く組んできたからこそ、彼が何かに辿り着いたのを瞬時に理解していた。


「何が分かったの?」

「自分がバカだったってことに」

「え?」

「アシュリーに特殊戦術部隊をいつでも動かせるようにと伝えるんだ。パットは冒険者ギルドへ行って、その内通者の死体を見つけた奴に話を聞いてくれ。俺はフランクのところに向かう」

「ちょっと待って。もしかしてその内通者が生きてるか、別の内通者がいるって言いたいの?」

「いや、推察通りならもっとひどい。だが、今ならまだ何とか間に合うかもしれん」


 駆け足に近い足取りで去っていくチャールズを見送りながら、パトリシアは彼が久々に自分のことを「パット」と愛称で呼んだことに気付く。

 そのことが胸の中を大きく占めていく感覚はどこか懐かしく、暖かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 RCISの本部長室ではゾーイ・スペンサーが、目の前の相手にどう接するべきか頭を悩ませている。


 ソファー席に座っているキャサリン・ブラッドリーの怒りは収まるところを知らず、差し出されたコップを力強くテーブルに置いたせいでひびが入ったのか、中の水がじわじわとテーブルに広がっていた。


「あなたが怒るのも当然のことだけど、私達はやるべきことをやっただけ」

「そんなこと言われなくても分かってるわ。でも、そんな正論なんてどうでも良いの。私が怒っているのはメアリーと話せないこと」

「それこそ無理な話って分かるでしょう?彼女は今や最重要人物よ。いくらあなたでも許可できない」

「でも、メアリーは私に助けを求めたの。一人にする訳にはいかないわ」


 さっきからこの調子でキャサリンは動こうとしない。ゾーイは思わずため息をつきそうになった。


「でも、ここにいても何の解決にもならないわよ。ギルドに戻った方が良いわ」

「厄介払いしようとしないで。そもそもこの件はあなた達が私一人に出した命令の結果じゃない。死地に送り込んでおいて、この扱いはあんまりだわ」


 ゾーイはゆっくりと深呼吸をして、心を整える。自分だって言いたいことは山ほどあるが、それらを押し殺してあくまで事務的に答える。


「とにかく、彼女にあなたを引き合わせることはできない。ここにいたいなら、ずっとい続けてくれても良いけれど、あなたの期待に応えることはできない」

「クソくらえ」


 キャサリンは吐き捨てるように言うと、憤然と部屋を出ていった。

 開け放されたドアを見つめつつ、ゾーイはゆっくりと肩の力を抜いた。途端にその背中から、捜査機関のトップに立つ者の重責が消え去った。今や、そこにいるのは友を想う一人の女性に過ぎなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヴァレリー・マクファーソンは厳格な性格で有名だ。良くも悪くも妥協しないので、例えわずかな休憩ですら自ら進んで取ろうとはしない。

 それだけに、ヴァレリーが紅茶を持ってくるようにメイドへ伝えたことは、瞬く間に王城内へ広がっていった。


 これまた珍しく、王城の執務室にもかかわらずヴァレリーは天井に向かって大きく伸びをした。その光景を見ていたトレヴァーとエミリーは、自分が見ているこの光景が信じられなかった。


「なんて素晴らしいことでしょう。ベアトリスに任せて良かったわ」


 そう言うとヴァレリーは穏やかな笑みを子供達に向ける。


「エミリー。あなたには随分と無理を言ったけれど、おかげで帝国の企みに対抗できそうよ。本当にありがとう」

「お母様……」


 わだかまりがあった分、自然に溢れ出たその感謝の言葉は不意打ちだった。

 みるみるうちにエミリーの両目から熱いものがこぼれてくる。そんな彼女の元にヴァレリーは歩み寄ると、そっと愛娘を抱きしめた。


「色々とごめんなさいね。特にあなたには辛い思いをさせてしまったわ」

「……」

「王国のことを考えて生きてきたけど、母親としては何もしてあげられなかったわ。独りにしてごめんなさい」


 今まで嗚咽をこらえていたエミリーは遂に小さな声を上げて泣き始める。その背中をゆっくりとさすりながらヴァレリーは軽く天井を仰ぎ見た。


 その二人を見守りながらトレヴァーは、長年の親子の相克がようやく取り払われたのを喜んでいた。


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