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九 冒険者ギルド防衛戦

 自身の本心が分からなくなる。


 光を求めていたはずの手はいつの間にか闇を掴んでいる。

 救いが欲しかったのに、気が付けば滅びを望んでいる。


 自分はいったい何者なのか?

 自分は何を望んでいるのか?


 その叫びは誰にも届かなくて。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 魔物領の冒険者ギルドは、城塞都市カービンとはまた違った形を取っている。


 上空から眺めると、星マークを形作るように城壁が並んでおり、その中央にギルドが位置している。

 王国領へと続く後背は他と比べるとなだらかだが、それでも残りの角と同じく二重に城壁が張り巡らされている。


 最も魔物領に近い一角は、一番守りが強固なものになっており、バリスタが等間隔で配置されている。バリスタは一階部分に相当する高さにも設置されており、専用の狙撃穴を通じて放つことができた。

 また、城壁を登ることができないように刃がところどころから突き出ており、城壁自体も複数の魔法陣によって強度が格段に上がっているので、理論上は災害級の魔物の攻撃にも何回かは耐えられるようになっている。


 しかし、魔物達がギルド方面から攻め寄せてきたことは今までに数回程度しかなく、それら全てにローレンスは立ち会っていなかった。


 だからこそ、この防衛拠点の真髄を直接目にするのは初めてのことだった。


「撃てーっ!」


 年かさの冒険者の号令でバリスタが一斉に放たれる。城壁の上側からと、地上程度の高さから放たれた火矢は、迫りくる魔物達を瞬く間に死体へと変えていった。


「今だ!負傷者を救出せよ!」


 先程の冒険者がまた指示を出すが、その時には城門の扉が開き始め、魔物達に追われていた冒険者パーティーを中に迎え入れた。


「これで最後のパーティーだ!」


 副ギルドマスターの一人が声を掛けると同時に、再び扉が閉まっていく。そこを狙って駆け込んでくるのは角を生やした兎のような魔物で、その小さな体は閉まりゆく扉の隙間を充分にくぐり抜けられそうだった。


「させるか!」


 魔術師の一人が下から上に向かって炎の壁を放ち、その隙間が閉じるまで臨時の防御を行う。

 さすがにそこへ飛び込んでくることはしないようで、兎のような魔物は器用に空中で回転すると、炎の壁を避ける。


 扉が完全に閉じる。


 魔術師達がその扉に向かって炎の壁を放つ。熱された扉はそれ自体が兵器となり、兎のような魔物に触発された他の魔物達が押し寄せても触れることすら叶わなかった。


 大半がその熱気によって命を落とすが、体力がある魔物はまだ立っており、自身の腕や脚が熱で爛れるのにも構わず、真っ赤にたぎった扉を殴りつけていた。

 しかしそれらも、両脇からのバリスタ攻撃によって続々と倒れていく。


「他に確認できるか!?」

「範囲内では確認できません!攻め寄せてきた魔物は全滅しました!」


 その報告に冒険者達が一気に歓声を上げる。その様子を眺めていたローレンスに、ギルドマスターが声を掛ける。


「何とか持ちこたえられそうですね」

「ええ。まさかこれ程の防御力だとは思いませんでした」


 ローレンスは先人の知恵にただ敬服するばかりだった。それと同時に、かつてのスタンピードがなければここまで改修されることはなかっただろうとも思う。


 冒険者ギルドは既に五回の襲撃を耐え抜いていた。火急の知らせを伝えに職員を向かわせたが、この様子だと王都の救援は必要ないかもしれない。


 先程まで指揮を執っていた冒険者がローレンス達の元にやってくる。勝利の色濃い他の冒険者達と違って、その顔つきは険しいままだった。


「どうにも嫌な予感がします」

「となると、やはりスタンピードの再来が?」

「そのように思われます。あの時と同じくどこか魔物達の動きがおかしく感じます」

「何かパターンがあるのですか?」

「いえ、副ギルドマスター。ただ、今回の魔物達はまるで何かに追い立てられているような気がしたのです。スタンピードの時の私達のように」


 その言葉にローレンスは緊張する。先程、ジェイから聞いた話が途端に別の顔を覗かせてきた。

 いくら手負いとはいえ、何故魔物達はジェイのパーティーに殺到したのか。踏破ラインの先は知らないが、少なくとも把握している範囲の魔物達は、血の匂いに釣られることはあっても、周囲に冒険者のパーティーがいる中で攻め立てることはなかったはずだ。


 何故、悪知恵だけは働く魔物達がそのような行動を取ったのか。

 その答えがカマキリのような魔物にあるとすれば。


 寒気を覚えたのと同時に、斥候の冒険者が金切り声を上げたのが聞こえた。


「新たな魔物群!その数、先程の数倍!」

「なんと!?」


 指揮役が慌てて城壁の上へと再び走って行く。直感的に事の重大さを悟ったギルドマスターが号令をかけた。


「盾役は前面に!剣士はその後ろにつけ!万が一のことがあるかもしれん。油断するな!」


 ところどころで様々な指示が飛び交う。


「魔術師は体力の回復を最優先しろ!」

「弓の補充はできているか?」

「各個撃破だ!戦力を集中しろ!」


 防戦の準備が慌ただしく行われる中、斥候がまた声を上げた。


「何だあれは……。あんな魔物、見たことがない」

「探知スキルに反応しないぞ!そっちはどうだ!?」

「こっちもだ!まさか魔法を使えるのか!?」


 恐怖に満ちた声々を聞きながらも、ローレンスは走り出す。そして城壁の上へと急ぎ、遠見の魔法を使う。


「あれは……」


 それは奇妙な光景だった。


 森の奥からあらゆる魔物達が殺到してくるが、そのいずれもが何かに駆り立てられるような勢いを見せていた。

 そしてその奥の方で、ジェイから聞いた特徴を持つ魔物がうごめいていた。


 その魔物はただでさえグロテスクな見た目だが、ジェイ達との戦闘による傷のせいで、生々しさがより際立っていた。

 全体はカマキリのようだが、ところどころに他の種族の特徴が見受けられた。しかしそれらも、黒焦げになった影響で辛うじて判断できる程度だった。


 その魔物は長い時間をかけて一歩を踏み出し、前進する。それはまさしく死体の行進と言うべき状態だった。


「おい、あれがジェイの言っていた新種か!?」

「マジかよ……。死体が動くなんて、そんな馬鹿な話があるかって思ってたのに……」


 冒険者達がひるんだ。初めて見る異形の姿にそうなるのも無理はない。だが、行動しなければ自分が命を落とすだけだ。

 ローレンスはすぐに陣頭指揮に移る。


「うろたえるな!要は消し炭にしてしまえば良いんだ!今のうちに火矢を用意しろ!」


 その一喝にハッとした冒険者達はすぐに準備に移る。


「斥候!他の魔物達はどうだ?」

「こちらへ向かってきています!」

「先程と同じく迎撃!バケモノの相手をする時に邪魔が入っては面倒だ」


 ローレンスの指示でバリスタが魔物達に向けられ、矢が放たれる。その攻撃に魔物達が倒れていく。

 だが、数の暴力は凄まじく、次第にバリスタでの攻撃が追い着かなくなっていく。城壁を登ろうとするものもいくつか出てきており、城壁の上から槍で突くことも増えてきた。


「チッ。数が多過ぎるぞ……」


 冒険者の一人が舌打ちしながら魔物を突いていく。だが、その魔物は自身の身体に突き刺さった槍を掴んだ。


「放せよ、この死にぞこないが!」

「エリック!槍を放せ!」

「高かったんだよ!こんなヤツにくれてやれるかよ!」


 エリックはなおも槍を引き抜こうとしていたが、魔物は最後の力を振り絞って城壁から地面に向かって飛び降りる。その勢いにつれられてエリックの身体が宙を舞い、城壁の向こうへと消えていった。


「エリック!」

「下がれ!この高さじゃ助からない……」


 年かさの冒険者が仲間とおぼしき冒険者を制止する。その冒険者は涙を流してへたり込んだ。


「武器を惜しむな!戦いが終われば回収することもできる!」


 年かさの冒険者の言葉に他の冒険者達は無言で頷いた。


「武器庫の備蓄率は?」

「後六割です!」

「剣をもっと運んでくれ!」

「使えるものは石でも使え!」


 冒険者達の善戦によって、魔物達の襲撃はかなり落ち着いてきている。二重に張り巡らされた城壁の外側が破られていないのも大きい。


 だが、ジェイ達のパーティーを苦しめた魔物の相手をするには心もとないことが多過ぎた。


 バリスタの矢は最も消費が激しく、備蓄率は三割程度にまで落ち込んでいる。温存しておきたかった魔術師の体力も充分に回復し切れていなかった。

 負傷者の数も増えている。すぐに戦線へ復帰できる者もいたが、多くは治療が長引いていた。


「来るぞ……!」


 斥候の一人が緊張に満ちた声を上げる。

 その時には誰もがその魔物の姿を確認していた。


「でけぇ……」

「ヤバいな……」


 魔物達の死体をゆっくりと乗り越えつつ、時には踏みつけながら、その魔物はギルドの方へと近付いている。


「バリスタ用意」


 ギルドマスターが指示を出す。それに従ってバリスタの照準がその魔物に向けられる。


「シャァァァ……」


 初めて魔物が鳴き声のような声を上げる。口を開くと同時に、腐敗臭が辺りに立ち込めた。


「ウッ……」

「ヒドイ臭いだぜ……」

「風を起こしてくれないか?」

「バカ。この程度のことで魔術師に力を使わせるな」


 凄まじい悪臭に顔をしかめながらも冒険者達は敵であるその魔物を見据える。


「グォォォ……」


 まだ死に絶えていなかった一匹の魔物が身じろぎする。その魔物めがけてカマキリのような魔物は鎌状になった脚を振り下ろした。

 肉が突き破られる音と共に、魔物は悲鳴を上げる。その傷口に向かってカマキリのような魔物は口からよだれのような液体を垂らす。


 液体を浴びた魔物は微かに身震いすると、すぐに動かなくなる。生理的嫌悪感を呼び起こすその光景に耐え切れなかった冒険者の何人かが胃の中身を戻した。


「おぞましい……」


 ギルドマスターが下唇を噛む。その隣でローレンスだけは注意して魔物の様子を観察していた。


「何ということだ……」


 ローレンスは気付く。液体を浴びた魔物が再び動き始めたことに。


 その魔物はゆっくりと身を起こす。その拍子に左足の肉が落ちるが、意に介していない様子で立ち上がるや否や、近くで倒れている他の魔物達に噛みつき始めた。


「急いでアイツを止めないと!火矢を放て!」


 ローレンスが悲鳴に近い声で指示を出す。だが、無数の火矢が突き刺さって完全に動かなくなる頃には、多くの死体に噛みついた後だった。


「ウゥゥゥゥゥ……」

「グアァァァ……」


 死んだはずの魔物が一匹、また一匹と起き上がり始める。そして近くの死体にまた噛みつき始めた。


「ファイアウォールで焼き払え!」


 魔術師達が城壁の上から炎の壁を浴びせかけるが、彼らに対してカマキリのような魔物は、足元に転がっている魔物の死体を投げつけた。

 それらはどれも城壁を飛び越えることはなかったものの、城壁そのものにぶつけることで揺れを起こし、そこにいる冒険者達の動きを一時的に止めることに成功する。


 その隙に魔物達の死体は新たな生を受けて立ち上がっていく。


「これが死霊術なのか……」


 ローレンスは歯ぎしりするしかなかった。そして、魔物達の襲撃が続いた理由を確信する。

 魔物達を怯えさせるなり追い立てるなりして、ここまで向かわせたのはカマキリのような魔物なのだ。自分の私兵を増やす為に。


 悪寒をこらえつつ、ローレンスは大声で指示を出す。


「魔術師は水魔法を使って奴らを遠ざけてください!」


 その指示に素早く反応し、魔術師達が水球を空中に展開する。多くの水球が横一列に並んだかと思うと、誰かが風魔法でそれらを一気に切り裂いた。

 それによって、大量の水が城壁の外へと流れ落ち、甦った魔物達を他の死体ごと森の方へと押しやっていく。


 押し流された魔物達は呻き声をあげながら立ち上がろうとするが、既に腐肉となった脚は大量の水分を含んだことで余計に崩れやすくなっており、自分の体重で下半身をつぶしていた。


「動きが鈍ったぞ!仕留めろ!」


 ギルドマスターが号令をかけ、バリスタの照準がはいずり回る魔物達に向けられる。しかし放たれた矢は魔物達の腐肉を切り裂き、えぐるだけで、再び死体に戻すことはできなかった。


「バケモノめ……」


 その声に呼応するかのようにカマキリのような魔物がギロリと、濁った眼を城壁に向けた。

 自身の身体を支えられず、折れ曲がったり崩れ落ちたりする脚を何度も強引に前足でくっつけながら進むその姿は、冒険者達に恐怖心を呼び起こすのに充分過ぎた。


「どうやって倒せって言うんだ……」

「こんなの無理だろ……」


 そのような声があちらこちらで聞こえるようになり、恐怖がゆっくりと伝播していく。


「おい、あれを見ろ!」

「あれは……エリックじゃないか!?」


 冒険者の一人が指をさす。その先には魔物らしからぬシルエットがポツンと佇んでいる。

 落下した際の影響で目も向けられない状態だが、それでもエリックは虚ろな目を城壁に向けてうなり声をあげていた。


「嘘だろ……」

「むごい……。むごすぎる……」

「エリック……」


 冒険者達の表情が絶望に染まっていく。彼らの手にかかった後の未来が見えてしまい、戦う気力が失せていく。


「あんな風にはなりたくない……」

「そう思う暇があったら、さっさと何とかしてやんな」


 途端に炎の渦が巻き起こり、エリックの死体を包み込む。紅蓮の炎はゆっくりとその場で燃え続けると、急に消えてなくなった。

 炎が消えた跡にはエリックの死体はなく、吹き込む風によって灰が巻き上げられるだけだった。


「リズ……」

「ビビるのは後でもできる。今はこいつらを何とかすることに集中しな。じゃないと弔ってやることもできねえ」


 リズはそう呟くと、大きく深呼吸する。まだ左腕の調子は良くないらしく、表情はいつにも増してしかめっ面だったが、その瞳には強い意志が見て取れた。


「全く、仲間に舐めた真似をしてくれたわね。今度こそ仕留めてやるわ」


 その隣にはカーラが立っている。解毒は間に合ったようだが、いまだ万全の調子ではないようで、額には脂汗がにじんでいる。しかし、彼女もリズと同じく決意に満ちた眼差しで動く死体達を見つめていた。


「魔術師はアタシらに合わせな」


 リズはそう言うと、普段は滅多に持ち歩かない両手型の杖を天に掲げるように持つ。それに合わせて彼女の周りに魔力が渦巻いていく。


「病み上がりをこき使わないで欲しいわ」


 そう言うカーラも片手杖ではあるものの、まるで剣を構えるかのように杖の先を城壁の向こう側へ向ける。


「「ファイアストーム」」


 二人が同時に詠唱すると同時に、先程の炎の渦とは比べ物にならない程の大きな火炎が眼下の動く死体達を包み込んでいく。


「ほら、ぼさっとすんじゃないよ」

「あ、ああ……。でも、この威力じゃ何も残らんぞ?」

「よく見な。親玉が残ってるじゃないか。アイツを仕留めないと終わらないよ」


 リズの檄を受けて、魔術師達が魔力を練り上げていく。

 確かに全てを呑み込む火炎の中で、ひときわ大きなシルエットだけは微動だにしていなかった。


「いくわよ」


 カーラの合図で魔術師達が、炎の中で佇むカマキリのような魔物に魔術を浴びせかけていく。


「ピギィ……」


 初めてそこで魔物が悲鳴らしき鳴き声を上げる。

 カマキリのような魔物はゆっくりと身体を折ると、炎の中に沈み込んでいった。


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