四 クリスマスイヴパーティーでの一幕
十二月二十四日。
秋学期の折り返し地点に当たり、一週間程のクリスマス休暇が始まる日。
正式にはこの日は学院への登校日だが、クリスマスイヴパーティーで一日が終わるので授業などは一切なかった。
という訳で始業式の後の歓迎会の時と同様、学生達は朝から食堂へ向かう。
クリスマスイヴパーティーでは、食堂前で大きな箱の中に収められた番号札を取り、その数字と同じ番号が割り振られた席に着くことになっている。
そこに学年は関係なく、自分の両隣が全く別の学年ということもよくあることらしい。だが、それはまだ良い方で、番号の加減によっては隣に教授が座ることもあり得た。
このように席は完全にランダムなので、エリカは朝からドキドキしていた。
去年はたまたま両隣が同学年で、ナタリアも近くの席にいたのであまり気にならなかったが、今年はどうなるのか分からない。
ちなみに当時のグロリアは隣があろうことか学院長だったので、ガチガチに緊張していた。そのことを後でナタリアとからかったものだが、明日は我が身という言葉を今更ながらに思い出している。
エリカが引いた番号は十五で、食堂の中心辺りに位置する席だった。向かい側は四十二で、自分の両隣はそれぞれ六と七十三だった。
まだそれらには誰も座っていないが、食堂の扉が開かれる度にエリカはそちらが気になって仕方なかった。
視線は必然とやって来た学生に向かうが、自分がいる区画とは全く別の方向に進んでいく度にホッとしたり寂しさを覚えたりと複雑な気持ちがせめぎ合う。
そんな中、親友の一人が扉から顔を覗かせた。
シェリルは忙しなく食堂内をキョロキョロと見回しつつ、手元の数字と見比べている。その途中、エリカと目線があって思わずシェリルは走り寄ってくる。
「おはよう、エリカ!」
「おはよう、シェリル。もしかしてここ?」
期待に満ちた表情で確認するエリカだったが、シェリルの顔から喜びの感情が失われていくのを見て察する。
「ううん……。三番だった」
「三番って確か……。西側のテーブルじゃん」
「うん。結構距離があるんだよね……」
少し前まで恋敵だ、決闘だと勝手なことを言っていたとは思えないくらい今日のシェリルは普段通りだった。
シェリルは他のクラスメイトに比べて通学期間が短かったこともあり、エリカ達とそれ以外のクラスメイト達とでは関わり方の密度が違っていた。その影響が色濃く出るのが今日なのだろう。
「まあ、まだまだどうなるか分からないし、今から落ち込んでいても仕方ないよ」
「うぅー……。そんな簡単に言うけど……」
「しょうがないでしょう。私だって本当は嫌なんだから」
「エリカはこういうの平気だと思ってたんだけど……」
何を言っているんだとツッコミたくなる気持ちをグッと抑え込む。貴族の家に生まれた以上、何かと付き合いがあるから粛々とこなしているだけで、本当は気心知れた仲間とのんびりした時間を過ごしていたかった。
「あ、隣の人が来たみたい」
そう言うとシェリルは自分の席へと戻っていく。その表情は緊張に満ちているが、それはお互い様というものだろう。実際、食堂のあちらこちらでぎこちない挨拶が繰り広げられていた。
「七十三番、七十三番と……」
どうやらついに自分の隣に座る人がやって来たらしい。だが、その声を聞いたエリカは振り向きたくなかった。片手で数えられる程度のやり取りしかしていないが、その時の自分の印象が良くなかったことを覚えているだけに、今日一日の時間が明るいものにならないであろうことが確定してしまった。
「ここか……。ふむ……」
声の主が自身をじっくりと眺めているのを感じ取ったエリカは観念してそちらに向き直って挨拶する。
「お、おはようございます。キャッスル先生……」
「おはようございます」
錬金術担当のアイリーン・キャッスルが硬い表情でエリカを見つめていた。
デーモンスパイダーの一件の検証の際に、自身の錬金術で創り上げた鎧をエリカにコテンパンにされてからというもの厳しい視線を投げかけてくることが多かった。
錬金術を受けるのは来年からなので、まだそんなにやり取りすることはないが、早くもエリカは錬金術を放棄したいと考えていた。
キャッスルが座るとエリカは無意識のうちに身をよじって、少しでも彼女から距離を取ろうとした。
それに自分で気付いてバツが悪くなるが、キャッスルはこちらに目もくれなかった。
とにかく天を仰ぎたい気持ちで他のテーブルに視線を向けるエリカだったが、東側のテーブルに残る親友達の姿を見つけて絶望する。
ナタリアとグロリアは一個席をはさんで隣り合わせだった。こちらに背を向ける形になっているのがせめてもの救いだが、それでも気は重かった。
だが、エリカの気分は更に重くなる。
向かい側に腰掛けたのは魔法薬学のシャーロット・コリンズで、キャッスルとは反対側の隣の席にはあのベアトリス・マッコードが座った。
両隣と向かい側に教授が陣取るという、このかつてない状況下にあってエリカは無の境地に入ろうと努力していた。
「御前試合の注目株とクリスマスイヴパーティーを過ごせるなんて嬉しいことですわ」
コリンズがおどけて言うと、彼女の両隣に座る学生達が目を輝かせてエリカを見つめる。
「もしかして先輩がエリカさんですか?」
「エリカ先輩の噂は私が住む街にも届いていました!」
「そ、そうなんだ……。あ、ありがとうね」
どうもデーモンスパイダーとの一件はまだ記憶に新しいことのようで、エリカはげんなりとしつつも作り笑いを浮かべて気さくに応じる。
それだけなら良かったが、マッコードが食いついてきた。
「ほう。災害級の魔物を打ち破った方がいるとは聞いていましたが、あなたのことだったんですね!」
「え、えと……。まあ、その……。はい……」
「おや、随分と謙虚ではありませんか。検分の際は盛大に魔術を披露していたのに」
「いや、それはですね……。理事長から直々に当時の状況を再現するよう命ぜられたものですから……」
「ちょっと、アイリーン。その話を詳しく聞かせなさいよ。あなた、その場にいたんでしょう?」
「いや、それは……」
コリンズの純粋な瞳に見つめられて、キャッスルは目線を逸らす。その時の話をすれば自身の沽券にかかわることに気付いたようだ。
その隙にエリカは目の前の大皿に盛りつけられたローストビーフを急いで自身の小皿に取り分ける。とにかく自分という存在をこの場から消し去ってしまいたかった。
「私もエリカ先輩のように強くなりたいんですが、どうやったら強くなれますか?平民の私でも大丈夫でしょうか?」
後輩の一人が真剣な表情で見つめてきたが、エリカは返答に窮する。自身の強さが実は心に抱える闇にあったなんて口が裂けても言えなかったが、だからと言って真摯に意見を求めてくる後輩を無下にはできなかった。
エリカは時間をかけて答えを考えると、口を開く。
「うーん……。よく観察して、イメージすることかな……」
「観察とイメージ……ですか?」
「うん。例えば火魔術のファイアボールだけど、あれは発動できる?」
「はい、できます」
「じゃあ、あなたは?」
「わ、私ですか?一応は……」
「じゃあ、二人に聞くけどその大きさってどれくらい?」
「え、大きさだと……、これくらいですかね?」
後輩の一人が片手の拳を握り締める。それをもう一人が羨ましそうに見ていた。
「そう。ちなみに私はこれくらい」
エリカは人差し指で空中に大きな輪を描く。それを後輩達は呆気にとられた表情で見つめていた。
「でもこれは元々の実力とかじゃないの。私の家庭教師が作って、見せてくれていたのがそれくらいの大きさで、小さい頃からそれを見て学んできた私にとってはこの大きさが普通だったの」
「……なるほど。観察とイメージですね」
「そういうこと」
「え、ちょ、どういうことなんだよ!?」
「後で教えてあげるからちょっと黙ってて」
後輩達のやり取りを見るに友人同士だろうか。ほんのりと寂しさを覚えながらエリカは説明を続ける。
「今度、初級魔術学の授業を受ける時にクラスメイト達の魔術をしっかりと見てみて。一人ひとり発動したものに色んな違いがあるから。
その中で自分より大きなものや威力がありそうなものを見つけたら、まずはそれを自分も生み出せるようにって目標設定したらかなりイメージしやすくなるよ」
「ありがとうございます!」
強くなりたいと言ってきた時は真剣な表情を見せていたが、今はかなり明るい表情を見せていた。
後輩の表情を見ながらキャッスルが感心した様子でエリカの方へと振り向く。
「早くからオズワルド殿の教えを受けていたのでしょうけれど、それをしっかりと学んで自分のものにしていたのは素晴らしいことですね。感心しました」
「あ、ありがとうございます……」
「これは来年が楽しみですわね。あなたなら錬金術の奥深さを理解してくれるでしょう」
「そうだと思いますよ、キャッスル先生!エリカさんは蒸気機関についても強い関心を持って取り組んでいらっしゃいますから」
「ほう。ということは今年の魔法薬学の試験も大きく期待できそうですね。去年はどうも本調子ではなかったようですが」
せっかくキャッスルが好意的な反応を見せたというのに、マッコードが無邪気に乗っかってきたせいでコリンズがニヤニヤとした笑みを浮かべてくる。
確かに去年の試験全般では少しだけ手を抜いたところがあったが、どうやら魔法薬学に関してはそのことを見抜かれているようだった。
冷汗がタラリと流れ落ちてくるのを感じつつ、エリカは乾いた笑いを浮かべてごまかす他なかった。
「ああ、そう言えば試験のことも考えないといけないんですね……」
「マッコード先生。どうしてあなたが落ち込むのですか」
「いや、採点が面倒……大変だなと思いまして……」
「今、面倒って言ったよね。言ったよね?」
「や、やめてよ……。そんなわけないよ……」
「昔からそういうところがあるよねー」
「言い間違えただけだから。間違えただけだからね?」
コリンズに失言をつつかれてマッコードはタジタジになる。その様子からエリカは気になったことを尋ねる。
「コリンズ先生とマッコード先生は元々お知り合いなんですか?」
「ええ、そうですよー。私とマッコード先生は学年が一緒なんです。ついでに言えばキャッスル先生もね。
今でこそおっちょこちょいな一面もありますが、当時は中々な問題児でね。戦闘術の授業では特に荒々しいスタイルで、その時の先生を困らせていましたよ」
「シャーロット。思い出話はそのくらいで控えましょう」
「何よ、お高く止まっちゃって。今日はせっかくのパーティーだし、たまには良いじゃない。それに御前試合の注目株がこうして目の前にいるんだから」
「まだ御前試合に出ると決まったわけではないのですよ。模擬戦も始まっていないというのに。そういった過度な期待はかえってプレッシャーになります」
「エリカさんの学年で彼女以上に模擬戦を勝ち抜ける人はいないと思うけれどね」
「いずれにしても、私達が特定の学生に肩入れするのは宜しくありません」
「はあ……。あのアイリーンがこんなにカタブツになっちゃって……」
「あなたが成長していないだけです」
「お、そんなことを言って良いのかしら?うん?」
勝手に盛り上がる二人をぼんやりと眺めながらポテトサラダを口に運んでいると、マッコードが忍び笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「あの二人を見ているとエリカさんのお友達を思い出します」
「え?」
「さしずめアイリーンがグロリアさん、シャーロットがナタリアさんといったところですね」
「それは意外でした。コリンズ先生はあまり分かりませんが、キャッスル先生はとても厳しい先生だとばかり思っていたので、グロリアと重なるのがどうも信じられなくて」
「まあ、そうだと思いますけどね」
マッコードは意味ありげにニヤリと笑うと、手元のグラスをぐいと傾けた。中身はワインではないはずなのに、中々様になっている仕草にエリカは驚いた。
その一方でキャッスルとコリンズは相変わらずペチャクチャと醜いやり取りを繰り広げているが、どこか楽しげな様子が垣間見えるのがマッコードの話をより受け入れやすくさせる。
教授陣の新たな一面を知ったエリカは、自分も親友達とそんな関係性のままでいられるようにと心の底から願った。




