十 伯爵夫人の進言
いつの間にか50話目。
実感がないのですが、後から押し寄せてくるのでしょうか。
RCISから解放されたエリカはメイドの案内で温室へと戻る。その姿を見送りながらオズワルドは不機嫌さを隠そうともしない。
「さて、改めて説明してもらえないか。今回のような礼を欠く真似をした理由を」
「先程も話した通りだ。国王陛下への攻撃は……」
「そうではない。程度の大小こそあれ国王への逆心を抱く者や帝国からの間者は今までにもいた。確かに今回の件は特殊かも知れないが、それでも慣行を破る理由には直結しないはずだ」
「ええ。とりわけ国王陛下を守った人達への聞き取り調査には細心の注意を払うべき。それを無視する程の何かを見つけた上での行動なのはもう分かったから、早く話しなさい」
オズワルドだけでなくRCISのトップからも圧を受けているのに、フランクはまだしばらくの間沈黙を保っていた。
やがてフランクは鼻から大きく息を吐き出すと、室内に防諜魔法をかけた。これによりコーンウェル家の使用人達ですら食堂内の会話を聞くことはできなくなる。
「随分と大掛かりな」
「仕方あるまい。まだ内通者がいるからな」
「王城内部か外部か?」
「内部だ」
顔をしかめるオズワルド以上にゾーイが眉を吊り上げる。
「それを今まで明かさなかったということは、私も容疑者の一人ということかしら?」
「可能性が少しでもあれば例外なく」
「一体どういうつもり?この私の忠誠心を疑うと言うの?」
今にも跳びかからん勢いで年上の部下を睨みつけるゾーイをオズワルドはやんわりと抑える。右腕を前に差し出されただけだが、ゾーイはその制止によって気を何とか落ち着かせる。
「ゾーイ。もしや君は彼らに何も伝えていないのではないかな?」
「……」
言葉を返さないことから図星だとオズワルドは当たりを付ける。
「ある程度のカバーストーリーは必要だったろうに」
「……そうする前に穴埋め出世と後ろ指をさされていたので、それを利用していただけのことです」
「まあ、確かにその方が良かっただろうな」
オズワルドは肩をすくめると捜査官達に向き直る。
「事態が事態だけに君達にも伝えるが、これから話すことは最重要機密だ。それを話さねば君達の誤解も解けないだろう。
ゾーイ・スペンサーは国王陛下直属の諜報部隊出身だ。その類まれなる防諜技術などの腕を買われ、陛下の肝いりでRCISの最高責任者に就任している。彼女を内通させるなどドラゴンに服従の呪文をかけようとする程無駄なことなのだよ」
あっさりと国の一大事に関わることを告げるオズワルドに、捜査官達だけでなくゾーイも驚愕した。
「オズワルド殿!いくら防諜魔法がかかっているとはいえ、不用意にそのようなことを!万が一、彼らから情報が漏れたらどうするのですか!」
「そうなる前に自決すれば良いだけのことだよ」
そう告げるオズワルドの瞳は冷ややかだった。
「確かに国王陛下に対する大規模な攻撃は建国以来類を見ない。だが、それをもって慣行などを無視する程の気概があるならば、もし敵の手に落ちたとしても情報を奪われないようにさっさと命を絶つだろう。違うかね?」
「……」
フランクを始め捜査官達は無言を貫いていたが、それは気まずさなどではなく、そのくらいの誇りは持ち合わせているという抗議のものだった。
「という訳だから彼女を疑っている暇があったら他の容疑者を探すことだ。ああ、言うまでもないが私も容疑者から外すように。万が一、私に叛意があったとしたら、君達が駆けつける前に私はジェニファーと命のやり取りをすることになる訳だが、そんなことは考えるまでもなくあり得ないことだ」
そこまで言われてフランクは初めて肩の力を抜く。
「分かりました。お二人を容疑者から外しましょう。ただ、これが我々の仕事でもありますので」
「理解しているとも。謝罪として受け取ろう」
まだオズワルドは不服そうだったが、とりあえずは矛を収める。だが、そんな彼をゾーイは恨めしく睨みつけていた。
「それで?内通者の件はどこから?」
「第三王女へ怪文書を送り付けた近衛兵だが、そのような者は誰一人確認できなかった」
「口を噤んでいる可能性は?」
「いや。そもそも当日の担当兵達の人数の記録に誤りがあった。怪文書を送り付けたのはその日、存在しないはずの近衛兵だった」
「ほう。だが、それだけではあるまい」
「これは聞き取り調査の裏付けを取っている際に判明したことだが、軍や冒険者ギルドに貯蔵されていたはずの魔法陣の一部が消えていた」
「それらが今回の事件に使われたのか?」
「ああ。その見立てで間違いないだろう。だが事件の後に、軍や冒険者ギルドの記録に改竄の痕跡が見受けられた」
「なるほど。まだ手を引いている者がいる訳か」
「ああ。既に警戒態勢を取っているが、敵の手に落ちた魔法陣はまだまだあるだろう。思いのほかこの事件は根深い」
「帝国が遂に動き出すと見ておく方が良いだろうな」
オズワルドの言葉はその場の空気を重苦しくさせるのに充分だった。大きな戦いと言えばスタンピードと呼ばれる魔物領からの大侵攻があったが、大規模な戦争を経験した者は長命種を除いてほとんどいないのが現状だった。
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トレヴァーと伯爵夫人は書斎で向かい合わせに腰掛けている。
先程までと違いトレヴァーは深刻な表情を浮かべている。伯爵夫人もいつになく考え込んでいる様子だった。
「国王陛下が帝国への侵攻を考えていると?」
「ああ。すごく息巻いているようでね。先日もウィンストン卿を呼び出して何やら話し込んでいたよ」
ウィンストン伯爵はミノタウロスで、マクファーソン王国とリーヴェン帝国の国境沿いに位置するクラックス高原を中心とした広大な領地を預かっている。
「骨の髄まで王国に忠実な伯爵のことですから、既に軍備の増強に移っているやもしれませんね」
「それが問題でね。国境沿いは特に諜報合戦が起こっている。ウィンストン卿の動きが読まれると帝国側も更に動きを速めてくる」
「個人的には帝国を叩きのめしたい国王陛下のお気持ちも分かりますけど、今の王国には帝国の攻撃を迎え撃つ態勢が整っていませんわ」
「そこなんだよ」
トレヴァーは天を仰ぐ。へその辺りで結ばれた両手の甲に血管が少し浮き出ているのを見て取った伯爵夫人はトレヴァーの葛藤に同情した。
「お母様とエミリー様はまだ?」
「……ああ。一度腹を割って話し合う場を設けたんだがね。お互いの気持ちを理解したからこそ一歩前に踏み出すことがお互いにできなくなっている様子なんだよね」
まるで不器用なカップルのようじゃないかと苦笑するトレヴァーだったが、その笑みは思いのほか疲れを湛えている。
「二人が元の関係に戻らないことには王国は脆弱なままだ。二人には早く仲直りしてもらわなければならない」
「それだけではありませんわ。バンクロフト卿にも相談役へ戻って頂かなければ」
「ああ。彼がいないとね。母さんは意固地になりやすいから、手綱を握ってくれる人が必要だ。だが、残された時間は余りにも短い」
トレヴァーは深く溜息をつくと、再び天井へ視線を向ける。その気持ちが痛いほどよく分かる伯爵夫人はひたすらに思い巡らせる。
今日は色々なことが一挙に押し寄せた日だった。妹弟子へ募る疑念が予期せぬ形で解消されたものの、その根拠となったものは到底信じられないものだった。だが、心の中を読み取ったからこそ疑いなく事実であると認めざるを得なかった。それだけでなく自分の初恋の相手に恋心を抱いているときた。
それらのことへの心の整理が完全についていない中で、第一王子とRCISが不意打ちで現れた。
そして第一王子から相談を受け、悩みの種を取り除く方策を考えている。この後にはオズワルドとゾーイを交えた帝国への対策についての話し合いが待っていることだろう。
伯爵夫人は今日ほど自分が主導権を握らないままに過ごした日はないと自嘲気味に振り返っていた。
沈黙が辺りを包み込み始めた時、伯爵夫人の頭の中に思いがけない案が浮かび上がって来て、思わず手を打ちそうになる。
それを慎み深さで抑え込んだ伯爵夫人だったが、第一王子は目ざとくその様子を見やる。
「何か思いついた様子だね」
「ええ、トレヴァー様。このルーシー・コーンウェルのひらめきに自身でも驚いております」
「ほう。決して驕らないあなたがそんなに得意げになるとはね。そのひらめきを是非聞かせてくれないかな?」
「お茶会を開くのです。その場にはエミリー様もバンクロフト卿だけでなく、わたくしもお招きください」
「まあ、それは簡単だろうね。とはいえ、その茶会がひらめきというのも中々大きく出たと言わざるを得ないよ」
「いえ、普通のお茶会にするのではありません。その場に招くもう一人の者を中心としてしまうのです」
「中々どうして大胆だね。国王陛下を始め王族が勢揃いするというのに中心となるのは別人だなんて」
言葉とは裏腹にトレヴァーは笑いを噛み殺そうとして必死だった。伯爵夫人の大胆な発案がこれまで多くの出来事に好ましい結果を招いてきたのを知識として持っているとはいえ、自身がそれを経験するのは初めてのことだったし、それが普通であれば恐れ多いものであることだったのが痛快でたまらなかった。
「して、その者とは?まさかローレンスじゃないだろうね?」
「いえ、エリカ・スタンフォードです」
その言葉をトレヴァーは頭の中で興味深く反芻する。
「ほう。エリカ・スタンフォードね……。一部の貴族の間で救国の英雄と噂されている彼女なら確かに話題の中心にはなるだろう。でも、彼女はまだ学生だろう?さすがに荷が重いんじゃないのかな?」
「貴族に生まれた者ならとりわけ光栄なことです。決して荷が重いなどと思うことはありませんわ」
「でも、それはあくまで建前の話だろう?本音は緊張が全面に出てくるはずだよ。自分だって王族が一堂に会する茶会にはできれば出たくないくらいだから。伯爵夫人もそうでしょう?」
「わたくしは数に含めないでくださいな。建国時からマクファーソン家と共にあるのですから」
「確かに。失言だったね。撤回するよ」
伯爵夫人は軽く笑みを浮かべる。その姿には確かに建国時から王国と共にある者ならではの威厳があった。
「とはいえ、参加する顔触れを考えるとエリカ嬢も気圧されてしまうのではないかな」
「その点なら大丈夫ですわ。参加せざるを得ない理由を用意すれば良いだけですので。それにその時はわたくしから彼女に事の次第を説明しますわ。彼女は王都の事件を通じてトレヴァー様の悩みの種も見知っています。それを解消する為とあらば彼女も動きやすいでしょう」
トレヴァーはまだどこか悩んでいる様子だったので、伯爵夫人はもうひと押しする。
「帝国の脅威が目前に迫っている中、王族の皆様の足並みが乱れているのは重大な懸念です。ここは彼女の功績を存分に活かしていきませんと」
「分かった。じゃあ、その方向で場を設けることにしよう。
それにしても今更ながら厄介なことに気が付いたよ。母さんやエミリーだけじゃなくてバンクロフト卿にも茶会に参加する面々の話をしなければならないし、それで承諾させないといけない。こうなるなら武者修行をもう少し続けておけば良かったかなと思わずにはいられないよ」
「トレヴァー様。これも武者修行です。政治という名の。
それに最終的には、国王陛下とエミリー様、そしてバンクロフト卿達の関係を元の状態に戻せるのは他ならぬトレヴァー様しかいません。この役割はわたくしにもエリカ嬢にもできないことなのです」
「まあ、そうだね……。それで、茶会に参加せざるを得ない理由に何を用意する?」
「トレヴァー様ご自身です」
「え?」
「正確にはトレヴァー様の帰還を祝した御前試合を行うのです」
「ああ、なるほど。確かにそれなら無理はない。彼女の実力や経験も後押ししてくれるだろうね。
後はエミリーとバンクロフト卿に根回しをして、母さんを説得するだけかあ。中々骨が折れそうだ」
「繰り返しになり申し訳ございませんが、この役割はトレヴァー様にしかできないのです」
「分かってる。それは分かってるんだよ……」
真面目くさった顔でトレヴァーを諭す伯爵夫人だったが、その心は晴れやかだった。やる時はやるトレヴァーのことだ。きっとやり遂げるだろう。それにエリカにとっても良い経験になるはずだし、何より王室の後ろ盾を得られるようになるはずだった。
もうすぐオズワルドとゾーイがやってくる頃合いだろう。
また、頭を悩ます話し合いになるのは目に見えていたが、先程までの倦怠感は既にもうなかった。
エリカは恋敵になるが、それ以上に辛いものをずっと背負い続けている、危うい存在だった。
この茶会をきっかけにエリカは様々なことに関わることになるだろう。本来ならば良いことも悪いこともあるだろうが、学生という身分が厄介事だけを自然と遠ざけてくれる。その期間内にエリカの心に巣食う闇が少しでも晴れればと伯爵夫人は心の底から思う。
そしてそれが実現するように伯爵夫人は全力で応援するつもりだった。ようやく出会えた、物怖じせず等身大の自分を見てくれる年の離れた人間の友人の為にも。同じ相手を好きになった者同士としても。
シルバーウィーク、如何お過ごしでしょうか。
次回から新章です。
エリカのステップアップがメインとなります。
転生ものには珍しく、前世での過去を引っぱるタイプでしたが、
前を向いても良いんだということが次章からお送りできればと思います。




