七 第一王子の帰還
「休むと言ったな?あれは嘘だ」( ゜Д゜)
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」\(゜ロ\)(/ロ゜)/
そこかしこに見えていた事件の影響もほとんどなくなり、王都はかつての姿を取り戻しつつある。
表沙汰にはなっていないが王城内部の破損箇所もようやく修繕され、一目見ただけでは激しい戦いが起こったと分からない程度にまで落ち着いている。
とはいえ記憶に新しい出来事だけに、内部を見回すだけでその時のことがフラッシュバックしてしまう。
その日もヴァレリー・マクファーソンは大広間に入るなり、戦闘のことを思い出して顔をしかめた。だが、すぐに気を取り直すとそのまま自分の席へと向かい、これから数年ぶりに顔を合わせる我が子のことに意識を集中した。
今日は第一王子であるトレヴァー・マクファーソンが王都へ戻ってくる日だった。
トレヴァーは次期国王として見識を深める為に数年前から身分を隠して国内と同盟国を渡り歩いていた。といってもこれはマクファーソン家代々の習わしで、貴族のみならず一部の平民にすらこのことは知られている。
勿論、王室に対して不満を持っている者もいるので、表向きは冒険者パーティーとして近衛兵達がついているし、陰ながら護衛する者達もいる。
本来であれば戻ってくるのはもう少し後のことだったのだが、王都の爆破事件を知ったトレヴァーは当時滞在していたガーネット王国から急いで王都へ戻ることにした。ただ、事態の収束と安全の確保を待った護衛達の上申もあり、時期を見計らっての帰還となった。
今か今かとトレヴァーの帰りを待ちわびるヴァレリーを気遣って、大広間の中には近衛兵団団長と二人のメイドがいるだけで、後はエミリー第三王女がヴァレリーに近い窓側の席で居心地悪そうにジッと自分の両手を見ているだけだった。
そんなエミリーを複雑な表情で見やりつつも、ヴァレリーはどんな言葉をかけて良いか分からない。エミリーが自分に対して不信感を抱いていることは知っているが、それはお互い様だった。
魔物達の大侵攻により夫を亡くしてもう九年になる。残されたヴァレリーは家族との繋がりを強く求めていたのに、真っ先に自分の傍を離れたのはエミリーだった。諸国行脚に出なければならなかったトレヴァーですら出発を一年も遅らせたのに、一人娘は奔放に振る舞ったとヴァレリーは今でも考えている。
しかし、実のところは失意のどん底にいる母親に少しでも負担をかけないように自分のことは自分で決めようという自立心に芽生えただけのことで、エミリーには何の他意もなく、家族を思う気持ちは他の兄弟と同じくらい強かった。
「そもそも自分は今まで何も相談や報告などしてこなかったのに、人には一言欲しいだのと都合が良すぎるのです。そのような振る舞いをして恥ずかしくないのですか」
だからこそ、かつて母親から直接言われた言葉がずっと重くのしかかっている。
それだけに爆発騒ぎの時にはジーナが母を操っているのではと縋るような思いで考えていたが、そんな事実は一切なかったことが突き付けられてからは意気消沈の日々を過ごしている。
「トレヴァー様がお戻りになりました」
執事の一人が大広間の扉をノックし、声高らかに報告する。そのタイミングの良さにホッとしたのはヴァレリーもエミリーも同じだが、そのことに気付いたのは近衛兵団団長とメイド達だけだった。
開かれた扉の奥から一人の青年がゆったりとした足取りで歩いてくる。数年の月日により幼さの残る顔立ちはすっかり精悍になり、体格も引き締まっている。
「ただいま戻りました。トレヴァーでございます」
「長らくの行脚、誠にご苦労であった。大事なかったか」
「はっ。近衛兵達が常に案じてくれていましたので。それに見えないところでも露払いをしてくれる者達がいたようでしたし」
「ほう。彼らに気付いたとは大したものだ」
そう言うとヴァレリーは鷹揚に頷き、左手を挙げた。その合図に従い、団長達は退室する。
彼らが去った後、大広間の中にはマクファーソン家の三人だけとなった。
その途端に、トレヴァーは思い切り長く伸びをすると、コリをほぐすように首をぐるぐると回す。
「いやー、やっぱり王都の空気は良いね。田舎の空気は美味しいけど、この辺りの空気を味わうと帰ってきたなって実感する」
一気に相好を崩すトレヴァーに苦笑いを浮かべつつ、ヴァレリーも心なしかくつろいだ表情で話し始める。
「本当にお疲れ様でした。改めてお帰りなさい」
「ただいま」
そう言うとトレヴァーはエミリーにも顔を向ける。
「エミリーからも何か欲しいなー」
「えと……、お帰り」
「ああ、ただいま」
少しぎこちない様子のエミリーに僅かに眉をひそめつつも、トレヴァーは特に気にも留めない様子で彼女の向かいの席に腰掛ける。
「久々に戻ってきたのにローレンスはやっぱりいないんだ?」
「あの子はずっとギルドに詰めているみたい。今では副ギルドマスターの一人として頑張っているそうですよ」
ローレンスはトレヴァーとは双子だが、双子故の後継者争いで政争が起きることを良しとせず、十歳の頃には自ら王位継承権を放棄することを宣言していた。
「全くローレンスらしいね。去年、ギルドに顔を出したんだけど一度も出てこなかったよ。まあ、一介の冒険者相手に出張ってくることはないって分かってるけどね」
カラカラと快活に笑うトレヴァーは王家の人間とは全く思えなかった。そんな息子の振る舞いに少しだけ呆れ返りつつもヴァレリーはどこかホッとした表情を浮かべていた。
「それにしても今回の件と言いデーモンスパイダーと言い、色々と大変だったね。急いで戻りたかったんだけど、どっちも周りに止められちゃって……」
申し訳なさそうに頬をかくトレヴァーはヴァレリーに目を向ける。
「それで、どうしてジーナじゃなくてビルが団長の座にいたの?」
飄々としているように見えて、核心を突いて来るところは変わらない。そんなトレヴァーにヴァレリーは静かに事の顛末を語り始める。
話の内容にトレヴァーは口をはさまず最後まで黙って耳を傾けていたが、話が終わってもしばらく何も言わず、大広間の広大な天井をぼんやりとした表情で見つめ続けていた。
その様子を見ていたエミリーは仕方ないことだと嘆息する。まだ幼いトレヴァーに剣の手ほどきをしたのがジーナで、少し年の離れた彼女をトレヴァーは姉のように慕っていたのをエミリーは覚えている。
今、トレヴァーが感じている空虚なものは自分が母に対して感じているものと同じだと思うエミリーは兄に対して強い同情の念を覚えた。
だが、トレヴァーは深く溜息をつくと、軽く両頬を叩くとケロッとした表情を見せる。
「なるほどね……。帝国が本格的に動いてきた訳か。厄介だね」
そう言うとトレヴァーは面倒くさそうに左手で顔の前を払うと話題を変える。そんな兄の様子にエミリーは驚きを隠せなかった。
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数年ぶりの家族との会食を楽しんだトレヴァーは久々に自室へ戻ると、真っ先に浴室へ飛び込んでいく。
別に街や村での風呂が合わなかった訳ではない。ただ、自宅の風呂はやはり格別で、浴槽に身を沈めた途端全身から疲れが芯から取れていく。
身も心もすっかりほぐれたトレヴァーはホカホカした状態を堪能する。はしたなくもバスローブ姿でベッドに飛び込み、フカフカの布団の肌触りを味わっていると自室の扉がノックされる。
「兄さん、起きてる?」
エミリーがためらいがちに扉の向こうから声を掛けてくる。トレヴァーは慌てて跳び起きると扉の向こうへ少し待つよう伝えるや否や、すぐに着替えた。
「そんなに慌てなくても良いのに」
ネグリジェにナイトガウンを羽織ったエミリーは、シャツにズボンとラフとはいえ身支度して出迎えたトレヴァーに苦笑する。
「そんなことはないよ」
「嘘ばっかり」
エミリーの視線の先には、椅子の背もたれに投げっぱなしのバスローブがあった。自分のうっかりに頬をかきつつも、トレヴァーは別の椅子を指し示す。
「さて、話を聞こうか」
「いきなり過ぎない?」
そう返すもエミリーは兄の単刀直入な切り込みに感謝していた。そうやって水を向けられないといつまでも話せそうになかった。
「当ててみようか?母さんとのことだろ?」
「うん……。分かりやすかった?」
「びっくりするくらい。何であんなにギクシャクしてたの?」
ところどころ言葉に詰まりながらもエミリーは母との確執について話していく。相談役のバンクロフトを何の断りもなく一方的に解任したことや、勅令という強引なやり方で新しい授業を始めさせられたこと、それを抗議した際に心無い一言を告げられたことをぽつぽつと語るエミリーの心は不思議と静かだった。
トレヴァーは会食の時と同じく、一切口をはさまず黙って耳を傾けていたが、エミリーが話し疲れて一旦休憩した時に軽く身を乗り出した。
「まあ、エミリーも母さんも一人で頑張り過ぎってことだよ」
「何それ」
「父さんを亡くしてから母さんはこの国を文字通り一人で背負っていかなくちゃならなくなった。死を悼む時間すら与えられずにね。
魔物達の侵攻を抑えるのも大変だったろうし、戦後処理も大変だったろう。あの頃の僕らはまだ政務がどういうものか余り分かっていなかったから力になりたくてもなれなかったしね。
だからエミリーはバンクロフト卿に相談して王城を出ることにしたんだろう?」
「別にそんなんじゃないけどね……」
「まあ、一番悪いのはローレンスだな。あいつが変に気を回して王位継承権を放棄なんてするから、のんびりまったりな末っ子が将来を急いで決めなきゃって考えなきゃならなくなるんだ」
そう言うとトレヴァーは水差しを取りに行こうと立ち上がる。
後ろの方でグラスに水を注ぐ音を聞きながら、エミリーはトレヴァーの言葉をじっくりと反芻する。
差し出されたグラスを受け取るとエミリーはゆっくりと喉に流し込む。空になったグラスを見つめながらエミリーはまたポツポツと話し始める。
「母さんから見て私はどんな風に映ってるのかな」
「自分勝手なおてんば娘?」
「やっぱりそう見えてるのかな……」
「冗談を真に受けるくらい心に余裕がないのが問題だよ。さっきの話と被るけどさ、エミリーはずっと気張り過ぎなんだよ。
で、空回りしてるから母さんもエミリーのことを誤解するんだ。母さんも気張り過ぎてるから余計に誤解し合ってるだけ」
トレヴァーは水が入っているはずのグラスをまるでウィスキーを飲むかのように傾けると、これまた少なくなった中身を舐めるようにちびちびと飲み始める。
「まあ、一度お互いに腹を割って話すべきだろうね。変に遠慮せず、何でも思ってることをぶつけ合わないとこれからもすれ違いは続いちゃうよ?」
「そうなんだろうけど……」
「とはいえ、いきなり話すなんて無理だろうし母さんも戸惑うだけだろうからね。まあ、自分も間に入るから気兼ねなく挑戦しな」
「うん……」
言葉とは裏腹に顔色はすぐれないが、心に残るものはあったのだろうという手応えを感じたトレヴァーは話題を変える。
「ところで蒸気機関学だっけ?あれってすごい楽しそうなんだけど、今から受けることってできないの?」
「そんなのできないに決まってるでしょう。年を考える以前に立場を考えなさいよ」
「そこを理事長権限で何とかなりませぬか、エミリー殿」
「なる訳ないでしょう。私を何だと思ってるの」
「そりゃあ、自分勝手なおてんば娘じゃないの?」
「よし、明日から模擬戦だ。ギャフンと言わせてやる」
「冒険者出身を舐めるなよ?少し魔術を扱えるからって兄の壁はそう簡単に越えられないよ?」
「私だって伊達に理事長やってる訳じゃないからね。実力でそこまで上り詰めたことを証明してあげましょう」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う二人は、けれどどこか楽し気で。
エミリーの心は少し晴れやかだった。
という訳で通常運転です。
ストックはまだまだ足りませんが、何とか書き切れたので
取り急ぎアップしました。




