十二 ホムンクルスとの戦い
「全く、まさかホムンクルスと対峙させられるとはね……」
そう愚痴をこぼしながらも、チャールズの表情は生き生きとしている。錬金術に造詣の深い者にとって、伝説的な存在が目の前にいることは大きな意味を持っている。
だが、それ以上に特別捜査官として犯人を追い詰める興奮が勝っている。たった今、自分の魔法が噛み砕かれたばかりなのに、チャールズは余裕たっぷりに杖を構えていた。
「さっさと諦めたらどうだ?」
初めて女が喋った。だが、チャールズはどうしてと言わんばかりに肩をすくめるだけだった。
「自信たっぷりな男は嫌いじゃないが」
そう言うや否や女は同時に二つの魔術を発動する。風魔術を地面に叩き付けることで巻き起こした土煙に、土魔術で生み出したがれき類を混ぜ合わせたものをそのままチャールズにぶつけようとする。
チャールズは瞬時に土壁を生み出し、相手の荒れ狂う竜巻から身を守る。だが、その土壁を直接打ち抜いて、男の腕が伸びてくる。
「ぐぉ……」
壁の向こうから不機嫌そうな声が聞こえてくる。男の腕はギリギリのところでチャールズに防がれていた。
自分の胸先すぐのところで、一本だけ異様に長い爪を持った腕がジタバタと暴れ回っている光景を目にしながら、土魔術によってこの壁を瞬時に補強した自分の腕に感謝せずにはいられなかった。
爪から粘り気のある液体が垂れている。それは地面に落ちると白い煙を上げた。
「デビルスコーピオンの能力まで……」
その光景にチャールズもさすがに動揺を隠せない。デビルスコーピオンは災害級とまではいかないものの、陸生の魔物の中では危険度がずば抜けて高い。その尾から繰り出される毒液は、他のスコーピオンと違って腐食性を持ち、浴びた箇所をすぐに切断しなければ直ちに命を奪ってしまう程の威力を有していた。
チャールズは迷うことなく、壁に囚われて身動きできない男のその腕に二つの魔術を叩き付けた。
空気の渦によって極限まで細められた、水圧の勢いが凄まじい水が腕にぶつかった瞬間、男は初めて苦悶の声を上げた。その一本の細長い水流は確実に腕を貫いたまま、上から下へと進んでいく。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大声で男は叫ぶと、力任せに土壁を破壊して自由を取り戻す。その衝撃でチャールズは後方に吹っ飛ばされてしまったが、怒り狂う男の様子を見るに距離を取ることができたのは幸運だった。
男の右腕は半分以上千切れかけているが、まだ完全ではない。使い物にはならなくなっただろうが、その反面どういう動きを見せるのか予想がつかなかった。
「チッ」
女は舌打ちすると自分も男から距離を取った。この状況が極めて厄介であると彼女も考えているようだった。
ホムンクルスは、乱暴に言ってしまえばキメラの人バージョンである。キメラ同様、錬金術を研究する者にとっては憧れの存在であるものの、複数の命を強引に混ぜ合わせて新たな命を生み出す行為は、決して踏み込んではいけない領域だった。
それだけでなく、ただでさえ複雑怪奇な術式や理論の上に成り立っている錬金術において、キメラもホムンクルスもおとぎ話の一種にされる程にその実現は不可能とされてきた。
チャールズ自身、学生の頃は錬金術に纏わる文献や研究結果を読み漁っていたが、キメラやホムンクルスを創造したという話は片手で数えるほどしかなく、そのどれもが信憑性に欠けていた。
ただ、それらの話にも共通していることが一つだけあった。それは知性の著しい欠如である。
簡単な指示は聞けるものの、少しのことですぐに暴走する危険性が高いことをチャールズは思い返していた。
「動くな!」
聞き慣れた声が辺りに響くと同時に特殊戦術部隊が姿を現し、敵達を包囲する。チャールズの横にはアシュリー・レーガン特別捜査官が並んだ。
「遅くなったわ」
「大丈夫だ。それよりあいつはホムンクルスだ。オーガとデビルスコーピオン、何らかの長命種は確認した」
突拍子もないことを言われたはずなのに、アシュリーは少しだけ長く息を吐いただけだった。既に彼らの脅威を、身をもって体感しているのは勿論のことだが、チャールズの今までの実績と人柄に信頼を置いているからこそ、敵がホムンクルスだと言われても信じることができた。
アシュリーはすぐにハンドサインを送ると、包囲陣形を少しだけ変化させる。それに気付いた女は自分の後方にいる隊員達に呪文を放った。
「援護を!」
隊員達の斜め上方から無数の炎の矢が降り注ぐ。仲間同士で連携を取ることでその危機から脱した隊員達だったが、本来ならば奇襲攻撃に向かない呪文が繰り出されたことで包囲陣形に隙ができた。
そこをついて脱出しようとする女だったが、チャールズが同じく炎の矢を降らせて彼女の行く手を阻む。殺気のこもった目で振り返る女の足元にチャールズは燃え盛るロープを放って転倒させる。
「忌々しい……」
女は密かに毒づいた。自身の足首に絡みつく魔術の正体を瞬時に見抜き、自分達に有効なものを打ち込んだ相手に少しの敬意を覚えすらした。あの男は自分が直々に立ち会うに相応しい。
だが、痛みに耐えかねていた男が天に向かって咆哮したことで女の注意は現実に引き戻された。
「リミッターが外れたか」
女が呟くと同時に男の体が急激に形を変えていく。今やローブは裂け、盛り上がった筋肉に乗っかるただの布切れの数々に過ぎない。千切れかけていた右腕も元に戻っているが、その部分にはびっしりと鱗が生えていた。
「チャールズ。あれって……」
「ああ、ドラゴンだ」
用いられた長命種の正体こそ分かったものの、その事実は決して嬉しいものではない。ドラゴンは高い魔法耐性を備えているだけでなく生命力も強い。
「アイツの注意を惹いてくれ」
チャールズはアシュリーにそう言うや否や前に駆け出す。アシュリーは溜息をつきたい思いだったが、すぐに気を取り直すと隊員達に指示を出す。
背丈こそ変わらないものの、男の体は驚くほど厚みを増している。各方向から放たれる呪文をことごとく跳ね返しながら、不気味な声で男は笑い続けた。
男は口から先程と同じく赤い閃光を放とうとする。ドラゴンの要素が交じっているせいか、それがブレスに見えたアシュリーや隊員達は背筋に悪寒が走るのを感じていた。
「避けて!」
それが防げるものではないと本能で嗅ぎ取ったアシュリーはすぐに指示を出すと、自身も迫り来る閃光から逃れた。
エリカがその場にいればレーザーのようだと例えていたであろう赤い閃光は、それが直撃したところをことごとく溶かしていく。
「何なのあれ……」
その威力の凄まじさに隊員の一人が声を上げる。それ程までにホムンクルスの存在は異質だった。
「はっ。その程度で驚いているとは王国も大したことがないな」
女が地面に倒れ込んだまま不敵な笑みを浮かべる。アシュリーは挑発に乗らないよう意識している風に見せかけつつ、女が「王国も大したことがない」という言い方をしたことを心に刻んだ。
ホムンクルスが女の近くに陣取る。取れるものなら取ってみろと言わんばかりに隊員達一人一人に気味の悪い笑みを浮かべていくが、それは必ずしも守るという行動とイコールになっているとアシュリーには思えなかった。
その時、アシュリーは自分の身体が少しポカポカするような不思議な感覚を覚える。これは白魔術による身体強化を受けたことを意味しており、そんなことを断りもなく合図代わりに行うのは一人しかいないことをアシュリーは長年の経験から学んでいた。
「総員、下がるわよ!」
アシュリーの号令により隊員達が包囲陣形を保ったまま距離を取る。その瞬間、どこに潜んでいたのかチャールズが姿を現し、ホムンクルスの前に立ちふさがった。
「やあ、こんにちは」
チャールズはニコリと微笑みかけるが、その杖は油断なくホムンクルスの顔の前に向けられている。
「ぐぁ……」
口内に糸を引くその表情には嫌悪感を禁じ得ないが、チャールズは意に介さなかった。その代わりに杖から特大の水球を生み出すと、それを撃ち出した。
「こいつは喰らえねえだろ?」
挑発するチャールズを苛立たし気に見やるとホムンクルスは口を大きく開ける。足元にいる女はその水球を注意深く見ていたが、ハッとした表情を浮かべるとホムンクルスを止めようとする。だが、足に絡みつくロープは今や彼女のあらゆる動きを阻害していた。
チャールズが放った炎のロープには黒魔術が練り込まれており、焼けただれた箇所から魔力も排出させていた。
ホムンクルスは再び水球にかじりつくだけでなく両手でそれを抱え込むと、バリバリと噛み砕いていく。それを見たアシュリーは周りの注意を惹かないように場所を移動すると、チャールズの援護に回る準備に入った。
「ぐぉぐぉぐぉ!」
自分の顔よりも大きな水球を食らい尽くすと、ホムンクルスは愉快だと言わんばかりに笑い飛ばす。
そして右腕を豪快に振るってチャールズを薙ぎ払おうとする。
「おっと」
チャールズはそれを何とか躱すと、すぐに後ろへ下がった。ホムンクルスは一歩前に足を出す。後退したはずなのに、先程よりもホムンクルスとの距離が縮まってチャールズは肝を冷やした。
「一斉攻撃!」
ホムンクルスの右斜め後ろに移動していたアシュリーがホムンクルスの頭上に土塊の雨を降らせる。それに続いて隊員達も攻撃を仕掛けた。
その光景を眺めながら、チャールズはアシュリーが自分のやろうとしていることを一番理解していることに改めて気付かされる。
ホムンクルスは自身を右腕で、女を左腕でかばいつつ土塊の雨が収まるのを必死で耐えている。
突然、ホムンクルスの左腕がだらんと垂れ下がる。その衝撃で下にいた女の左半身に拳がぶつかり、骨の折れる嫌な音と女の甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。
その様子を不思議そうに見ていたホムンクルスだが、頭に何度も鈍い痛みを覚える。そしてようやく自分の右腕も同様に垂れ下がっていることに気付く。
「ぐぁ……」
声にならない悲鳴を上げながらホムンクルスは膝をつき、ゆっくりと地面に倒れていく。その下敷きになった女は怒り狂った叫び声を上げる。それは自分の相棒が倒されたことへの怒りではなく、自分の足の上に倒れ込んだことへの怒りだった。
「降伏しろ。もう終わりだ」
チャールズが女に杖を向ける。既にホムンクルスは虫の息になっていた。
「毒を混ぜるとはね。やるじゃないか」
だが女はあくまで余裕の笑みを絶やさない。膝より下はホムンクルスの身体で圧し潰されて身動きできないはずなのに、その目は恐ろしいまでに輝きを放ち、真っ向からチャールズを睨みつけていた。
「早く降伏しなさい。あなたも手当てが必要よ」
アシュリーも杖を向けつつ女を説得する。援護するように隊員達がじわじわと包囲を狭めていく。
女は深く溜息をつくと、動く右手をホムンクルスに押し付ける。その姿は彼を何とか押しのけようとしているように見えたが、指先に高密度の魔力が集まっていることにチャールズは気付いた。
「逃げて!」
それに同じく気付いたアシュリーが隊員達に叫ぶ。チャールズは彼女を押し倒すと自分の体を盾にしてかばった。
実際はボンという軽い爆発音が起きただけだった。チャールズは真下にいるアシュリーの無事を確かめる。
「私は大丈夫だけど、ちょっと重いかな」
「これは失礼」
チャールズは慌てて身を起こすと、アシュリーに手を差し伸べて彼女が起き上がるのを手伝う。
「全員、怪我はないか?」
チャールズの呼び掛けに、同じく伏せていた隊員達が無事を報告する。その中の一人が報告する。
「対象が逃走しました!」
見ると、そこには上半身が吹き飛ばされたホムンクルスの死体だけしかなく、女の姿はどこにも見当たらなかった。
「全く恐ろしい奴だよ」
「あなたの拘束から逃れるなんてね」
「ああ。自分で自分の足を吹っ飛ばすなんて俺も思わなかったよ」
アシュリーが驚きを隠せない表情でチャールズを見た。
チャールズが放ったロープを外すことはほぼ不可能だ。膨大な量の魔力を込めれば何とかなるものの、その魔力が常時失われていくのだから自力で逃れるのは無理な話だった。
唯一の方法を除いて。
チャールズはホムンクルスの残った身体をひっくり返す。そこにはかろうじて足と判別できる肉塊が残っていた。
「女は恐らくこの近くにまだいるはずだ。手負いだからといって油断するな!」
他のエリアから駆けつけてきた警官達へ指示を出しながら、チャールズは厳しい表情を浮かべた。




