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第7話 決断

「無理です」


壮亮の回答は、久留里が頭を下げた数秒後に発せられた。


「久留里先輩の置かれている状況は理解できました。俺も、中絶するのは何か違うと思います」


「それなら……」


「けど、それとこれとは話が違います。

妊娠は母体に大きな負担をかけ、場合によっては母体と胎児両方の命が危険に晒されると教わりました。

それなら、なおさらこんな所ではなくて設備の整った動物病院に預けるべきです」


「それについては考えてます。

今も出産に理解のある動物病院を探しています。けど、なかなか見つからなくて」


顔を伏せた久留里の目元に小さな影が見て取れた。

今まで後ろのゲージに目がいって気が付かなかったが久留里の顔は少し疲れているように見える。


「だから、出産させてくれる動物病院が見つかるまでミルクをここに置いてくれませんか」


今にも泣きそうな久留里の瞳に壮亮は何も言えなくなる。

見つめられることに耐えかねて目を逸らした先に春日先生の顔があった。

困ったような悩むような顔をしているが、目の奥に隠した本当の感情が読み取れない春日先生は、どちらにも助け舟を出す気が無いらしい。

壮亮は後で絶対この件を問いただすと心に決めて久留里に向き直った。


「動物病院が見つからなかったらどうするんですか?ここで出産するんですか?」


「それは、なんとかして見つけます」


「なんとかってどうやって?」


「なんとかはなんとかです」


平行線の議論は何も生まない。

壮亮は話題の矛先を変えた。


「じゃあそもそも、どうして学校にペットを連れてくることになったんですか?

家はご両親の目があるとしても、親戚や友達の家に一時的に預かってもらうことは出来ないんですか?」


「親戚はみんな両親と同じ意見です。妊娠するのはいけないことなんだって」


「じゃあ友達は?動物の妊娠に寛容な人の一人ぐらい居ませんでしたか?」


壮亮の問いに久留里は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに気を取り直し意を決したような表情で言った。


「私、友達いないので」


その言葉と共に涙を堪えた真っ直ぐな目で見つめられた壮亮は、また居心地が悪くなり目を逸らした。

その先には春日先生の顔が。

その顔はさっきとは異なり、壮亮が悪いと言わんばかりに壮亮のことを睨みつけていた。

泣きそうな目と怒ったような目。

二つの視線に挟まれた壮介に逃げ道は残されていなかった。


「俺に出来る範囲でよければ、手伝うぐらいならしても良いですよ」


苦々しげに壮亮が呟くと久留里の表情が目に見えて明るくなった。


「はい、それでいいです。お願いします」


まるで救世主であるかのように、拝むように頭をさげる久留里に壮亮が恐縮する。


「でも、はじめも言いましたけど力になれるかわかりませんからね?」


壮亮の言葉は謙遜ではなく自己分析によるものだ。

生物部と言えども、部員は一年生の壮介一人という零細部活。それに活動らしい活動もしないまま一学期を終えた。

壮亮と入れ替わりに卒業していった先輩が飼育していたメダカと名前のわからない小さな亀に定期的に餌をやるのと何度か水槽の掃除をしたのが、生物部としての活動らしい活動だ。

あとは、放課後電車が混む時間を避けるための時間つぶしの場として生物部に通い、部屋の隅に積まれたガラクタを物色したり読書やその日の宿題を片付ける事しかしてこなかった。

春日先生がどう言う意図で久留里に壮亮のことを紹介したのかは分からないが、力になれるかわからないというのは壮亮の紛れも無い本心だった。

それでも、場の空気に流されたからだとしても協力すると言ってしまったからには、無責任にはなれない。


「で、どうします?

こんなガラクタばかりの部屋じゃ猫が生活するには危ないですけど、病院が見つかるまでずっとゲージの中というわけにもいかないでしょ?」


生物部は元生物第2教室を使っているので広さはある。

だが、物置にされていた後ろ側は物で溢れかえり高いところが好きな猫が登ればいつ崩れるか分からない。

久留里はほかにあてがなくてここへミルクを連れていたのだろうがここは猫を飼うには不向きな場所だ。


「それならいい場所がある」


それまで傍観を決め込んでいた春日先生が急にそう言って笑った。

壮亮をこの厄介ごとに巻き込んだ張本人は、そんなこと一ミリも気にしていないと言った顔で二人の顔を交互に見た。

その目の奥は、やはり何を考えているか壮亮には分からなかった。














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