8:ヒトの温もりに飢えてるんだ
次の夜の波が伝播してくる前に、一行は橋の中央部に差し掛かった。
当面の目的地と定めていた空中都市〈ムセイオン〉まで、あと少しだった。
けれど、連絡通路から分岐した坂道を上がって、いよいよ入場できるかというところで、二人は立ち止まる。行く手の先が、何やら透明な物質によって通せんぼされていたのだ。物質は前方のコロニーをすっぽりと覆い尽くしていた。天海が恐る恐る近づいて手を触れると、ぼよんと表面が揺れた。今度は手のひらで強く叩くと、ばしゃばしゃという涼しい音が跳ねた。
彼女は無言でオシラサマの隣まで戻ってから、所見を述べた。
「水……」
『水ですね……』
「困った……」
『気づきませんでしたね。ずっと見えてたはずなのに……』
「これじゃ先に進めないね……」
『これはでも……壁ですね』
「壁?」と天海が訊き返す。
『というか泡かな。テラフォーミングの一種でしょうか? この手のものは簡易的に大気を閉じ込めるために造ると習いました。バルドの大気はほら、今はまだこんなに希薄ですし、おそらくはこの環境では生きていけないような人たちが住んでいるのでしょう。水で出来た水槽といった手合いです』
「大気が水に溶けたりとかはしないのかい? 完全に閉じられるのかな、それ」
『詳しい理屈はわたしにもわかりませんよ。そういう考え方もあるかな、ってだけです』
「だいたいもしそうだったら、それってつまり――」
訝しげに天海の発した言葉を遮るように、オシラサマは続けた。
『いずれにせよ、彼らのコロニーに入ってみなければ分からないこともあります。ただ、今回は想像以上に非道い結末に終わるかもしれない。今なら見なかったふりをして回れ右、まっすぐ本来の目的地であるブリューゲルのバベルに向かうこともできます。どうしますか?』
「分かってて訊いてるでしょ、オシラサマ。僕たちはヒトの温もりに飢えてるんだ」
『……そうですね。わたしもそろそろ、誰か生きているヒトに会いたい』
それからオシラサマは視線を伏せると、独り言のように続けた。
『それに、お兄ちゃんを探すための手がかりだって、きっと――』
「決まりだね。あとは、どうやってこの〝泡〟の中へ入ればいいのかだけど……」
天海が語尾を濁す。二人は途方に暮れてしまった。
するとオシラサマの肩から白い鳩が飛び降りて、ぽちゃんと水の壁に飛び込んだ。
とてとてと三秒ほど水の中を歩いてから、再び二人のもとへと戻ってくる。
そこでようやくオシラサマは、自分が耐水性のあるロボットであることを思い出した。
天海も同様に、自分が水泳のできるイキモノであることを思い出したはずだった。
しかも、驚きはそれだけではなかった。
(ついてきてください。案内します)
得意げに戻ってきた鳩が、二人と同じ標準日本語を口にしたのだ。ただし発声はしない。
天海とオシラサマは、ポカンとした表情で顔を見合わせてから呟いた。
「『喋った……」』




