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九十億年のカナタ/新世界系少女ふたり旅  作者: 朝野神棲
第二話 予定調和のアーキタイプス
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第二話 予定調和のアーキタイプス ①

 オシラサマと天海は、ずぶ濡れになっていた。

 水に濡れたオシラサマの外骨格が、陽光を受けてきらきらと煌めく。

 天海は水色の下着姿で、解けた灰色の髪から水滴が滴り落ちていった。

 細身で背が高く、腰はくびれている。オシラサマは思わず見惚れてしまった。

「どう?」と彼女は、現在の自分の格好について自虐的に問うた。

『かっこいいですけど、なんかえろいです。ぞくぞくします』

 オシラサマが正直に答えると、天海は髪を軽く絞りながら嘆息した。

「よく言われるんだよなぁ、おまえは素がえろいって」

『色っぽいっていう褒め言葉ですよ。艶があって羨ましいです』

「というかオシラサマ……荷物ちょうだい……」

『ああ、そうでしたね』

 オシラサマはバックパックを下ろすと、中から天海のナップザックを摘み出した。

 天海はそれを受け取ると、丁寧に畳んだ衣類を取り出す。どれも乾いていた。

 それから彼女は、大気中の霊子を翻訳してタオルを創り出そうとして――手を止めた。

 もう一度同じ動作を繰り返して、何も起きないことを理解して、驚いたように

「霊子が無い……」と呟いた。

『危惧したとおりですね。ここの大気組成には霊素が含まれてません』

「下着どうしよう……タオルもないし乾かせないし……」

『替えはあるんでしょう? 非常用の生理用品と一緒に』

「そうだった。自分でも忘れていたよ」

 そう言うと天海はナップザックの奥から乾いたタオルを取り出し、身体と髪を拭いた。

 それから乾いた下着一式も取り出し、着替えを始める。

 水色の薄いスカートをはいてから、ショーツを脱いで新しいものと替えた。

 濡れそぼったブラの上からキャミソールを着込み、器用に下着を引き抜いた。

 最後に灰色の長袖パーカーを羽織って長い髪を外に出すと、彼女の着替えは終わった。

『寒くないですか?』とオシラサマが問うと、

「少しだけ」と言って天海ははにかんだ。

 ムセイオンを包み込む水の壁は、たった五メートルほどの厚さしかなかった。衣服を脱いで潜り込んだはいいが、十秒もしないうちに泡の内側へと出ることができた。空中都市をすっぽりと包む巨大な水の内壁を見上げて、水族館の中みたいだな、とオシラサマは思った。橋の地面に届く陽射しには、水面の揺らぎが踊っている。

 濡れた下着をオシラサマの脚部の突起物に(無許可で)干しつけた天海は、次にずぶ濡れで飛ぶことも叶わなくなっている白い鳩に歩み寄った。「ちょっと動かないでね」と言い、先ほど自分の身体を拭いたタオルで鳩の羽をぽんぽんと叩いてやった。

 おとなしくされるがままになる鳩。再び喋りだす気配はない。

 大気に霊素が無いからかな、とオシラサマは考えた。

 天海は水気を拭き取られた鳩を抱えて、オシラサマに渡した。

 オシラサマは頷くと、自分の肩に鳩を載せた。いつもの定位置だ。

「羽が乾くまでは、ここでそうしてるといいよ」と天海が言った。

 身支度を整え終えた二人は、自分たちの今いる場所を見回す。

 泡壁の内側へ入れたとはいえ、目的地である空中都市まではまだ少し距離があった。

「特に誰が来るわけでもないね……」

『淋しい歓待のしかたですね。まさか誰も出迎えてくれないとは……』

「言うなれば僕たち、不法侵入者なのにね」

『行きましょうか。まだ道は続いてますし』

 そうして一行は、再び歩き出す。

 道中オシラサマは趣向を変えたいと言って、外装の配色を切り替えてみた。

 ずっと白一色に統一されていた外骨格が、艶やかな紫陽花の着物模様に変化した。

『似合います?』

「素敵だよ」

 天海は目を細めて答えた。

 やがて彼女たちはコロニーの入口まで辿り着く。

 重ね合わせた皿のような空中都市群の一つ、それを囲む真っ白な外壁。

 閉め切られた巨大な門扉の前で、オシラサマはスピーカー音量を最大値にして叫んだ。

『バルドの惑星頭脳〈アリストートル〉からの使節官、雲野カナタだ! 先の大戦による地球再建事業の計画変更の旨を伝達するため、各地の現生人類〈ホモ=ヌーメノン〉を巡礼している者である! 幽霊からの伝達者として、この地区のレシーバーシステムと同期を図りたい! そなたたちの長との会見の場も設けてはくれぬだろうか!』

「…………」

『…………』

「……出てくるかな、彼ら」

『……わかりません。気長に待ちましょう』

 けれど気長に待つほどの時間も経たず、まもなく三重の扉が開き、中から迎えの人間がぞろぞろと現れ出てきた。銃剣つきの自動小銃を小脇に抱えた彼らの周囲には、武装した自動人形――レシーバーたちの姿も数機ほどあった。

 先頭に立った警察服姿の男性は、膝をついて二人に拝した。

「お待たせしました。オシラサマ、そして小さなお嬢さん。どうぞ中へ」

 彼は北ルナリアでもなければ、正当ルナリア帝国語でもない言語で喋った。

 二人が日常的に使っている――標準的な日本語だった

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