38/64
第三話 現世人類のアタラクシア ⑨
例えば、二人は海へと出かけたりした。浮遊岩礁の一つにある浜辺を散歩していた。
ときおり天海の肩にとまった白い鳩が、上空をぐるぐると旋回する。
「海の下にも空があるんだ……」
「ここの高度は三百キロにあたるそうだ。落ちた水は何処に行くんだろうね?」
「確かめてみますか? それっ!」
そう言うとカナタは、靴と靴下を脱ぎ、スカートの裾を押さえながら波打際に入っていった。
くるぶしまで海水に浸かると、水を蹴り上げてソラにかけた。
「やったな!」
楽しそうに笑うと、ソラも同じようにしてカナタに仕返した。
それからしばらく二人はじゃぶじゃぶと浜辺を走り回っていたが、ソラを追いかけるように走り回っていたカナタは、ふと悲しそうな笑顔を浮かべて動きを止めた。ソラも足を止めると、怪訝そうに彼女を見た。
「……カナタ?」
「……ごめんね、ソラ」
そう言うと、カナタはゆっくりと右腕を持ち上げた。
「ここから先は、魔法が解けちゃうの」
伸ばした右手の指先が、ある地点を境に消失していた。
人工単子を顕現化する次世代型霊晶炉の有効範囲から離れすぎていたのだ。
鮮やかな夕陽が、静かな水面とカナタの儚げな横顔を染め上げた。




