幕間ⅰ 幽体人類のアプリオリ
「……眠れないのかい、カナ?」
「……うん。なんでだろうね。ただ眠るだけなのに」
「これだけのことを前にして、寝付きが良くなるわけないさ」
「眠ったら、いつもと変わらない朝が来るんだよね? いつもみたいに学校へ行けるんだよね?」
「そう、それだけ。違うのは、そこに九十億年の見えない歳月が横たわっていることだけ」
「本当に地球は寿命を迎えるの? 世界は終わるの?」
「偉い学者さんたちはそう言ってる。今から五万年後の話だけど」
「そしたら、どうなるの?」
「これから五万年のうちに太陽は内部の水素を燃やしきって新たな活動期にさしかかり、赤色巨星への膨張を始める。僕たちだけでなく、この太陽系が飲み込まれてしまうだろう。重力崩壊を起こさないまま白色矮星に変わった太陽は、やがて急激に冷却して暗黒矮星になるという。ここまでで二十五億年程度、予定よりもずっと早かった計算になる。惑星単子の解析によって明らかになった事実だけれど、事業を始めるにはもう早くはないそうだ」
「そうして、地球の再建が始まるんだね」
「そう。一掃された直後の太陽系にはまだ濃い宇宙線が飛び交っているから、まずは外殻と呼ばれるシールドを張る。そしたら数十万基に上る重力アンカーを宇宙空間に打ち込んで、地球と太陽の残骸を取り囲むそうだ。僕たちはそれを足掛かりに人工の大地と大気循環を組み上げ、第二の地球――何もかもが元通りの〝明日〟を創りあげるんだ」
「どうやって?」
「今夜カナは静かに眠る。するとカナの思惟は.mndファイル形式に変換されて光化学ホールバーニング(PHB)メモリーに保存される。それは空に浮かぶ無数の透明なモノリス〈PHB−NAS〉――君が毎日見つめていた十×三×一キロメートルの巨大な筐体の一つに収められて、地球が復興するまでの九十億年を過ごすのさ」
「それまでは誰が地球の再建を手伝うの?」
「君は遠隔重機であるロボット〈RECEIVER〉を覚えているかい?」
「うん。昨日も街で見た。道路の整備をしてた」
「全自動化された都市計画における僕たちの労働力、九八式遠隔管制型外骨格自律端末〈レシーバー・ビシュバカルマン〉。地球全体の都市計画をリアルタイムで制御している分散型人工知能〈アリストートル〉の制御のもとで、地球の復興もほとんどが全自動で行われることだろう」
「ヒトの手はまったく介さないの?」
「いいや。だから僕たちはあれを改造して、ロボットに乗り移って意のままに制御する技術を作り上げた。Transmitter_Of_The_Ethereal_Mankind――幽霊の為の憑依媒体〈TOTEM〉だ。千年に一度の間隔で無作為に選出された人格データたちはトーテムに移され、機械仕掛けの身体を得て地球の再建事業にあたるんだ」
「わたしやお兄ちゃんがそうなる可能性もあるの?」
「ああ、僕やカナが途中で目覚めて、トーテムに乗って地球の復興に携わることがあるかもしれない。けれどその固有堆積時間――記憶は削除されるだろうから、君の意識は今日と明日で連続性を保ったまま繋がるようになるはずだ。綺麗さっぱり、いつもと変わらない朝が来るのさ」
「わたしたちの身体はどうなるの?」
「残念ながら、この身体を九十億年も保存してはおけない。だからこその光化学ホールバーニングメモリーと、人工単子データなのさ。空を埋め尽くすPHB−NASには地球上のありとあらゆる遺伝子が保存される。物質、現象、生物、文化、地理、資源……一人一人の地位や生活基盤、家の状態から道路の石ころの配置に至るまで、僕たちの生活を形作る最小単位まで保存し、そして九十億年後、第二の地球――バルドに完全再現するのさ」
「他の惑星はどうなるの?」
「当面は重力鋲で代用するしかないだろうね。まずは地球と太陽をなんとかしなきゃ、なにも始まらないし。そういう意味では、確かに完璧な〝明日〟とはいかないのかもしれない。この事業はあくまでも地球の再建であって、僕たちは太陽系の再生をしたいわけじゃない。僕たちが変わらない毎日を送れるのなら、それでいいのさ。それこそ地球の場所がここでなくとも」
「じゃあ、この思惟データの.mndっていう拡張子の由来は、どうして?」
「単子(monado)の略さ。予定調和を知ってるかい、カナ?」
「知らないよ。お兄ちゃんみたいに頭が良くないから」
「僕たちの一生に通じた全ての思考や言動は、予め神様によってプログラムされている。例えば『二〇九八年四月八日の午後十一時十一分零秒に雲野カナタは兄に眠れないと相談する』だとか、『同時刻、雲野イヲリは妹に地球再建事業について説明する』だとか、そういったふうにね。その神様による人生のプログラムを哲学者ライプニッツは単子と呼んだ」
「じゃあ、わたしとお兄ちゃんは影響しあって生きてないってこと? なんかやだなあ」
「僕も嫌だけど……まあそういうことだね。最初からそうなるように設計されているのだから、それは演劇の台本に似ている。お互い自分に与えられたセリフや振る舞いを勝手に実行しているだけなのに、それが神様という劇作家の手によって統一されることで、一つの調和した光景を作り出す。それがこそが単子であり、予定調和なんだ」
「だから地球上の全てのプログラムを保存して、再現するんだね」
「そう、だから全てが元通りになる。九十億年を隔てて、変わらない明日がやってくる」
「なんだか、淋しいね。ぜんぶ無かったことになっちゃうんだ」
「そうだね。目が醒めたら新学期。来週のカナの絵の個展も、母さんのお墓参りもある」
「そっか……そうだよね。そっちのほうが、大切だよね」
「……カナ?」
「わたし、決めた。もし再建中に目覚めることがあったら、何か証拠や痕跡を遺していくの」
「痕跡?」
「うん。わたしが事業中に見たこととか聞いたこととかを、絵に遺すの。お兄ちゃん宛てに」
「面白いね。僕はカナみたいに絵は書けないけど……何か似たようなことをしてみようかな」
「良いでしょ? 合言葉はお母さんの名前で!」
「あはは、少しは落ち着けたかい? カナ」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「なら、安心しておやすみなさい、カナ」
「うん、おやすみ。お兄ちゃん」
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_Powered by Astro Engineering Japan.
_Supported by TANGE KENZO Laboratory.
_'AristotoleOS' is running...
_Confirming the connection with Aris' networks...
_Waiting...Completed...Setup as online.
_Reading PHB memories...
_Completed...Please your loging on.
Username: KUMONO_KANATA /
ID: ✱✱✱✱✱✱✱✱✱
_Signed. Please wait a moment...
_5...4...3...2...1...
_'REmort_Controllable_Exoskeletal_Intelligent-terminal_VER.2098'.
_'Transmitter_Of_The_Ethereal_Mankind' has been booted up.
_Welcome to 'RECEIVER.2098=Visvakarman' for 'TOTEM=MANU'.
_Hello!! Here is a manifestation!!
『え……?』
目を開けると、もう地球は滅んでいた。




