EP527 狂気の信仰
光神シンは様々な手段で人族と魔族の戦争を誘発させてきた。そして時には天使の邪魔をしながら目的のため戦ってきた。魂の消滅を引き換えにした綱渡りのような、長い長い戦いだった。
「もはや魔族には期待しない」
神書・海淵現を取り出し、パラパラと捲った。すると自動的に因子が組み合わさり、一つの術式として完成する。見る者が見れば、闇属性の魔法だと判断しただろう。光神シンが発動したのは精神干渉系の術だった。
その対象はアドラー基地。
特に収容されている人間族だ。
その数は五千。
しかし超越者によってあっさりと捕まっていた。
光神シンはそれを利用することにしたのだ。
「狂え、意思力を暴走させろ、興奮しろ、敵を見定めろ、狂戦士となれ」
自動生成された術式は、強化にして狂化を施すというもの。
人間族だけが対象となっているので、警備の魔族は術の効果を受けない。光神シンが不甲斐ない人間族に怒りを向けて放った術式だったので、海淵現は自動的にその意思を反映したのだ。
この瞬間、運命が変わった。
◆ ◆ ◆
アドラー要塞は元が都市だったこともあり、警備にはかなりの人数が割り振られている。軍事拠点として扱うには広すぎる場所だ。
「移動だけでこんなに面倒だなんて。聞いてないぞ」
「文句を言うな。私語しているところを見つかったら減給されるぞ」
「分かってるよ」
魔人族の兵士が二人、基地の中を歩いていた。彼らは人族が収容されている区画の見張と見回りが仕事だ。しかし五千もの人族が収容されている場所を監視し続けるのは骨である。
本来は監視などしなくても充分に閉じ込めておける施設なのだが、これは兵士たちの気を緩めないための訓練として扱われていた。尤も、気を抜く兵士も多いのだが。
「これなら事務仕事の方がましだぜ」
「だから私語は……」
「分かった分かった。もう黙るよ」
二人も気を抜いていた。
この時、光神シンの術式が発動していたのだ。
「あああああああああ! うああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
「あああああああああああああああああ!」
「はははははははあああっ! あはははははは!」
「ぁあああぁぁあぁぁあぁああぁぁああ……」
収容所のあらゆる箇所から絶叫のような、呻きのような声が漏れだした。勿論、二人を含めて警備の兵士たちは状況確認に走り出す。
まるで苦しむような声なのだ。
「状況は?」
「収容所の壁が叩かれている。それも壊れるんじゃないかってほどだ」
「人族の奴ら、一斉に蜂起したってのか!?」
「そうじゃないぞ。何かに狂ってるみたいだ」
壁を叩く音は激しく、強くなる。
あまりの威力で収容所は揺れていた。
そして壁がベコベコと内側から変形し、天井や床には大量の亀裂が走っていた。この施設は超越者であるリグレットによって再構築された最高峰の軍事基地だ。それをこれほど容易く破壊しようとしていることに誰もが驚きを隠せない。
「お、落ち着け……自動修復が発動するハズだ」
この収容所は頑丈に作られている上に、修復機能もある。
何もしなくてもいい。
そう考えて見守った。
だがそれは間違いだ。
魔人族という種は、あまりにも強大な二人によって守られ過ぎたのだ。確かに強力な魔物から身を守るために力を身に付けているし、そもそものスペックも高い。しかし、意識の面で人族に大きく劣っていた。危機管理能力については獣人竜人族が最も優れ、魔人族とヴァンパイア族はこの上なく低い。
その性質が命運を分けた。
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
収容所の外壁が全て砕ける。
それも一斉に。
「馬鹿な! 破られるなんて!」
「早く各所に連絡しろ。誰か本国に……」
「おい見ろ!」
「何も聞こえない! 大声で言ってくれ!」
「人族が逃げたぞ!」
「だから奴らを見ろ! 《気纏》だ!」
破られた壁の奥から、強い気配と共に白い光が滲み出てくる。
それは《気纏》スキルによるものだ。
脱走してきた人族は気を纏っており、眼は焦点が合っていないように虚ろ。そして魔族を見つけるや否や、問答無用で襲いかかってきた。
「仕方ない。殺せええええっ!」
すぐに兵士たちは銃を構え、掃射する。
しかし気があるので耐性が上がっており、銃弾が弾かれてしまった。更には魔族をも超える動きで砦を蹂躙する者までいた。
先の戦いで限界レベルへと達したレイン・ブラックローズである。
「ウオオオオオオオッ!」
最高位のスキル《魔力支配》を持つ彼は、狂ったまま暴れる。《身体強化》で施設を破壊し、《魔弾》が兵士を貫き、《魔装甲》は銃弾すら跳ね返し、《魔障壁》を足場に空中すら戦場とする。
レインに意識はなくとも、意思力が消失したわけではない。
魔族を倒すという絶対の目的が彼の深層へと刻まれたままなのだ。その魂の奥深くに眠った意思力が、狂気となって発現する。光神シンは魔族を滅するという意思を励起したに過ぎない。たとえ小さな意思力であったとしても狂気という精神異常が最高位の意思へと昇華させてくれる。
「誰か!」
戦場はまさに阿鼻叫喚。
警備の兵士たちはあっという間に殺され、通路は血の色で染まった。狂気に染まった五千もの人族は止まることがない。目につく魔族を殺し尽くし、アドラー要塞を制圧する。
「誰か……」
魔法も気が無効化してしまう。
本来、《気纏》のスキルは魔法を無効化するほど強力なのだ。まして狂気によって最高に高められた意思力から供給される気の強さは、推し量ることなどできない。
「だ、れ」
アドラー要塞はわずか数分で壊滅した。
◆ ◆ ◆
「ほう。あれは見所がある」
一部始終を観察していた光神シンは、術式を停止させる。その術式は狂化ではない。魔法による通信を妨害する術だ。助けを呼ばせないため、また状況を把握させないために通信を断絶させた。
そして光神シンが目を付けた相手とは、レインのことである。
「そこのエルフよ」
瞬時にレインの前へと移動した光神シンは、尊大に語り掛けた。
すると意識は残っていないにもかかわらず、その狂った信仰心の故に彼は跪いた。そして放たれていた狂気とも呼べる雰囲気は瞬時に静まり、神聖な様相すら見せる。
信仰の心が狂気を打ち破ったのだ。
(ますます見所があるな)
光神シンは『天の因子』を取り出す。
天使化に必要となる神の加護に近しい要素を取り出し、固めた情報体だ。真なる神とは言えない光神シンでも、【魂源能力】を発現させることができる。
「名を言え」
「私は……レイン。レイン・ブラックローズです。我が神よ」
「力を授けよう」
天の因子は光神シンの手から離れ、宙を舞ってからレインの中に入った。光り輝く力の源は、レインと融合してその情報次元へと干渉する。それは強制的な変異であり、情報体の破壊でもある。つまり、適合できなければ死ぬ。
レインは全身に強い痛みを感じ、叫びそうになった。
だが意思の力で封じ込める。
地面を転げ回っても足りないような激痛の中、ただ意思力によって静かに耐えてみせた。
「ほう」
思わず光神シンも感心する。
そして同時に天の因子がレインに定着したことを確認した。
「始まるぞ。貴様の超越化が」
跪くレインの周囲に、無数の文字列が浮かび上がった。
新しい超越者が生まれるのだ。
―――超越化を開始します。
――『世界の情報』からの解放を確認。
―――固有の情報次元を確立します。
―成功。
――――特性「意思生命体」を獲得しました。
――特性「魔素支配」を獲得しました。
――――特性「植物調和」を獲得しました。
――超越化に成功しました。
―――続いて魂の素質より権能を解放します。
――特性「薔薇化」を獲得しました。
―特性「封印」を獲得しました。
―――特性「無効化」を獲得しました。
―――権能【黒薔薇】を発現しました。
――告。
―――エヴァンより新たな超越者が誕生しました。
――規定により、『世界の意思』は創造主への報告を行います。
―――――――――――――――――――
レイン・ブラックローズ 296歳
種族 超越神種森人
「意思生命体」「魔素支配」「植物調和」
権能 【黒薔薇】
「薔薇化」「封印」「無効化」
―――――――――――――――――――
「これが新しい僕……」
「そうだ。俺のしもべとして、働け」
「ご命じください」
「東に魔族の街がある。消し去れ」
「はい。では我が神はいずこへ……?」
「俺はお前以外の人族と共に西へ行く」
レイン以外の人族は狂ったままだ。
このまま西へと向かえばどうなるか、レインには予想もつかない。しかし、光神シンのすることに間違いなどないと確信していた。
光神シンは空間を開き、そこから人の頭ほどもある大きな杯を取り出す。
それは右手の平の上で浮いており、中には黒い液体が僅かに溜まっていた。
「お前の働きによってこの杯が満たされた時、世界は生まれ変わるのだ」
そう告げられたレインは、額を地につけるほどの礼をして震えた。
世界が清浄に生まれ変わると信じて疑わない。
彼は狂信しているのだ。
そして神の業の一部となれることを狂喜していた。
黒薔薇
英語だとブラックローズ
ドイツ語でシュバルツロゼ
過去に感想で「レインに超越化を!」という声もあったので、超越化ルートにしました。能力の詳細は次々回かな? まだ書いていないので分かりませんが、恐らく次々回でしょう。





