EP326 嘘の世界
分裂天使が完全に消滅したことを悟った光神シンは、たった一人で天使四体の相手をしていた。前衛として戦うユナとミレイナの猛攻を剣一本で防ぎ、アリアの遠距離攻撃を捌き、リグレットのサポートを逐一潰している。
しかしセイジに憑依した光神シンは本来の力を使うことができず、苦戦を強いられていた。
「滅び失せよ」
神剣・天霧鳴と神剣・天叢雲剣を交互に使い、超越天使に攻撃を続ける。情報次元を分解する天霧鳴があれば、大抵の攻撃は発動兆候を得た時点で解除できる。そして嵐を司る天叢雲剣の攻撃力があれば、どんな敵も吹き飛ばせる。
権能を使わずとも、二つの神剣だけで充分に戦うことができていた。この時点で憑依化セイジの強さを再確認できる。
「はあああああああっ!」
そしてミレイナが権能で嵐を相殺する。「無効化」と「黒風」を組み合わせ、疑似的に嵐の力に近づけているのだ。霊力で劣っている分は「無効化」の特性で上回り、更に意思力で補う。
ユナは武器を使い捨てにしつつ、一刀一撃で攻撃を続けていた。
これは武器の力を使い尽くすという戦闘法である。
権能によって生み出した神魔装を生み出した時、その神魔装にはポテンシャルが情報次元に記述されている。どれほどの性能を持ち、どのような能力を保有しているかが決まっている。その限界値を一瞬にして使い尽くす戦闘法こそ、一刀一撃の理。武器と交わり、武器を知り尽くし、武器の真の力を引き出せるユナでなければ使えない真理だ。
「ふっ!」
一息で空中を踏み込み瞬間的な移動と圧倒的な瞬間火力によって憑依化セイジを斬り伏せる。天霧鳴による無効化など間に合うはずもない。光よりも一瞬の速さで使い尽くされる武器の威力に抗う術などないのだ。
神魔装という超越者を傷つける武装を瞬間的に爆発させる。
憑依化セイジの纏う嵐すら切り裂き、ハッキリとしたダメージを与えた。しかしユナの攻撃は一刀一撃であるため連続性がなく、力を使い尽くすという点で隙だらけだ。援護がなければ戦えない。
「ユナ!」
アリアが呼びかけ、同時に転移させる。
移動できず反撃されそうになっていたユナは、その場から消えた。憑依化セイジの攻撃は空振りとなり、ミレイナが《爆竜息吹》を放つ。
大爆発とミレイナの気が空間を蹂躙した。
しかし瞬時に爆風を振り払い、憑依化セイジは姿を現した。無傷で。
「消え去れ!」
そして暴風を巻き起こした。
だがそれはリグレットの世界侵食で阻止される。世界侵食《消失鏡界》は鏡属性の回廊に閉じ込める能力だ。迷宮という性質を解析して取り込んだ異界生成の術式だ。
大量の鏡が設置された異空間で不用意に術式を用意すると、鏡属性で全て跳ね返される。
憑依化セイジが巻き起こした嵐は、数百倍にもなって跳ね返った。
「ちっ……この世界では戦いにくいか!」
圧倒できるだけの実力はあるし、実際に圧倒している。
しかし決め手がない。
「では少し早いが、計画を実行するとしよう。あのエルフ族の王女がもう少しこちらに近づいてから、実行するべきだったのだが」
憑依化セイジにユナとミレイナが迫る。
そしてアリアは雷撃を落とす。
リグレットはあらゆる反撃に備える。
「遊びは終わりだ。まもなく時だ。最後の準備に俺は向かう」
聖杯エカテリックを取り出し、掲げた。
同時にユナの一刀が憑依化セイジを上下に切り裂き、ミレイナが上半身を消し飛ばし、アリアが下半身を焼き焦がす。
初めての明確なダメージだ。
そして聖杯は砕ける。
消滅したセイジの体が元に戻る。だがセイジの体は目を閉じたまま、白き世界侵食の世界で漂い始めた。
◆ ◆ ◆
進軍を続ける人族連合軍の後詰部隊は、既に山脈にまで差し掛かっていた。これほどの移動速度を得られた理由は、光神シンの魔道具による効率化が関わっている。
「向こうはどうなっているかしら、ね」
女王ユーリスは戦場を思う。
今の最前線は山脈の東側。そこで人族と魔族は熾烈を極めた戦いに身を投じている。勿論、ユーリスは魔族のことなど僅かたりとも案じてはいないが。
「もうすぐよ。必ず勝つ」
人族は進む。
最後の戦いのために。
ひたすら前を目指して。
世界が平和になると信じて、混沌を目指す。
彼らは愚直であり、気付かない。
上空で軌跡を残し東へと消えた一体の天使にも気付かなかった。
◆ ◆ ◆
「光神シンの気配が消失した……あれはオリジナルの人間だ!」
アリアは漂うセイジを見て、そう判断した。
もう光神シンは憑依していない。
「リグレット」
「ああ、解除するよ」
光神シンが消えた以上、世界侵食を維持する意味はない。すぐに解除され、鏡属性の回廊は崩壊した。重力という法則に縛られたセイジは気絶したまま落下していく。
アリアは権能で落下を停止させ、周囲を確認する。
気配を見ても光神シンはいない。
「逃げたか。それとも……」
最後に憑依化セイジの言っていた言葉も気になるところだ。
しかしまずは状況の確認が先だ。
「ミレイナ! ユナ! 状況の確認だ! 奴を感知できるか?」
「私は分かんない」
「同じく分からんな」
超越者の感知能力を以てしても分からない、光神シンの居場所。
だがその代わり、別の超越者を感じた。
それは超音速で西側から迫っており、既に見えていた。あっという間に辿り着く。
「くーちゃん! やっと戻ってきたんだね!」
「遅くなったな。リアは?」
「悪いねクウ。リア君には都市に残って貰ったよ。色々と事情があってね、話すと長くなる」
「だったら後でいい」
クウは周囲を見渡す。
今は《神威》を使った代償として、「魔眼」が使えなくなっている。つまり《真理の瞳》も使えない状況だ。情報次元を見る目がないことが、これほどまで不便だとはクウも思わなかった。
ユナはクウの異常に気づく。
「魔眼」の特徴である六芒星の紋章が消えていた。
「くーちゃん、眼はどうしたの?」
「ああ、少しの時間だが使えなくなっている。まだ時間がかかる」
《神威》の威力は保証済みだ。
最高位神格たる虚空神ゼノネイアに傷をつけることができる威力だ。そして《神威》の力を僅かでも発動しただけで、人間族の王都は壊滅状態に至った。
「この戦場に人間族の大軍が向かっている。数万ってところだ。どうするリグレット。ここで戦っている魔族では少なすぎる。俺たちで迎撃するつもりか?」
「いや、そんなことはしない。だが光神シンの魔道具は無効化できるよ。君の第零部隊が潜入して魔道具解析を続けてくれたお蔭だ」
「だがそれでも厄介だぞ。数が多い」
「分かっているよ。それに聖騎士とかいうゴーレムもいるからね。あれらのお蔭で攻め切れない」
人族の勝利可能性は非常に低かった。だが、地道に攻略を続ければ人族の方が有利となっていく。山脈を越え、到達した人族軍は更なる躍進を遂げる。
魔族の連合軍と戦えば、血みどろの恐ろしい闘争になる。
鮮血に塗れた歴史を刻むことになる。
それだけは止めなければならない。
「だがチャンスだよ。クウ君。何も戦争は相手を負かすことだけが終了条件じゃない」
「どういうことだ?」
「和平交渉という手段もあるのさ」
光神シンがこの戦場を手放したのなら、人族連合軍と対話するチャンスとなる。そしてここには人族連合軍において光神シンに次ぐ旗印であるユーリス・ユグドラシルと会話によって戦争を終結させるチャンスとなったのだ。
「時間を稼いでくれ。俺の力は一時間で戻る」
クウはそう言った。
話し合いとは、あくまでも民に対して見せる姿勢に過ぎない。
そして民は結果だけを知る。
過程など分かりはしないのだ。
「最強幻術、催眠で戦争を終わらせる。そういうことだな」
リグレットは頷いた。
世界に対して、その住民に対して幻想を見せ続け、世界の命運を描く。それは意思力という魂の象徴にして最深階層を侵す大罪かもしれない。
(俺は虚空の天使。真実と虚偽、そして裁きを司る最高位神の使いだ)
優しい嘘も、嘘。
しかし突き通せば真実となる。優しい真実に。
クウは世界の運命を描く覚悟を決めた。
◆ ◆ ◆
かつて【アドラー】という都市国家があった場所は、今や魔王軍の要塞として利用されている。元の都市構造はそのままに軍事基地として再編され、その中には人族軍の捕虜も捕らえられていた。元が都市だけに、収容数はかなりのものである。
五千人以上の人族が捕らわれている中、そこには人族最強とまで言われたレインも含まれていた。
「ふん。もはや人族と魔族にこだわるつもりもない。本来は使いたくなかった手だが、最悪の絶望を以て世を負の意思力に染めてみせる」
光神シンは上空で、怪しく嗤った。
「運命は俺が描く。俺のために。俺が生きるために……」
世界規模の戦争を描くと主人公の描写が減っていく……
でも主人公ばかりだと全体の流れが分かりにくくなる。
ジレンマです





